第7話 幾度も見る悪夢



 暗闇の中、サラが手を伸ばす…………。



 帰ってこなかった母…………。


(何で……)


 帰ってこなかった先輩…………。


(何で…………)


 そして…………。


(何で…………!)



 何も掴めなかった。引き戻す時、掌にぬるりとした生暖かい感触。手からは赤い雫が零れ落ちる。


 震える。

 見たくない。

 怖い。


 そう思っているはずなのに、手を止めることができない。視界に映る手がゆっくりと裏返しになっていく。ようやく掌が見えた。


 何もなかった。何もついてなどいなかった。安堵する。

 しかし…………。


 視界が一瞬ぶれ、切り替わる。

 気持ちが悪い感触が掌にあった。赤い。赤い液体が手からこぼれる。


 赤い液体に濡れた手…………。


 息を呑む。


 …………。

 ……………………。




「…………ん…………ぱい…………、せんぱい…………」

 聞きなれた声。遠く離れた場所から響いてくるようなその声によってサラは悪夢の中から引き上げられていく。

 背後からふわりと軽い重みと共に伝わってきた温もりがサラの体を心を温めて、解していく。サラはゆっくりと上がっていく意識の中で誰かが背後から抱き付いていることに気が付いた。

「サラ先輩、起きてください」

「へっ!?」

 声が突然、鮮明に聞こえたことや耳元から囁かれたことに思わず驚いてしまった。体をピクリと震わせ、そっと閉じていた瞼を開く。無意識のうちに視線を手元に向けた。ゆっくりと手を動かして掌を自分の視界に入れる。

 だが、何もついていなかった。先程の悪夢が夢であったことを再認識し、胸を撫で下ろした。そして、誰かの居る背中へと振り返ると…………。

「リー……シャ…………?」

「はい、そうですよ。先輩」

 リーシャの視線と交錯した。

 どうやらサラを悪夢から引き上げたのはリーシャであったようだ。目が覚めたことを確認するとサッと離れていったが先程まで彼女はにこやかな笑みを浮かべながら、サラのお腹周りに手をまわして背後から抱き締めていた。少し名残惜しいと思ってしまうサラ。

 だが、これ以上長くは抱き締められておくわけにはいかなかった。久しぶりに感じた自分以外の誰か温もりによって氷が溶かされてしまうことを避けるために…………。

「んん…………。ご、ごめんなさい…………。寝てしまって…………」

「いえ、私こそ遅くなって申し訳ありません。それよりも大丈夫ですか? すごく魘されていましたけど…………」

「う、うん…………。大丈夫だから…………」

 頭を左右に振って、中身を空っぽにする。サラは開きかけていた蓋を再び閉じてしまった。

「さて、勉強しましょう?」

「はい!」

 元気よく返事をするリーシャ。





〈あとがき〉

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