時空魔導師を目指す魔術師

神子秋沙

第0章 プロローグ

第1話 プロローグ「砦のマイ」

「このクソ上官!たーすーけーろー!!」


 甲高い少女の声が森深い谷間に響く。暴言とか不敬とか無視して、ツバを飛ばしながら叫んでいた、のは私だ。


 背の低い私は、木箱の上に乗り、小窓から手を必死に伸ばし、手を振りまわしながら、腹の底から声を張り上げる。

 狭い窓の隙間から、上官と同僚・・・そして兵士たちが見える。

 窓は地面から5~6メートルぐらい?の高さ、見えると言うことは、10~20メートルぐらいか、声は届いているはず、たぶん。


 そして、絶賛、緊急事態中なんだ。

 もうヤバいです。


「じーょーうーかーんー!」


 もう一度、声を絞り出す、自力での脱出は無理だから。

 その返答は、無情な一言であった。


「すまん!」


 両手を合わせて、拝む上官の姿だった。

 当然了承できない。こっちはもう後がないのだから。


「こらぁ! 上官! あんたが倉庫で待機と言ったんだろ!

 なんで、カギ締めて出てくんだよ! ゴラァ!」


 そうなのだ、今いる場所は、この砦の2階の倉庫の中にいる。

 そして、この上官、倉庫に納品しているときに、敵襲が来たからと、その場待機を命じた。まぁ、それはいい。

 理解できないのが、何のつもりのなのか倉庫を出るとき、鍵を掛けて行ってしまったのだ。

 あげくに、その倉庫の扉は内側から開ける事が出来ない作りだった。


「すまん! ついクセでな!」


「クセですますなぁぁぁぁ!」


 コントのようなやり取りをしているが、緊急事態中である。

 砦が燃えているのだから当然。 今も、炎の音が聞こえてくる、なんなら、少し煙臭い。

 残り時間はそんなに無いだろう。


 実際、私を助け出すこと自体はそんなに難しくない。

 兵士の中には攻撃が使える魔術師がいる。

 この壁を吹き飛ばしてくれれば、あとは数メートルの高さを何とか降りれば良いだけだ。

 それも、魔術師の基本的な術で何とかしてくれるはず。 飛び降りても打撲で済むかもしれない。

 でも、それが出来ない理由がある。


「ほんとうにすまない!」


 上官の言葉が、本心であることは分かる。

 やや体育会系の、気遣いの出来ない上官であるが、嘘や策略が出来ない不器用な人だ。

 だから、こんな辺鄙へんぴで小規模な戦略上ほとんど意味が無い最前線送りされてしまったのだろうけど。

 そして、そんな性格の上官だからこそ、私も含め部下の信頼はそれなりに厚い。

 上官がそういうなら、そういう事なのだろう。


 私は、ここで死ねと。


 それを理解した私は、これ以上言葉を出すことが出来なかった。顔が歪む。

 他の同僚の兵士や魔術師たち、顔見知りの皆は、顔を下げ、黙々と撤退の準備を終えて・・・歩き始めている。

 殿しんがりを務めるためであるのか、上官と部下数名が砦を眺めている。

 もう、声を掛けても返答は期待できないだろうな。


 絶望から腕の力が抜けて窓から垂れる。 上官はどう思って見ているのだろう?

 と、唐突に下から煙と熱風が吹き上がってくる。

 思わず手を引っ込め、乗っていた箱の上から転げて倉庫の床に背中を打ち付ける。


 ドンっ

「くはぁっ」


 幸い軍の非戦闘員用の標準装備である軽装備をしていたおかげで、痛みは少ない。

 軽く頭を打った位だ。

 しかし起き上がる気力が出ない。 床に大の字になる。

 誰も助けに来ることはない。 それはもう時間が無いこと、そしてこの砦の役割にもよるから。


 本格的に火が回り始めたようだ。 床下から火の燃える音が聞こえる。


 天上には、木の梁が網のように組まれていて、その向こうに岩が並んでいる。

 この砦、最前線の小さい砦には、敵側の進行を止めるだけではない。もう一つの役割がある。

 止められない戦力が攻めてきたときには、砦を焼落しょうらくし、砦の上に積み上げた岩が敵側に崩れ落ちる。

 そのことで、敵側へダメージを与え、さらには、道を岩だらけにして進行を遅らせ留めさせる役割がある。

 だから、私を助けるために壁を吹き飛ばしたりして、岩が崩れる方向が変わることは容認されない。

 場合によっては、味方の方に岩が崩れるかもしれないのだから。


『はぁっ、焼け死ぬのか、岩に潰されるのか、どっちが先かなぁ?』


 半分 諦めたのか、自分の心はやけに平常心というか、他人事のように感じていた。

 なんともまぁ短い人生なのかと思い出す。

 今年で13歳だっけ?


 床の木の隙間から煙が上がってくる。






『・・・・魔導師になりたかったなぁ』


 私は[時空魔術師]のマイ、現在13歳の女子である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る