第106話 ダンジョンの最奥、聖剣の間で

 再びケツちゃんの背に乗って、ダンサを除いた俺たちは帝国の上空を飛ぶ。雲の上の世界で身を屈め、超高速で宮廷から真東にそびえたつ山脈へと向かった。

 

 20分ほどでケツちゃんが高度を下げ始める。どうやら目的地が近づいてきたらしい。真正面からぶつかってくる冷たい空気に目を細めながら、俺は少しばかり顔を上げて前方を確認した。

 

「……なんだ、あれはっ⁉」

「……どうしたのです、グスタフ様?」


 王国から帝国宮廷に行くまでと同様にレイア姫は俺に後ろから抱えられるようにしてケツちゃんの背中に乗っているので、俺の漏らした声が聞こえたらしい。わずかに顔を後ろへと向けて訊いてくる。俺は姫の体が風に飛ばされてしまわないように、その腰をしっかりと支えつつ、もう一度真正面を見て……見間違えでないことを確認した。


「姫……山の一部が光っています」

「え……?」

「山脈の中から特に抜きん出て大きな山……その中腹辺りです。先ほどクロスさんに聞いたダンジョンがあるその場所が、光っているみたいなんです」

「それは、いったいなぜ……?」


 目的地に接近して、どんどんとケツちゃんが速度を落としていく。そうすると向かい風もだいぶ弱まり他の面々も目を開けられるようになったようで、その光景を目にして「えぇっ?」だとか「なにこれっ⁉」だとかそんな声が聞こえてくる。

 

「黄金色の輝き、ですね」

「スペラ、これはもしかして……」

「ええ、これはもしやすると聖剣の輝きかもしれません。やはり勇者アークはすでに聖剣を抜いるのではないでしょうか。そして、おそらく【初期化】の原因も……」


 そのスペラの言う仮説に俺は息を飲んだ。もちろんそれは砲の戦士ガイから聖剣の情報を得たあとにはすぐに可能性として上げられていたもので、覚悟はしていた。しかし、聖剣の力がどのようなものかは分からないがこの輝きを見る限りでは相当なものだろう。聖剣を所有した勇者アークという主力となる【敵】が増えた事実に、どうしても心の底には焦りが浮かんできてしまっていた。


「ケツちゃん、お疲れ~!」

〔グァァァ~〕


 山の中腹、その光の根源となっている場所へと俺たちは着陸する。近づけば光のあまりの強さに目が眩むかと思ったが、そんなことはなかった。山の大地を踏みしめて、その硬い感触に俺たちは確信する。

 

「これ……金だ」


 大地が黄金色の光を放っていたわけではない。大地は金そのものになっていた。それが日に照らされることで黄金色の輝きとなって空まで届いていたのだ。地面を踏みしめるたび、靴の裏側からは硬質な抗力が返ってくる。手で触れると冷たい。山の中腹とはいえ、かなりの高度に位置するその場所の冷気を存分に吸っているようだ。

 

「これが……聖剣の力……?」

「周りの土や岩を黄金に変えてしまうなんて、すさまじい力ですね」


 姫とスペラが口々に言う。ヒビキは「これ持ち帰ったらウチお金持ち……?」なんて空気は読めないものの一般的な感想を垂れ流している。ケツちゃんの召喚はすでに解除したようでその姿は見えなくなっていた。


「ちょっとみんな!」


 ニーニャが黄金の岩の陰からひょっこりと顔をのぞかせる。

 

「あったわよ入口。しかも開いてる」

「……やっぱり」


 俺たちはニーニャの居る岩陰へと向かう。そこにはクロスさんに教えてもらった通りの小さなほこらがあって、そのすぐ下の地面に地下へと続く階段が伸びていた。

 

 ……やはり、皇帝ジークと七戦士たちはすでにこの中へ入った後か。


 クロスからひとつ、釘を刺されていることがあった。いわく、


『──谷底にあった遺跡によれば、聖剣の場所は山の中腹にある祠の下にある……とされている。だがな、その祠の下のダンジョンを開くには3体の伝説のモンスターを倒し、それらが守っている【宝】を入手する必要があるそうだ。だから何も用意せずに向かったとしても得られる物は無いぞ?』


 とのことだった。しかし、実際にこの祠の下に階段は伸びている。ということは……皇帝ジークたちはすでにそれらの【宝】を集め終わっていたということだ。


 ……伝説のモンスター、おそらくは王国における【四神】に匹敵するものたちだろう。それらを3体も倒したという事実は七戦士たちの実力の程をうかがわせるに十分だ。


「……くれぐれも、油断せず行こう」

「ええ、もちろん。警戒は怠らないわ」


 盗賊職であるニーニャを先頭にして俺たちは慎重にその階段を下りていく。階段は長く、山の中腹から恐らく100メートルは下へと続いていた。そこはもうすでにダンジョンのようで仄暗い。ダンジョンの光源といえば輝く魔石が主であり、場所によって赤かったり青かったりいろいろだったが、ここでは今やそれも黄金になっており、地下空間は鈍い金色の光で照らされていた。


「ここを右に……それからしばらくはまっすぐよ」


 俺たちは先導するニーニャの指示通りにダンジョンを進む。俺たちの前にすでにフロアを攻略した者たちの痕跡があるらしい。間違いなく皇帝ジークたちの痕跡だろう。しかも、何故かまったく道に迷った形跡もないようで、俺たちはその示された1本道をひたすらに進んでいく。


〔グルルル……〕


 時折道の先からモンスターがまとまって向かって来ることがあった。そのどれもが凶悪な顔つきをした巨大なもので、おそらくレベルも相当なもの。生半可な実力では聖剣にたどり着けないようになっているのだろう。だが、俺たちとてその程度におくれを取るような面子めんつではない。


「邪魔よっ!」

「あっちいけー!」


 大半のモンスターは先頭に立つニーニャと後ろから飛ぶヒビキの魔力矢によって蹴散らされる。ときたま硬そうな相手が出てきた時は俺が『雷影』で貫いた。俺たちの進行速度はいっさい落ちないままだ。

 

 そんなまとまったモンスターたちによる襲撃が3度続き……俺は少し違和感を覚えて、首を傾げる。そんな様子に気が付いてか、「どうしたの?」とヒビキが俺の顔を覗き込んでくる。


「いや……。なんかモンスターたちの様子がさ」

「え、なんかおかしかったの?」


 俺が頷くと、先頭を歩いていたニーニャも振り返る。


「……やっぱり、グスタフも感じた?」

「ニーニャもか」

「うん。モンスターたち、アタシたちを襲いにきてるって感じがしなかった」


 俺はそのニーニャの言葉に深く頷いた。

 

 ……そうなのだ。モンスターたちは俺たちに襲い掛かるために向かってきたわけではなかった。むしろまるで【なにかから逃げるために】こちらに向かってきていたような、そんな感じがする。

 

「これは仮説に仮説を重ねる形となりますが」


 レイア姫が顎に手をやりながらボソリと呟く。


「聖剣がダンジョンの奥地にあり、そのダンジョンを強力なモンスターたちが囲う理由は……きっと聖剣を抜かれる行為がモンスターたちにとって本能的に嫌悪してしまうことだからでしょう。だから抜かれないように守っていた。ですがいまは、聖剣から離れるようにしてダンジョンの外側に向かっている。その理由は……」

「やはり、聖剣が解放されてしまったから、ってことですか」

「はい。そして同時に、聖剣がまだこのダンジョンの奥に存在しているという証明でもあります」

「っ!」


 つまり、レイア姫が言わんとするところ……このダンジョンの最奥には俺たちの追い求めているものの手がかりどころではない。奪還目標そのものの勇者アークがいるということだ。そして、アークがいるということは……。

 

「いよいよ、七戦士たちと正面きって戦うことになるってことね……!」


 ニーニャが気合を入れるように両頬を張った。ヒビキはより一層強い魔力で弓を形成し、スペラは研ぎ澄まされた瞳でダンジョン奥を見つめる。俺もまた握る槍に力を込めた。


 ……決戦はすぐそこだ。

 

「みなさん、もうその角を折れた先……すぐです。心の準備はよろしいですか?」


 全員、無言で顎を引いた。ニーニャに代わり俺が先頭に立ち、

 

「行こうっ!」


 俺の掛け声と共にダンジョンの最後の角を折れて、最奥の部屋へと駆け込んだ。どんな攻撃がこようとも受けられる体勢で、そして相手が油断していたならば確実に七戦士のうちのひとりには先制攻撃を仕掛けられるよう万全の心構えで。

 

 ──しかし、俺のその準備のすべてが空回る。

 

「……これは、なんだ……?」


 一瞬、何がなんだかまるで分からなかった。その光景から状況がまったく頭に入ってこない。


「いったい……どういうことなんだ」


 ダンジョンの最奥のその部屋には誰もいなかった……いや、居る。ふたり居る。しかし、その男と女のどちらもが胸に大きな穴を空けて、真っ赤な鮮血を黄金色の床へと広げて【絶命】していた。


「これ、は……!」

「どういうこと……? なんでコイツが死んでいるの……?」


 スペラやニーニャが驚くのも無理はないことだった。床に横たわっている死体、そのひとつは見間違えることもない。勇者アークを始め王国を翻弄ほんろうした、帝国の宮廷魔術師であるアグラニスだったのだから。

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