第95話 流転「検分」
冒険者ギルトから、町長の館へ移動する。
大人数で歩いているので、コソコソするより堂々としていた方が不審に思われない。
全員が、前回の東の森の視察の関係者であるので、それを知っている人からすれば、当たり前の行動になる。
町長の館の奥にある倉庫。
厳重に施錠されているそこに、私達と町長が加わって中に入る。
冷気が足元に漂ってくる。
これは、誰かが魔法で冷やした物を置いたのかな?
中に並んでいる魔物、ゴブリンは何も変わっていなかった。
「冷やしてあるとはいえ、何も変わっていません、ね?」
「一応、全ての魔物から魔石を取り除いています」
私がコシンさんに確認する。
あ、魔石かゴブリンの魔石を見たことは無かった。
普通の魔獣よりも巨大とはいうけど、この大きさなら、大したことないだろうな。
「これがゴブリンの魔石になります」
倉庫の棚から、魔石を机に置く。
「え、大きい。 身体の半分はありますよ。
こんなに大きかったら、内臓とかどうなっているのですか?」
「ありません。 内臓に相当すると思われる物は見当たりませんでした」
「っ!」
改めて、魔物がこの世界の生き物では無い事を実感した。
ギムさん達は、ゴブリンを1匹ずつ丁寧に確認して、魔石も確認している。
「マイちゃん、ちょっと、こっちに来てくれないか?」
ブラウンさんが私を呼ぶ。
「このゴブリンだけど、頭に穴が空いているんだ、なんだか判るかい?」
鉄串で刺した穴だ。
「ええ、鉄串を投擲した跡ですね。
上手く刺さったんですが、全く効果が無くて焦りました」
鉄串を収納から出して見せる。
「ああ、確かに一致する。
投げて当てられるのは凄いな」
「いえ、たまたまです。
気をひく程度のつもりだったんです」
実際は、一撃必中を狙ったんだけどね。
「ブラウンさん、このゴブリン、どうやって生きていくんですか?」
「あ、ああ、生まれてからエサになる獲物を集めるだけ集めたら、死んじまうよ。
何も食べないし、どうやって動いているのかさえよく判っていない」
ゴブリンは生き物の形をしているけど、別の何かか。
鳴き声も、歯をすり合わせて鳴らしているとのこと。
呼吸もしない、する為の気管も肺も無い。
少し不憫に思えてしまった。
ん、不憫?
「可哀想に思えるかもしれません、しかし、この世界を侵食する生物の一つです。
情けは掛けてはいけません」
私の表情を読んだのかな?
近くに居たハリスさんが声を掛けてきた。
ブラウンさんは他のゴブリンの確認に移動していく。
「えっと、教会としては魔物はどういう扱いなんですか?」
私は誤魔化して、質問する。
「教会としては、この世界に有ってはいけない物、もとの世界に戻すべき物ですね。
この魔物達は本能だけで動いています、正邪などという区別は無いでしょう」
「本能では無く、知性で行動する魔物も居るのですか?」
「……それは判りません」
少し喋るのを躊躇した。 そして、私をジッと見つめる。
その意味は何だろう。
「所で、マイさん。
今回のダンジョンにはどの程度入っていましたか?」
「え、あ、はい。
先ほど話したとおり、入ってダンジョンコアを取ってから直ぐに出たので、5分も掛かっていないかと」
「そうでしたか、良い情報です。
これも、機密な事ですが、ダンジョンに入ると、理性が奪われていくのです。
解決方法は、理性が戻るまでダンジョンに入らないこと。
または、浄化魔法で浄化することですね」
あー、また聞きたくない情報がきたよ。
え、浄化魔法?
「もしかして、以前、私に浄化魔法を掛けたのは、体験では無くて?」
「一晩ダンジョンの中に居たとのことでしたので、念のためですね。
理性が失われた人は、特徴的な行動をします。
マイさんにはそれが無かったですし、今後暫くはダンジョンにも入ることは無いと思われたので、本当に体験するついでですね」
ハリスさんがニッコリ笑う。
うーん、私の利になることなので、文句は無いかな。
うん? 何か引っかかる。
「理性が完全に失われたら、本能だけで生きる様になってしまうんですか?
そうなった時に、どの程度で元に戻れるのでしょう」
理性だけが失われるのか?
そんなことが有るのだろうか。
そうじゃない、何かが影響して結果として理性が失われるのでは?
ハリスさんが、私を見つめる。
知性のある魔物を聞いた時と同じ目だ。
ハアと息を吐いた。
「マイさんが、察しが良いのを忘れていました。
理性が完全に失われた場合、人では無くなります。
ダンジョンの中に長く居ると、だんだんと魔物になっていく、と思えば良いですね」
「なっ!」
汗が噴き出す。
ゾクッと身体が震えて思わず自分自身を抱きしめる。
「はい、知性のある魔物は、ダンジョンからだけではありません。
獣や人間が、知性のある魔物になる可能性もありうるのです」
ペタン
ヘナヘナと、足の力が抜けて床に座り込んでしまう。
身体の震えが止まらない。
もしかしたら、私が魔物に変わっていた、変わっていっていた?
目の前のゴブリンが目に入る、私の手が緑色になっているのを錯覚する。
頭の中が真っ白になる。
私の様子に気が付いたのか、ジェシカさんが駆け寄ってくる。
その後ろにはシーテさんも居る。
「マイさん、どうされましたか?」
「マイちゃん?」
ボタボタと床に落ちる汗を呆然を見ていたが、ジェシカさんとシーテさんの声で我に返る。
「あ、ジェシカさん、シーテさん。
だ、大丈夫です」
なんとか顔を上げて、二人に返事する。
だめだ、恐怖で涙がこみ上げてきている。 声も震えている。
シーテさんが私を抱きしめる。
「ハリス、もしかしてだけど、話したの」
「はい、マイさんは知っておく必要があると思いました。
マイさんなら大丈夫かと思いましたが、軽率でしたすいません」
「いや、損な役目をやらせちゃって申し訳ないけど、もう少し状況を選んで欲しかったわね。
マイちゃん、大丈夫だから」
シーテさんが、頭を撫でながら話しかけてくれる。
だけど、思考がまとまらない。
「えっと、シーテさん、何なんでしょうか」
「ジェシカさん、今は、聞かないでくれる。
結構、重要機密で実行部隊と領主様と上層部の一部しか知らないことだから」
「判りました。
でも、今日はこの辺にした方が良いのでは?」
「そうですね、集合しましょう」
ハリスさんが、他の人に声を掛けて、机の周りに集合する。
私も何とか気を振り絞って立っているけど、様子がおかしいことに他の人も気が付く。
シーテさんとジェシカさんに支えられている時点で直ぐに判るよね。
「すいません、ダンジョンについて、ある程度話しました」
ハリスさんがギムさんに言う。
「うむ。 マイには時期を見て話すつもりだったから、構わない。
だが、済まないがここの全員での共有は保留させてくれ」
町長のコウさんや、ギルドマスターのゴシュさんが了解する。
ジェシカさん、そしてコシンさんも頷く。
私も、しっかりしないといけない。
頭の中のスイッチを切り替える。
そうだ、今の私の心は宿屋タナヤの店員だった。
頭を大きく振る。
冒険者、いや兵士の自分を意識する、感情が静まってくる、震えが止まる。
「私も大丈夫です」
今は泣く時ではない、泣くのは夜寝る時で良い。
私の様子が変わったことに、シーテさんとジェシカさんが気が付く。
「マイちゃん?」
「マイさん?」
「すいませんでした、今は戦場と同じでした。
気持ちを切り替えるのを忘れました」
冷静になる、目に力が入ったのが判った、
ギムさんが、何だろう私を哀れむような目で見る、何故?
「マイ君、君はそうやって戦ってきたのだな」
ん? 兵士はみんなそうだけど、なんで当たり前のことを聞くのだろうか?
「ギムさん、北の森のダンジョン跡へは何時行きますか?
私の方は、明日からでも問題ありません。
あ、皆さんは今日到着したのでしたね、明後日からの方が良いですか?」
頭の中がクリアになる。
今やるべき事をやる、やりきるまで心を乱すな。
「うむ。 明後日からだな、町長とギルドマスターと打合せをしておきたい。
あと、領軍と領主様への連絡もあるからな。
前回と同様に、マイに指名依頼を出す」
「はい、了解しました。
ジェシカさん、明日、ギルドに行くので指名依頼の手続きをお願いします」
「え、あ、はい、判りましたマイさん」
「うむ。すまないが、町長とギルドマスターは残って少し打合せを行わせてくれ。
3人はご苦労だった、戻って構わない」
町長とギルドマスターとの打合せと、領軍と領主への連絡についての相談か。
すでに、ダンジョンと魔物のことは早馬が出ているので、その返答との齟齬が出ないようにする必要もあるからか。
私とジェシカさん、コシンさんが、町長の館を出る。
「マイさん、本当に大丈夫なんですか?」
気を遣われてしまっている。
やせ我慢なのは知られているから仕方が無いか。
「ご心配欠けてすいません、もう大丈夫です。
前に言った通りですよ、夜に震えて泣きます。
今はその時では無いだけです。
では、又明日よろしくお願いします」
私は、ジェシカさんとコシンさんに挨拶して分かれる。
「そんな無理をしているのだから心配なんですよ」
ジェシカさんの呟きは私には聞こえなかった。
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