第216話 2年目「水」

 ナルちゃんの行方不明事件から数日が過ぎた。

 ナルちゃん自体は、もう普通に通学している。


 今日は、職員さんから私だけ呼び出された。 何だろう?


 事務棟にある豪華では無い普通の応接室に通される。

 魔法学校の守衛の責任者、おじさん守衛が居た。


「おう、嬢ちゃんおつかれさん」


「こんにちは、何でしょうか?」


「ああ、嬢ちゃんは関係者だからな、一応の事情説明をしておこうと思って呼び出させて貰った」


「はい、ありがとうございます。

 教えて貰えるとは思っていなかったのでありがたいです」


「まぁ、普通そうだよな、ただ口外する事は禁止される、胸の内にしまっておいてくれ」


「はい」


 その説明はこんな感じだった。

 あの貴族は、何年も前から商工業国家を通じて帝国に魔法の素質がある子供を出荷していたそうだ。

 領軍もその事は掴んでいたけど、決定的な証拠も無く、また、貴族から手に入る帝国の情報もそれなりに有益だったので放置状態だったらしい。

 今回は、守衛が判るほどの規模の人数をさらっていたことから、処罰するために動いたとの事。

 うん、本当に支配階級は勝手だ。

 そして、さらわれた子供達だけど”教育”された結果、直ぐには日常生活に戻れる可能性は低いそうだ、当面は学術区画の教会の中で隔離して治療されるとのこと。

 対外的には、流行病に掛かり早期発見と隔離、その後遺症の治療のための入院ということになる。

 貴族がどのような処罰を受けたのかは知らされていないとのこと。


 後日、貴族の屋敷を見に行ったが空き家になって封鎖されていた。


「切っ掛けは、嬢ちゃんが見つけた、倉庫で監視しているやつが居る事からだな。

 今まで直接関係者を見つける事が出来なかったから、手を焼いていた。

 あとは、地道に繋がりを伝っていって貴族までたどり着いたという訳だ」


 素直に凄いと思う。

 私はそういう捜査は全くできないので、その能力には素直に賞賛する。


「凄いですね、尊敬そんけいします。

 でもここまで知らせても良いのですか?」


「ああ、嬢ちゃんなら予想である程度真実にたどり着けるだろう。

 で、不確定な情報を広められるくらいなら、話せる事を伝えて内密にして貰おうという寸法だ」


 私の頭をクシャクシャと撫でながら笑う。

 そんなに私の口が軽いと思われたのかな? 余計な事は沈黙が宝だよ。


「そういう訳だ、で、魔法学校で何かあったらまたよろしくな」


 そう言って、おじさん守衛は奥の詰め所に行ってしまった。



■■■■



 ナルちゃんには子供達は教会で治療した後、コウの町へ戻ると伝えられたそうだ。

 私も同じ内容を聞かされたと答えて置いた。

 行方不明事件に関しては、魔法学校の生徒が連れ去られ、その犯人が見つかり処罰されたと発表に留まっている。

 退学した生徒が大量にさらわれ、帝国に連れ去られた事も貴族が関わった事も口外は禁止されている。


 ナルちゃんステラちゃんの精神的な問題もあるだろうけど、ここ数日の2人の実習内容はお世辞にも良い結果を出せていない。

 ここで魔術についてもう一段階踏み込んで理解して貰おうかな?


「ナルさん、ステラさん、ちょっと研究棟へ行きませんか?」


 研究棟は主に3年生以降が魔術の習熟に使うための棟だけど、2年生でも問題なく利用できる。

 実験設備が多く用意されていて、申請すれば借用して実験することが出来る。


 面白そうだと、クロマ先生が付き添いで来てくれた。

 2年生では生徒だけの利用は禁止されているそうだ。


 そんなに広くない1室、壁には作り付けの棚が並び、その中にはガラス製の器具が幾つも並んでいる。


 今回借用するのは、鉄の深皿と厚いガラスのコップ1つ、そのコップに蓋が出来る大きさの鉄の板。

 2人は何をするのかわからない様子でそれらを見る。


「マイ、何をするの?」

「マイさん、これは一体?」


 クロマ先生は、部屋の片隅の椅子に座り、小さい本を開きこちらを伺いながら読み始める。

 あの小さい本は、娯楽用の本で比較的安く借りて読む事が出来るらしい、今は関係ない。

 つまりサボりたくて来たのか。


 私は2人に、少し意地悪い感じで笑って言う。


「基本に立ち返りましょう、基本属性は何かを実際に水で実験しながら復習したいと思います」


 ぽかんとする2人。

 水を使った属性魔法は2人とも十分に使えるし、基本属性についての学習も進んでいる、何を今更という感じだ。


「マイの事だから馬鹿にしている訳じゃないのは判るけど、何をするの?」


「まあ順番にやりますので。

 まず、基本属性の6属性は何か言って貰えますか?」


「ええ、マイさん、光・影・火・水・風・土の6属性ですが何か」


「はい、正解です。

 ですが、なんで6属性に分かれているかは判りますか?」


「え、マイ、6種類だからじゃないの?」

「はい、そう理解しています。 自然の現象がそうだからですね」


「いいえ、多分そこの理解が出来ていないので最近の魔法の習熟に苦労していると思います」


「はい?」

「え?」


 私が否定した事で、2人は更に混乱している。


「6属性は、正確には6つの状態を示しています。

 光っている活発な状態、光っていない安定した状態、変化している状態、液体の状態、気体の状態、固体の状態、です」


 更に混乱している。

 クロマ先生が、私を見つめているのが判るけど、無視。


「マイ、水と風と土は何となくは判るけど、光と影とか、火が変化しているとか、さっばりだよ」


「そうですね、ここを理解できると一気に変わると思いますので、判らない所は直ぐに質問してください。

 まず、水を使うのが判りやすいので水を教材とします。

 水ですが普段は液体です、凍れば固体、沸騰して蒸発すれば気体です。

 これは良いですか?」


 2人が頷く。


「以前、水を冷やすとき動きを遅くするイメージをすると良い、と言った事がありましたね。

 水は動きます、それが動かなくなった状態が氷、動きが激しくなって飛び回ってるのが水蒸気。

 ここまでは良いでしょうか?」


「うん、何となく」

「はい」


「ですから、氷を生み出すとき、水が冷えた物ではなく水が動けない固体としてイメージすると簡単に生成できます」


 鉄の深皿にカランと氷を出す、直接氷を生み出せる生徒は少ない、大抵は水を生み出して冷やし固めている。

 2人が驚く、クロマ先生も目線はこちらに固定だ。


「水蒸気も同じです、冷えると水滴になるので判りやすいですね」


 水蒸気を深皿に当てる、水滴が付いてどんどん大きくなり深さらの底に水がたまる。


「ここまでは良いですか?」


 2人が頷く。

 さて、これからだ。


「少し水から外れますが、光と影、これを再確認します。

 光と影、なんでしょうか? ナルさん」


「え、ええっと、光っている状態と、光で出来た影じゃない、さっきのマイの話だと、光っていない状態?」


「そうです、いまこの部屋も太陽の光が入り込んできて、照らしているので明るいです。

 この部屋の窓を閉じて目張りして太陽の光が入り込まなくすると暗くなりますね、別に光が無くても影は存在します、つまり光っていない状態が影です。

 逆に光は何らかで光る事が出来る状態ですね、例えば物が燃えるとき光を発します。

 魔法だと、純粋な光や影を生み出せます」


 2人が考え込む。

 2人とも影の基本属性の魔法は使えないで居る。

 私が、手元に影の属性魔法を行使する、まあ、得意じゃ無いけど光が無い暗い空間が生み出される。


「うーん、何となく判ったような?」

「はい、何となくですが判った気がします」


 次に進めよう。


「火は変化している状態、これは例えば紙が燃えて灰になる変化です、紙が燃えるときゆっくり燃えるのと急激に燃えるのとあります、が、変化する速度が違うだけで同じ燃えるです」


 私が、メモ用に書き込んだ不要紙を取り出し、小さい火を付ける、赤くなってゆっくりと広がっていく。

 それを見せた後、それを軽く振り消す。

 そして今度は火を少し強めに付ける、炎が上がり急激に燃えていく。

 深皿の水に燃えている所を浸けて消す。


「さて、火の変化しているというのは何となくですが判りましたか?

 そして、紙は普段は光っていない状態で燃えて変化しているときに光を発しているということも」


「うん、何となく」

「はい、見ると納得です」


「で、ですね。 水はこの6属性を全て含んでいます」


 あ、また2人が固まった。


「マイ、水・風・土は判るけど、光・影・火は違うんじゃないかな?」

「ナルさん、影は光っていない状態ですから、影はあるんでは」

「あ、そうか」


 うんうん、2人ともちゃんと考えながら見ているね。


「燃える、火の状態の時に光が出るのは良いですよね。

 水は、燃えた後の灰のような物でもあります」


「ええ~?」

「マイさんそれは流石にイメージできません」


「燃える気体があるのは知っていますか?」


「はい? うん、そういうのが有るのは知ってる」

「はい、それが何でしょうか?」


「燃える気体、何種類か有りますが、その幾つかが燃えると水になります。

 その実験をやります」


 2人が不思議に思っている、私もそうだったなぁ。


 ガラスのコップに少し水を入れる、入れすぎると大変な事になるから少しだけ。

 そして蓋をする。

 ここからが難しい。

 コップを両手で包むように囲む、精神を集中する、パチッ音がする。

 上手くいってよ。 電気を弱く流すのは凄く苦手なんだから。

 電気、雷の系統は複合魔術に分類される。

 コップの中で、泡がプクプクと出てくる。


「あ、沸騰している」

「いえ、ナルさん熱を感じません、何でしょうか?」


「これは水を分解しているんです、水は2種類以上の気体が燃えて変化したものだそうです。

 今、逆に変化させて気体に戻している所ですね。

 方法については、いずれ」


 時折カポカポと音がして蓋から気体が漏れる。

 水が水蒸気になると体積が大きくなるのは2人とも知っているので、特に何も言わない。

 完全に水が無くなるまで続ける。


「ほとんど漏れてしまいましたが、この中には水が分解された気体で満ちています。

 これに火を付けると燃えます、が急激に燃えるので注意してください」


 片方が濡れている紙にまた火を付けて、その火をコップに近づける、そしてそっと蓋をずらす。


 ポン


 軽い音と、光、そして霧のような物がコップの中に満ちる。

 蓋を閉める。

 そして、少しして霧が晴れてくると底に水滴が幾つか出来ている。

 火の付いた紙は今度は深皿の水に浸けて完全に消す。

 火の取り扱いは注意、消火確認ヨシ。


「水が出来た?」

「光りました不思議です」


 ワクワクして見ているのが面白い。

 うん、そういう風に楽しんだ方が身につきやすいよね。


 あ、いつの間にか、クロマ先生が後ろで見ている。

 気にしない事にしよう。


「どうでしょうか? 水だけじゃありません、色々な物質はそれぞれどこかの状態にあります。

 状態を変化させることで大きな力を取り出す事が出来ます。

 燃える速度を上げると、炎では無く爆発という現象になります。

 いまのも爆発ですね、規模が大きくなると危険なので、試すときはごく少量でお願いします」


 フンフンと頷く2人。

 放っておくと、このまま試しに行きそうだ。


「では、この内容をノートにまとめて自分なりに納得できるまで考えてください。

 実際に魔法を使うときに明確にイメージできるように」


 2人は早速机に向かい、ノートに実験した内容をお互いに話し合いながら書き込んでいる。

 うん、こんな物かな。


 パチパチパチパチ


 クロマ先生がニコニコして拍手をしてきた。


「うん、マイ、良い授業だった。

 しかし、この状態の話は、一般的な話では無いが、何処で知ったのかな?」


 うん、目が笑っていない。

 そうだよね、この内容は私が魔導師を目指しているときに基本属性の論文を読んで知った内容だ。


「学術図書館で読みました。 納得できる内容でしたが、問題ありましたか?」


「いや、無いな。 ただ、ここまで上手く説明できるやつが居なかったからなぁ。

 この内容を授業で使っても良いか?」


「ええ、良いですが、ちゃんと内容の確認はしてください、あくまで私が調べて納得した内容なので」


「なるほどね、まったく貴様は生徒らしくないな。

 魔導師にでも成るつもりかね?」






 クロマ先生の言葉に私はニッコリと笑って答えた。


「はい、魔導師になりたいと思っています」


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 水の電気分解とかについては、この世界での物理法則と言う事で、お願いします。

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