第7話 the other side プレミアム・ランカーの実力
ファンタスティック・ヒロイン・シューターズ――通称FHSのプレイヤーであるスーパーヒロインは、ゲーム中に必ずドレスを着用する。
ドレスのデザインは多種多様なカスタムによって調整することが出来、スーパーヒロインの数だけ彼女らのアイデンティティを表象したドレスが存在している。ただしそれはゲームを彩るファッション要素の一部に過ぎず、基本的にデザインそのものがFHSのゲーム性に影響を与えることはない。
そんなルールの例外となるのがプレミアムレアドレスの存在だ。プレミアムレアドレスはスーパーヒロインが身に纏うドレスの中でも最上位のレアリティを持つドレスであり、それを身に纏う資格を持つプレイヤーは「プレミアム・ランカー」と呼ばれ、上位プレイヤーとしての地位をそのドレスを以て証明することになる。
プレミアム・ランカーは、他の一般プレイヤーより遥かに高い実力を持ち、身に纏うドレスによってその強さを他プレイヤーに周知される。なので積極的な戦闘による勝利よりも敗北の回避が重要となる今回のバトルロイヤル・ルールにおいては、プレミアムレアドレスを着たプレイヤーとの交戦はなるべく避けるのが定石だった。
――頭の固いヨヒラなら、そういう縮こまったプレイングに拘るんだろうけどな。
「プレミアム持ちがお高く止まってんじゃねぇぞ……! 引き摺り落としてやる!」
しかしソレイユはその定石を敢えて崩した。
パートナーであるヨヒラが口を挟むより先に、ソレイユは飛び出し、吹き抜けの二階からこちらを見下ろすプレミアム・ランカーを射程に収める。
ソレイユがその手に握るのは、拾弐番型短機式輝石杖『エレメール』――着陸直後に拾った即席の武器ではあるものの、最序盤の戦闘に用いるには悪くない、上々の戦闘力が保証されていた。
「随分と気取ったドレス名だなぁ!」
射撃開始。しかし放った輝石弾がジャスミンに命中することはない。ジャスミンは高所の利を活かして一歩後ろに引くだけで死角に隠れることが出来、ソレイユからの射線を切ることができた。
「こっちからも射線が通らない! ソレイユ、あんた何やってるの!」
背後から聞こえるヨヒラの声。全くいつもうるせーな――ここはあたしに任せておけっての。
相手は格上のプレミアム・ランカー。しかも地の利は相手にある。それでもソレイユの突進は無謀ではなく、そこには確かな勝算があった。
先程の射撃は牽制に過ぎない。ジャスミンが姿を隠している間に、ソレイユは素早く走り込んだ。
「ふぇぇ?!」
ソレイユが目をつけたのは、先程から妙ちきりんなことを口にしていた少女――おそらくFHS初心者――だった。ソレイユは少女の陰に隠れ、少女の身体を使ってジャスミンからの射線を切る遮蔽としたのだ。敵の後ろに隠れるだなんて、通常の戦法ではあり得ない。撃たれて終わりだ。しかし少女は
「黙ってそこに突っ立ってろ!」
「は、はいぃ」
ソレイユが一喝すると、少女は背筋をぴしっと伸ばして、その場に直立してくれた。ソレイユの勝算は、プレミアム・ランカーとデュオを組んだ相手が全くの初心者であること。
「あたしがここから炙り出す! ヨヒラは広く展開しておけ!」
ソレイユは
ジャスミンは前者を取った。吹き抜けの二階から身を乗り出し、一階へと降下してきたのだ。それならばソレイユたちの勝利は決まったようなもの――ソレイユは壁にしていた初心者の背中から顔を出して悠々と射撃する。
しかしここで想定外があった。遮蔽のない空間に着地したジャスミンの前に、淡い青に輝く半透明のヴェールが出現したのだ。
「なっ、コイツ……!」
「近距離戦で仕留める! ヨヒラ、援護!」
こうなればソレイユが壁にしていた初心者はもう邪魔者でしかない。ソレイユは大きくジャスミンへ接近して直接対決を挑む。
「やっかいな
ウェイブ・シールドは、その名の通り波のように脆く、一定の射撃を浴びるか十秒程度の時間経過によって消滅してしまう。しかしそれは一方で波のように変幻自在でもあり、シールドはジャスミンの意思によって様々に形を変えて移動するのだった。ソレイユはシールドを掻い潜ってジャスミンを狙おうと位置を変えるものの、ジャスミンはソレイユの取ろうとしている行動を先読みしてシールドを移動させ、ソレイユの射撃を全て無効化してしまう。
ジャスミンの澄ました表情に、焦りの色は一切ない。まるでこちらを敵とも思っていないような――プレミアム・ランカーが見せる余裕に、ソレイユは奥歯を強く噛みしめる。
「舐めやがって……!」
焦ってさらに前へ詰めようとしたところで、ソレイユの耳にカチッカチッと何かが空回る音が聞こえた。
FHSは銃弾を撃ち合うゲームながら、そういうゲームが得てして持っている血生臭さとは無縁だ。銃弾の着弾は肉体の損傷ではなく、ドレスへのダメージという形で表現される。そしてドレスへのダメージといっても、衣服が損傷するというわけではない。ドレスはスーパーヒロインを綺羅びやかに飾り立てる象徴。そんなドレスは輝石弾を浴びることによって少しずつ輝きを失っていく。ドレスがその輝きを完全に喪失したとき、プレイヤーはスーパーヒロインとしての資格をも失い、ゲームオーバーとなるのだ。
ジャスミンの放った輝石弾によってソレイユのドレスは輝きの殆どを喪失し、しかしソレイユはまだそこに立っていた。ドレスの輝きはまだ完全には潰えていない。まだ戦える。こんなところで負けられるかよ――ソレイユはダメージによるショックで痺れる身体を引き摺って
幸運だったのはジャスミンの持っている
それならまだあたしにも勝機が――そこまで考えて、ソレイユは自らの思考の瑕疵に気づく。というかそもそも相手はプレミアム持ちであたしより格上じゃなかったっけ? それでも勝負を挑んだのは実質二対一の有利だったからで、なのに今あたしはコイツと一対一で勝負しているんだ――?
ソレイユの射撃を、ジャスミンは華麗に躱しきる。細かな移動や屈伸、ジャンプを織り交ぜた回避行動は、まるで蝶が舞っているかのよう。そして同時に蜂のように刺すことも、ジャスミンは忘れない。複雑なキャラクター・コントロールを行いながら、彼女の
ソレイユの膝がガクンと崩れ落ちる。それはドレスが輝きを喪ったことによる戦闘不能の合図。ソレイユはもう
「おい、ヨヒラ! どうして援護してくれないんだよ――」
ソレイユはヨヒラのいる方向を振り向いて、
「だって――」
戸惑うしかないヨヒラ。
ソレイユは呆然としながらもヨヒラが撃てなかった理由に思考を巡らせ、ようやくひとつの可能性に思い当たる。
そのとき、ソレイユの背後から囁くような声が掛けられた。
「ようやく分かった?」
ソレイユの背中がぞくりと震える。ソレイユに声を駆けたのは、ジャスミンだった。ソレイユの背後に立つジャスミン。ソレイユがまっすぐヨヒラの方向を向いたとき、ジャスミンはソレイユのすぐ後ろを取るような位置関係となっている。つまり先程の戦闘中、ソレイユとジャスミンとヨヒラは一直線上に並んでいたのだ。ヨヒラはジャスミンを狙う射線上にソレイユが立っていたから、ソレイユが邪魔で撃てなかった。
しかしソレイユは近距離戦において細かく左右に移動しながら射撃をしていたはず。普通に考えれば、必ずしもその一直線上の関係は維持されないし、ヨヒラが射撃できる瞬間は存在していてもおかしくない。ジャスミンはヨヒラの援護によって二対一になる不利を考えた上で、そうさせなかったのだ。ジャスミンの巧みなキャラクター・コントロールは、ただソレイユの射撃を回避するためだけのものではなかった。ジャスミンはヨヒラの射線から逃れるため、巧妙にソレイユの身体に隠れながら射撃していたのだ――それはさながら、ソレイユが初心者の身体を遮蔽に使ったことの意趣返し。
敵の射撃を避けながら、敵に射撃を命中させ、同時にその敵の身体を利用して別の敵からの射線を切る。これがプレミアム・ランカーの実力――こんなの、勝てるわけないじゃん。
「これからあなたを遮蔽にして、あなたの仲間を撃つ。私のドレスはまだ殆どダメージを受けていないし、負ける気はしない」
背後に囁かれるジャスミンの声に、ソレイユは狼狽えた。
「ヨヒラ、あたしは捨てて逃げろ!」
「でも――!」
「いいから早く!」
ヨヒラは一瞬の逡巡の後、ソレイユを見捨てる選択をした。今回のゲームは二人一組で勝利を目指すデュオ・ルール。このルールでは片方が脱落してももう片方が生き残っていれば勝利の芽は潰えない。ジャスミンの銃撃を背中に受けながら、ヨヒラはどうにかジャスミンの射程から逃げることに成功した。
銃声が止み、静けさを取り戻す城内。ここに勝敗は決した――結末は、ソレイユの判断ミスによる致命的な敗北。その代償は自らのゲームオーバー。
「なかなかやるじゃん」
ソレイユは参りましたとばかりにジャスミンへ語りかけた。悔しさを滲ませながらの薄ら笑い。それでもジャスミンは冷徹な無表情を崩さない。
「つまんねーやつ。プレミアム・ランカー程になると、素直にゲームを楽しむ気持ちさえ忘れちまうのか?」
「全てのプレミアム・ランカーがそういうわけじゃない」
そう語りながら、ジャスミンはソレイユに
「だけど私は、その素直にゲームを楽しむ気持ちを思い出したくて、この
それが手向けの言葉になった。ジャスミンの
それがゲームオーバーの合図。ダメージによる身体の痺れも、地に足を付ける感覚も、全てが消え去り、ソレイユはFHSの世界から完全に消滅した。
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