第52話 戦う理由

 魔王の最大攻撃魔術が迫る中、俺が発動したスキルは『千槍山』。俺はきたる衝撃と【激痛】に備えて奥歯をガッチリと噛み締めた。


「──グ、ゥッ!」


 地面から勢いよく伸びたその槍の山は串刺しにする──俺の左腕を。そして空高くこの体を持ち上げた。


「なにッ⁉」


 魔王の攻撃魔術『グロリアント・デミル・ゾムニア』は千槍山でできた槍の山に当たるが、しかし俺の体にはかすりもしない。いまや槍の束に持ち上げられていた俺はそのはるか上。俺は空中で右手に持つ槍を構え、魔王に狙いを定める。


「『雷影』」


 再び魔王の顔面に穴を空け、その体を遠くに吹き飛ばす。それから地面に着地し、フラリ。倒れ込みそうになる俺の体だったが、しかしそれを支えてくれたのは姫だった。


「ひ、姫……」

「グスタフ様っ! 酷いケガですっ! なんでこんな無茶をしてまで、私を……! もう戦わないで、どうか逃げて……」

「俺は、親衛隊隊長ですよ……そんなこと、するわけ」

「命令ですっ! 私を置いて逃げなさいっ!」


 レイア姫はその目に涙をいっぱいに溜めていた。

 

「なぜ私を庇うのですッ! 私が死ねばこの場は解決するではありませんかッ!」

「姫……」

「あの魔王も、私が死んで太古の魔術が発動しないと分かれば退散するでしょう! まともに戦えばグスタフ様が負けることは無いのですから! そうしたら、それからまた魔王を倒すすべをゆっくり考えれば良いではないですかっ!」

「姫、待ってください……」

「待ちませんッ! 早くお逃げなさいッ! あなたがこの王国の希望なのですッ! 私もお父様も捨て置いて構いませんッ!」


 姫は俺の体を押しやって、突き放す。


「早く、私の決意が揺らがないうちに……早くっ!」

「姫、俺の言うことを……」

「ダメですっ! もう止めないでっ!」


 レイア姫はそう言うなり、再び床に落ちた短刀を掴みなおす。

 

「このっ……!」

 

 だから俺は全力でその短刀めがけて拳を振り下ろし粉々にすると、姫のその頬を唯一まともに動く右手で掴んだ。


「この大馬鹿姫ッ! いったい何度自殺しようとすれば気が済むんだよッ!」

「なっ⁉ おおば……⁉」

「ああ大馬鹿だッ! よりにもよってこの俺がッ! そんなことッ! 許すわけがないだろーがッ!!!」


 姫の目が大きく見開かれる。そしてその後、俺のことをキッとにらみつけた。


「グ、グスタフ様……! あなたはいったいどの立場でそんなことを言うのですっ! 私が逃げろと言っても聞かないのに、私がやろうとしていることは止めるなんておこがましいではありませんかっ!」

「ああ止めるねっ! 当然のごとく止めるねっ!」

「どうしてですっ!」

「姫が自殺するだなんて、そんなの解決とは言わないからだよっ!」


 俺は姫の肩を強く掴んで、その瞳をまっすぐに見つめる。


「なぁ、前にも言ったろうっ⁉ あの日、公園でっ! なんで俺が姫の護衛につきたいなんて言い出したかっ!」

「いっ、いきなり何を……」

「命がけでガーゴイルたちから守ったのも、見るからに恐いバーゼフと戦ったのも、こうして魔王と戦ってるのも、ぜんぶぜんぶさぁ……あなたの側にいたいから、守り続けたいからなんだよッ!」

「なんで、いまそれを……」


 俺はこれ以上ないくらい、命を懸けるほどの信念を込めて、前世でも誰にも言ったことのないその言葉を初めて口にする。

 

「俺は、あなたのことを愛してる」

「っ……!」

「レイア姫、俺はあなたのことが好きでしょうがないよ。ゲームショップのワゴンセールでひと目惚れして、それからこの世界に来てずっと。あなたのことが何よりも、この王国よりも、世界よりも大切だ」

「グスタフ様……」


 ボロボロとこぼれ出したレイア姫の涙を、俺は指でぬぐった。


「死なないでほしい。俺が戦う理由はレイア姫だから。どうか俺から戦う理由を奪わないでくれよ。どうか俺に……最後まであなたを守らせてくれよ」

「でも……でもっ!」

「あなたがいたから俺はここまで強くなれたんだ。あなたがいるから俺はこれからも強くなれる」

「そんな、そんなこと……」

「信じてくれ。俺が必ず姫を救ってみせるから」


 姫は苦しそうに、強く胸を掴んだ。きっと、その心に突き刺さっているのは葛藤かっとう。王国か自分の命か、姫の天秤てんびんの向こう側に乗るおもりはあまりにも重たいものだった。

 

 ──だけど、姫は俺の胸へと頭を押し付けると、


「そんなことを言われたら、私、断れないじゃありませんか……!」


 そう、言ってくれた。


「ありがとう、姫。俺を信じてくれて。どうか待っててくれよ」


 俺は槍を持って、再び立ち上がる。背後では魔王がすでに復活をげていた。


「クハハ、泣かせるじゃないか。それで? どうする気だ?」

「決まってる。ここで俺がお前を殺す」

「不可能だと証明されたはずだが?」

「いや、殺す。この命に懸けて、お前をここで葬り去る」


 槍を構えた。左腕は使い物にならず体のあちこちが鈍く痛んだが、しかし不思議と力は体の奥底から燃え上がるようにみなぎっていた。両足は強く大地を掴んでいて、槍は吸いつくように右手に収まる。


 ……必ず、勝つ。




 ──『アクティブスキルを解放・獲得。『必死の抵抗』→自身のHPが少なければ少ないほど攻撃力が増す』




「いくぞ、魔王ッ!」


 ……残り時間は恐らく少ないだろう。この攻撃ですべてを終わらせてみせる。俺は大きく息を吸い、体を低く前に倒し、魔王に向けて駆け出した。

 

 

 

 ──冥界の門が開くまで、あと101秒。

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