第164話 王位継承を辞退する者

 ……めちゃくちゃデカいな、【玄武】。


 そのモンスターの足元に来て、その大きさに呆れてしまう。俺の何百倍って大きさがありそうだ。


「【四神】か。戦うのは久しぶりだが……ホント、どうやって倒すんだ? コレ」


 以前、魔王を倒した後のこと。俺はニーニャやスペラと協力し合ってそのうちの1体である【青龍】を倒している。ヤツもまた巨大だったが……この玄武は格別だ。


 ……たぶん、こういう系のボスには【攻略法】というものがちゃんとある。


 例えば、体の各場所に【コア】が存在し、それを順次破壊していくことによってボスの体の内部に入り……巨体を制御している機械、あるいは魂のような存在と戦うのだ。


 ……こんなことなら、ちゃんと攻略サイト全部に目を通しておくんだったな。いちおう外見がこんな風だったっていうのは覚えてるけど、それ以外はサッパリだ。大きなため息が出る。……とはいえ、いまさら後悔したところで遅い。


「まあ、いいか」


 ……俺は、今の自分にできることをやるまでだ。


「山登り、始め──っと!」


 俺はほとんど垂直ではあるものの、岩のようにゴツゴツと突起のある玄武のその脚を駆け上る。


「うおっ!?」


 ──ビュオンっ、と。俺が駆け上る玄武のその脚から、幾本もの尖った岩が突き出してきて俺の行く手を邪魔しようとする。……が、その程度、今の俺の前に障害にはならない。


「よっ、と!」


 『千槍山せんそうざん羅門ラモン』、その覚醒スキルを放つと、地面から伸びてきた大きな槍の束が俺の体を乗せて、ひと息に玄武の体の中腹まで運んでくれる。


 ……まずは、この辺りでいいか。地上100メートル付近、玄武の背中の甲羅が覆う、脚の付け根部分を狙う。


「いくぞっ!」


 槍を鋭く前に突き出しつつ、『雷影ライエイ』の覚醒スキル『迅雷無影ジンライムエイ』を放つ。槍の穂先が瞬いて、かと思えば次の瞬間、玄武の硬そうな足の付け根の甲羅を粉々に打ち砕いていた。


〔グォォォン──〕


 低い悲鳴のような声を上げ、その巨体が地面へゆっくりと崩れ落ちる。地震が起こったかのような振動が大地を震わせた。


 ……だが、これで終わりじゃないぞ。


 大きく空中へと飛び上がり、次の攻撃へと移る。巨大な敵には大きな技を。次々と雷系統の覚醒スキルを叩き込んでいく。


 ──そう。攻略法が分からないのなら無理やり力でねじ伏せてしまえばいい。相手がたとえ巨大な岩山だろうが、全部砕いてしまえばただの砂だ。


「真っ当に攻略してやれなくて、悪いなッ!」


〔グォォォ──!〕


 宙に居る俺に対して、次々と鋭い岩が飛んでくる。だがその程度、いつしか戦った獣の戦士の攻撃に比べると生ぬるい。


「『流水の舞』」


 防御の覚醒スキルで飛んでくる岩の表面を滑らせるようにして攻撃をすべてかわす。そして槍の矛先を大きく上に掲げ──玄武の甲羅の割れた箇所、柔らかな肉へと思い切り突き立てる。


 メカニックな槍の柄にあるボタンを押し込むと、フラスコ内に溜まっていた電撃の力が矛先にへと集う。


 ……終わりだ。


「『大雷豪震オオイナズチ』」


 直後、槍の構造によって何倍にも膨れ上がった威力の雷系統で最強の覚醒スキルが、玄武の体内を蹂躙した。その肉は焼き切れ、即座に炭化し、そこまでしてなお溢れる雷エネルギーが玄武の甲羅を突き破って粉々にする。




 ──『レベルアップ。Lv71→73』




「……よし。終わった。やっぱ、備えておいてよかったな……」


 俺は都市モブエンハントの運営をしつつも、自身の鍛錬を休めてはいなかった。


 ……なんせ、この世界にはまだまだこの玄武のような裏ボスたちがいる可能性もあるからな。帝国の巨塔で出会ったような黒龍など、俺の今のレベルを凌駕するものもいるわけだし……いつまでだって気は抜けない。


「おっ……出てきたな」


 玄武の体が塵に返り、目の前に現れたのは宝箱。その中身はキーアイテムのひとつ、【片割れの白宝玉】だ。これがひとつの箇所に集まってしまえば……この王国に潜む真のラスボスが復活してしまう。厳重に取り扱わなければならない。


 ……さて、まだ問題は始まったばかりだ。陽が昇り空に清々しい青が広がるのを見つつ、今後の問題に思い悩む。


 ──四神である残りの【白虎】と【朱雀】が封印されし場所より出て、王国から離れて行ってしまったのだ。まるで何者かに操作されているように。




 * * *




 マルクス領地が玄武による襲来を受けたその日の午後、俺たちはマルクスを含めて全員、玉座の間に集められていた。


「陛下、これは由々しき問題ですな……」

「うむ……しかし、本当なのか……? 魔王が再び現れた恐れがある、とは」


 王とモーガンさんの会話に、玉座の間へと緊張が走る。


「はい、お父様。情報部によれば、平野部でのモンスターの発生率が高まっているとのことです。この現象は数年前に魔王軍が発生した時期の状況によく似ている、と」


 レイアはよく通る声でそう返す。


「恐らく、今回の【四神】と呼ばれる強力なモンスターが野に放たれたのも、魔王が関係していることかと。四神の一柱、玄武が王国内を踏み荒らす間に、他の2体は王国外へと出ています。まるで──意思を持って撤退するかのようにして」

「……それが魔王、ないしはその配下による工作であると?」

「はい。あくまで可能性の話ですが……」


 王は少し考え込むようにしたが……即座に頷いた。


「物的な証跡に欠けるものの、しかし同時多発的に起こったこれらの現象が相関しないという方が不自然だ。レイアの言う通りと仮定して動くことにしよう。たびたびの進言と活躍に感謝する」

「とんでもございません」

「いや、まずレイアたちが最初の白虎の復活に気付かないでいれば、他の四神が目覚めたかどうかの確認も遅れていただろう。そうすれば今回の玄武の襲撃への対応は手遅れになっていたに違いない……ニーニャの極めた『気配感知』の賜物だな」

「は……はっ、もったいいないお言葉です」


 突然の褒め言葉に、ニーニャが照れるように俯いた。まあ、悪い気はしていなさそうな表情である。


「うむ、では今後の対策であるが──」

 

 そこからは、対魔王の経験が豊富な王城の重鎮や、レイア姫、頭の回転の速いニーニャにスペラなどが意見を述べていく。


 効果が高いと見込める案が迅速に定まっていく中で、しかし、過去に魔王に恐れをなして自身の領地に引きこもっていた貴族派閥の重鎮たちは口を開けては閉じてを繰り返すばかり。何か爪跡を残そうと発言しようにもできないでいた。




 ──そして、ひと通り魔王対策についての方針は固まった。




 特にこれ以上何も無ければ解散となるのだが……


「くっ……まさかこんな時に魔王が出現しようとは……!」

「なんて間の悪い! この動乱の中では、民は強く王位をレイア姫へと求めるだろう……!」

「利が姫へと傾いたか……どうするっ?」


 貴族派閥の重鎮たちはマルクスを囲んで、こんな時でも利権の確保に躍起なようだ。


 ……まったく呆れた奴らだな。魔王復活は他人事なのか?


 なんて、俺が考えていると、


「……どの決断が真に王国のためになるかを、考えるべきだ」


 マルクスが静かに口を開いた。


「陛下、この機に申し上げたいことがございます」

「どうした、マルクス」

「まずは改めて、迅速な判断により我が領地へと援軍を派遣なさってくださった陛下、ならびに我が妹レイアたち、また、実際に私たちの窮地を救ってくれたグスタフ、スペラ両名に多大な感謝を申し上げます」


 マルクスは一礼したかと思うと、強い意志の込められた瞳で王を見上げた。


「そして、王位の継承について……私、マルクスは辞退させていただきたく存じます」

「むっ……?」


 その突然の発言に、玉座の間がざわついた。


「なっ……マ、マルクス様、お戯れをっ!」

「マルクス様、まさか、継承権争いの形勢を悲観されているので? ご安心召されよ、また魔王が居なくれば元通りになるのですから」

「いったんここは王位継承の儀を先送りにし、嵐が去るのを待った方が……」


 特に貴族派閥の連中は、こぞってマルクスの決断を止めようとする。だが、


「愚か者っ……いつまで利権を争うゲームをしているつもりなのだ、貴様らは」


 マルクスはそんな貴族派閥の意見に耳を貸しなどしなかった。


「前回の魔王出現時、貴様らは自らの生活の質ばかりに目が行っていたようだが、内政の経済政策は限界に近かった。俺が資金集めに奔走してなお余りある損害を抱え破綻しかかった領地もあった。加えて、今回の一件は規模が違う。状況から、他国も巻き込むものとなるだろう……今は継承権を争っている場合ではない。むしろ、一刻も早く解決し、団結して魔王対策に取り組むことが先決だ」


 その言葉は……恐らく正しいのだろう。レイアやニーニャが口を挟まないことからも分かる。


「俺に外交の力はなく、魔王と直接対したこともなく、そして……武力も無い。今のこの動乱の世、他国と協力関係を築きながら戦える最善の王は……御父上殿でもなければ俺でもない、レイアだろう」

「お兄様……」

「であるからこそ、今、役者の揃っているここで、王位の継承の話を済ませてしまうべきだ」


 マルクスはそう断言して、レイアを真っすぐに見た。


「レイア、あれだけお前に対して『王位は俺が継承する』と言っていた手前、俺から頼める筋ではないということは分かっている。だが、俺はこの国をお前に……」

「いえ、お待ちを。お兄様」


 しかし、レイアは兄の言葉を遮った。


「そうでしたか。お兄様は……そうお考えでしたのね」

「……ん? どういうことだ、我が妹よ……?」

「お兄様、それに陛下……私も継承権について、ひとつ申し上げたく存じます」


 レイアは落ち着いた様子で、玉座の間に居る全員に届く声で、


「私、レイアは王位の継承を辞退いたします。加えて、王位を継承すべきは──マルクスお兄様であると進言いたします」


 そう言い切った。




=================


ここまでお読みいただきありがとうございます。


本作、あと5話で完結します!


最後までお楽しみいただければ幸いです。


それでは~!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る