第141話 戦「静かな夜」

 夜の鐘が鳴る。

 私は、タナヤさんに作ってもらった夕食と夜食のお弁当を持って、冒険者ギルド居る。

 しばらくは夜の番が続く予定だ。



 今、コウの町では夜は冒険者ギルドに冒険者が1組。

 後は、通常の業務として守衛さんが東西南北の各門の詰め所に配置されている。


 そして、24時間交代で空を監視する役所の人たち。


 もし、夜に黒い雫が落ちた場合は、冒険者ギルドから馬車で急行する手はずになっている。

 人出が少ない夜間だから取れる方法で、日中は各門にも冒険者チームが常駐している。

 こちらも、塀の外へは馬車で急行する手はずになっている。



 とはいえ、コウの町で夜に黒い雫が落ちたことはない。

 寝ていなければ、何していてもよく大抵は雑談や盤上ゲームをしている。


 今居るのは、私とクルキさんのチームだ。

 少し違うのは息子さんのオルキさんではなく、クルキさんの奥さんが居る。

 前衛のクルキさん、斥候のシグルさん、盾役の奧さんの本来の構成になっている。

 以前は息子さんの奧さんが出産して間もなかったで、息子さんが代わりで入っていた。


 しかシグルさんのチーム、後衛が居ないのは何でかな?

 聞きにくい。

 この手の話では大抵は仲間の死が原因の事が多い。

 また、時空魔術師だけどある程度は魔法が使える私にチームへの勧誘が無いのも聞くのをためらわせる。


 後、コウの町にあるもう一つのベテラン冒険者チームとの関係が悪いことも気になるけど、詳しい話を聞けたことが無い。

 今後のこともある、ある程度は聞いておこうかな?



 クルキさんたちと机を囲んで夕食を食べる。

 おかずの交換もあるので少し多めだ。


「やっぱり嬢ちゃんの弁当は旨いな、タナヤさんの料理は流石だよ」


「フフ、クルキさん。

 これはフミが作ったおかずですよ。 美味しいでしょう?」


「本当! 凄いわね、宿屋タナヤの後継は安泰ね」


 クルキさんの奧さんが驚きながら頬張る。

 フミの料理の腕はかなり上がっている、簡単な物で指示された通りならタナヤさんの味に近い料理を作ることができる。

 凄いと思う。


 フミはまだ自分で味を出せないと悩んでいる。

 私は特に何も言っていないけど、自分の味に悩むほどに腕が上がっていることに気がつくのは何時かな?


「奧さんの料理も美味しいですよ、この味付けは初めてです」


 奧さんの料理も、いかにも家庭料理という感じだけど、とても美味しい。


「ありがとね、口に合ったようでよかったよ」


 奧さんも喜んでいる。


 夜詰めの冒険者ギルドの職員さんが羨ましそうに見ているけど、冒険者と職員はあまり親しくしてはいけない方針なので、必要が無ければこちらに来ない。

 多分、ギルドにある軽食提供する所で、作ってもらって居るんだろうな。


 夕食が終わり、すこしまったりする。


「クルキさん、答え難かったら申し訳ないんですが、なんでクルキさんのチームには後衛や支援職の人が居ないんですか?」


 私はおもいきって聞いてみる。

 不快にさせてしまうかな?


 クルキさんは、一瞬驚いたような顔をした後、笑い出した。


「わははは、ああ、誤解させちまったか。

 別にたいした理由じゃ無いぜ。

 うちのチームは元々前衛中心でやってきたんだ。

 依頼によって、一時的に魔法使いが加入することはあるけど、町や周辺の森を中心に活動する分には今の構成で問題ないからな」


「そういうことだな、もう一つのチームは護衛や近くの村や町へ遠征することが多いから、後衛職と支援職を用意しているけどな。

 やっていることが分かれているから、付き合いが無いんだ。

 別に仲が悪い訳でも確執があるわけでも無い」


 シグルさんが補足する。

 がくんと力が抜ける。

 うん、すっごく身構えていたから、この結果は予想外だったよ。


「マイちゃんがうちに来てくれると嬉しいね。

 魔術師で攻撃も出来て支援も出来るんだからね。

 でも、視察団の人たちと組んでいるし、元兵士だからね、私たちだと合わせられないから、誘わなかったんだよ」


 奧さんから言われる。

 うん、そうだ。

 私は元々、辺境師団に所属していた国軍の兵士だった。

 普通の冒険者の人たちとは大分考え方や技能に差がある。


 コウの町にも元兵士の人は居るけど、ほとんどが年齢や怪我で退役していて、冒険者になれる人は少ない。

 冒険者ギルドで簡単な指導をしているみたいだけど、私は受けたことが無いんだよね。



 夜が更けていく。

 窓の外からは月の光が入ってくる。

 部屋の中のオイルランプよりも明るい。


 涼しい風が入ってくる。

 空高くには空の迷宮が怪しく光っている。


「なんか、いろいろ気を回しすぎて損した気分ですよ。

 もう、息子さんとお嫁さん、お孫さんの様子はどうですか?」


「聞いちゃうのか? それを」


 クルキさんが真剣な顔で身を乗り出す。

 ん? あれ、何かあった?


「んもう、可愛いのって、天使だよほんと。

 ワシの指を握って笑うんだよ、たまんないよ、ウゲ!」


 いきなりデレデレに表情を崩して惚気る、いやちょっと気持ち悪いよ。

 私が盛大に引いたのに、奧さんが鉄拳でクルキさんを黙らせた。


「ごめんよ、すっかり孫馬鹿になっちまってね。

 嫁も孫も元気だね。

 今度会いに来ておくれ」


「あ、はい。

 落ち着いたら是非。

 私の生まれたところでは、子供が生まれたら一ヶ月は親兄弟以外は会ってはいけない事になっていましたけど?」


 子供の死亡率はそれなりに高い。

 特に生まれて間もない乳幼児は病気に弱いので、一定期間は限られた人しか面会できないし、両親とその親と産婆さん以外は触れる事すら禁じていることが多い。

 領都や大きな都市では、妊婦を預かり出産から初期期間の間、面倒を見てくれる施設がある。

 でも、それだけの設備を持つのは都市でもごく一部だ。

 そういう施設は維持できずに凍結されてしまった所も多い。


「そうだね、もうそろそろ大丈夫だね。

 可愛い女の子だよ」


「名前は何ですか?」


「ああ、魔物騒ぎで決まっていないんだけどね。

 実は、マイってつけようかって話になってる」


「へっ?」


「コウの町を救った立役者の名前をあやかるのは、ありじゃないかな」


「いえ、私はその他の人たちの助けでただ目立っただけですよ、立役者なんて立派な人間じゃ無いですって!」


「あはは、謙遜しすぎだぜ。

 目立ったやつが象徴的に扱われることは仕方が無いって。

 実際、熊の魔獣の時とこの間の防衛戦の活躍は皆が見ていたしな」


「その両方とも、最後の良いところ取りした感じなんで、とても誇れないのですけどねぇ」


 またも、がっくりと肩を落とす。

 クルキさんが肩をバシバシ叩く痛い。


 すこし涙目になって、ほっぺたを膨らませながらクルキさんの手を払って、窓から空を見上げる。






 クルキさんの孫かあ。

 見てみたいな。

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