第20話【商品開発1 新しい娯楽品】
オープンの翌日、開店準備をしている俺達のもとにヴェールを被ったミッシェルさんがやってくる。
「おはようさん。今日から派遣させてもらう従業員を連れてきたさかい、仲良ようしとってぇな」
ミッシェルさんの後ろに男女2人ずつの計4人の従業員が姿勢よく立っていた。
「アレンはん。こいつらに開店準備まかせてちょい時間くれへんか? 昨日の件で分かったことがあるんや」
昨日の件と言われたら聞かないわけにはいかない。ユリと4人の従業員に開店準備を任せてミッシェルさんと応接室に向かう。途中で父さんを見つけたので一緒に来てもらった。
応接室についてソファーに座るなり、ミッシェルさんが話し始める。
「昨日の件やけど黒幕がわかったわ」
「早いですね。さすが、アナベーラ商会の尋問チーム。優秀ですね」
「ふふふ、そうやろ。噓発見用の魔道具もつこうたからまず間違いのない情報や」
ミッシェルさんが一息ついて続ける。
「――黒幕は第2王子のサーカイル=ルーヴァルデンや」
(第2王子!?)
想像以上のビッグネームに言葉が出なかった。
「第2王子…………ということは、狙いはこの町というより、王国の東側ということですか?」
父さんは予想していたのか、あまり驚いていないようだ。
「おそらくな。モーリス王子の優秀さが知れ渡ってきたんやろ。ただでさえ西側はカミール王子とサーカイル王子の派閥がにらみをきかせあっとる。東側が一枚岩になってモーリス王子の後ろについたらやばい思ぉたんやろな」
俺は以前教わったこの国の知識を思い出す。
第1王子のカミール王子と第2王子のサーカイル王子が側室の子、第3王子のモーリス王子が正妻の子だ。
正妻の子は他にも4人いるが、全員女の子で、5人目にしてやっと産まれた王子がモーリス王子で、今年で9歳になるはず。
側室の生家はバージス公爵家で王国の西側に強い影響力を持っている。文官として勤めているものが多く、主に王国の政治面を担当している
正妻の生家はファミール侯爵家で王国の東側に強い影響力を持っている。武官として勤めているものが多く、主に王国の軍事面を担当している
そして今回の黒幕は第2王子のサーカイル王子であるという。
「なるほど。昨年、第2王子が成人されたのに国王が王太子を指名されなかったから焦ったんですかね」
この国では15歳で成人になる。第1王子が成人された時に王太子に指名されなかった時もバージス公爵家の派閥でひと悶着あったらしい。以来、バージス公爵家は第1王子派閥と第2王子派閥に分かれてしまい、国の運営にも支障をきたしているとか。
今回、第2王子が成人されたにもかかわらず、王太子の指名がなかったので、バージス公爵家が焦ったのだろう。残る王子は第3王子しかおらず、第3王子が王太子に指名されれば、ファミール侯爵家の力は一気に増す。
「今回は第2王子やったけど第1王子もきな臭い動きを見せとる。注意しいや」
「ご忠告、ありがとうございます」
「――それからアレンはん。わては来月には王都に向かう。そん時にリバーシを宣伝してくる予定や。それまでにリバーシ以外の商品を開発することはできるか?」
突然の依頼に驚いたがこれはビッグチャンスだ。
「できます! リバーシよりルールが複雑で一般の方には難しいと思って保留にしていたゲームがあります! きっと、王都の方には受けると思います!」
リバーシよりルールが複雑で上流階級の人が喜びそうなゲーム。そう、『チェス』である。
もともと、リバーシを足掛かりにして、上流階級の顧客が見込めるようになったらチェスも販売しようと思っていたのだ。ミッシェルさんの依頼はまさに渡りに船だった。
さっそく、ルールの説明をする。リバーシの盤がちょうど8×8だったので、その上でリバーシ駒を使って大まかな説明をし、紙に絵をかいて駒の説明をする。
理解してもらえるか心配だったが、父さんもミッシェルさんも理解してくれた。
「なるほど。『チェス』なぁ。確かにリバーシのよぉに誰でもお手軽にできるわけやないけどその分、はまれば楽しそうやな」
「そうですね。駒も立体的で種類が豊富なので、
2人とも好感触のようだ。駒のデザインについてはユリと相談しよう。
「駒の動き覚えるんが大変そうやな。最初周知させんのに苦労しそうや」
「あ、それについては、駒の裏にそれぞれの動きを書いたものを初心者用として販売する予定です」
「なるほど。布教用っちゅう訳やな?」
「はい。初心者向けと一般向け、それに高級志向な物の3種類の販売を考えてます。いかがでしょうか」
ミッシェルさんが感心した表情でこちらを見る。
「あんさんはデザイン以外は天才的やな。ゲームの内容といい販売方法と言い文句無しや」
「そうですね。
2人ともデザインには不満があるようだが、それ以外は問題ないようだ。
「今日の夜にでもユリに相談してみるよ。デザインが固まり次第、フィリス工房に行こう」
「そうやね。わての方で急いで追加の従業員を4~5人用意連れてくるわ」
ミッシェルさんがソファーから立ち上がる。
「従業員としての質は保証するさかい、あんさんらでこの店のことを教育して明日以降はあんさんらが店に関わらんでも営業できる体制を整えるんや」
「いいんですか!?」
「かまへん。あんさんらに店の経営してもろうよりも、商品の開発してもろうた方がうちらのためになりそうや」
そう言ってミッシェルさんは帰って行ったので、俺と父さんは玄関で見送る。ミッシェルさんの姿が見えなくなるまで待って、父さんに聞く。
「なんで俺達が商品開発するとミッシェル様のためになるんだろう?」
「貴族への足掛かりにするつもりなんだろうな」
店内に戻ってから父さんが説明してくれた。
「――昨日の件、黒幕が分かって終わりじゃない。今後何かされてもいいように対応する必要がある」
確かに今回の件は、下手したら東側の多くの町に影響を及ぼした可能性がある。そうなれば、クランフォード商会はもちろん、アナベーラ商会ほどの商会でも大打撃を受けるだろう。何かしら備えておく必要はある。
「アナベーラ会頭は東側のファミール侯爵家派閥の貴族にはある程度顔も効く。とはいえ、西側のバージス公爵家派閥の貴族となると接点はないはずだ。だから、足掛かりが欲しかったんだろうな。リバーシもチェスもバージス公爵家派閥の貴族に受けがよさそうだ」
バージス公爵家派閥の貴族は文官が多い。ならば、頭脳ゲームのリバーシやチェスはピッタリかもしれない。
「ある程度貴族とつながっておけば、今回みたいなことは事前に察知できるんだよ。貴族からすれば、情報を流すだけで、金を使わずに恩を売れるんだから」
貴族は、有意義な相手であれば、なるべく恩を売っておこうとする。なにかしらの利になって帰ってくるからだ。情報を流すだけで恩を売れるなら儲けものなのだろう。
「どのみち俺達じゃ貴族相手に商売するのは難しい。ツテもないし知名度も低すぎる。そんな俺達が今から頑張るより、販売はアナベーラ商会に任せて開発を担当した方が双方にメリットがあるって事だ」
父さんの説明に俺は納得した。ガンジールさんに提案された卸売り契約とは違う、双方にメリットがある取引だ。
「それじゃ、頭脳ゲームだけじゃなくて身体を使うようなゲームも開発した方がよさそうだね」
「そりゃ、そういうゲームがあれば顧客層が厚くなるが……出来るのか?」
父さんは驚いた顔をした。俺はニヤリと笑って答える。
「任せて」
(ここが知識チートの見せ所! 古き良き日本の文化を見せてやる!)
俺は新たな製品の開発に燃えていた。
「――まぁその前に店の運用体制とチェスの開発体制を整えないとな」
(……やることは山積みだがとにかくやるぞ!)
とにかく燃えていた。
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