第10話【開店準備3】


 リバーシを受け取った俺達は店舗に戻り、倉庫にリバーシを置いて一息つく。


「ミケーラさん、大変そうだったね」

「あー、アレン。確かにミケーラさん苦労人のイメージが強いが、イメージ通りの人じゃないぞ」

「「え?」」


 俺だけでなく、ユリも驚いた声を出した。ユリもミケーラさんを苦労人だと思っていたようだ。


「おそらく倉庫に裸のマリーナさんを放置したのは、ミケーラさんだ」

「「え!?」」

「マリーナさんは酒好きだが、脱ぎ癖があるのを自覚してるから1人で飲むことはまずないんだ。おそらく昨日、マリーナさんとミケーラさんで酒を飲んだんだろう。いつものように脱ぎだしたマリーナさんを倉庫まで連れて行って、倉庫の鍵を閉めたんだ。あの倉庫の鍵を持っているのは、マリーナさんとミケーラさんだけだからな」


 確かに、ミケーラさんが倉庫の鍵を開けていた。中にマリーナさんがいるのに、鍵がかかっているのはおかしい。


「で、でもなんでそんなことするの? 今日俺達が行くことは分かってたはずでしょ?」

「想像だが、お前達に同情してもらいたかったんだろうな。そんで、今後も仕事をもらおうと思ったんじゃないか?」


 確かに俺はミケーラさんに同情したし、今後も仕事を頼もうと思った。


「ま、実際苦労人だし、仕事はできるから仕事を頼むのは問題ないけどな。ただ、甘く見てるとそのうち痛い目に合うかもしれないから気をつけろ」


 俺とユリは黙って頷いた。




 一息ついたので、全員で近所に挨拶に行くことにした。この辺りはお店が集まっているので、ちゃんと挨拶しないと、商会仲間として認めてもらえなくなってしまう。


 左隣の店舗が空き店舗だったので、右隣の店舗に向かう。右隣の店舗は、繁盛しているのか、入り口には豪華な装飾品がいくつも置いてあった。


「…………趣味悪い」


 ユリがボソッとつぶやく。


(どストレートだな! いやまぁ気持ちはわかるけど、、統一感が無いしなんのお店なのかわからない。豪華なものを並べすぎて下品に感じる。金持ちが趣味でやっているお店なのかな?)


「とりあえず入ってみよう」


 入り口からお店の中に入る。中には数人のお客さんがいた。置いてある商品を見ると、食料品から装飾品、衣類やさらには武器まで幅広い商品が置かれている。


「いらっしゃ~い」


 定員だろうか。女性が話しかけてきた。


「何か~お探しですか~」

「明日から隣でお店を開くことになったものです。ご挨拶に伺いました。店長はおられますか?」

「店長ですか~。しょ~しょ~お待ちくださ~い。店長~お客さんですよ~。店長~」


 女性店員が奥に店長を呼びに行く。俺は間延びしたしゃべり方をする女性店員に不信感を覚えた。


(店員がこんなしゃべり方していていいのか? 俺だったら注意するけど、、どういう方針の店長なんだろ?)


 金持ちの道楽かと思ったが、それにしては従業員の質が悪い。俺が混乱していると奥から店長らしき男性がやってくる。勝手に太った男性を想像していたが、やってきた男は病的に痩せた男性だった。


「いらっしゃい。お隣さんと伺いました。立ち話もなんですので、こちらへどうぞ」


 店長に奥の部屋に案内される。おそらく応接室だろう。応接室の中も豪華な装飾品であふれていた。応接室に入ったことで、店長から独特な酸っぱい匂いがすることに気が付いた。


(なんだろ、香水かな? 癖が強くて苦手だ)


 店長が俺達にソファーに座るよう、促す。促されるままに、父さん、俺、ユリの順で座ると、店長が父さんに向かって自己紹介を始めた。


「わざわざお越し下さり、ありがとうございます。私はこのドット商会の会頭兼店長の、ガンジール=ドットです」

「こちらこそ、お時間頂きありがとうございます。私は、クランフォード商会会頭のルーク=クランフォードです。隣にいるのが、息子のアレンと娘のユリです」

「初めまして。支店長を務めるアレン=クランフォードです」

「初めまして。ユリ=クランフォードです」


 ガンジールさんが俺の自己紹介に驚いた顔を浮かべた。


「支店長……ですか? お若いのに立派ですね」

「ええ。自慢の息子です。お隣には支店を開く予定です。よろしくしてやってください」

「よろしくお願い致します!」


 俺は頭を下げた。


「ええ、よろしくお願いします。ところで、隣ではどのような商品を販売されるのですか? 不勉強で申し訳ないのですが、クランフォード商会という名前に聞き覚えが無いものでして」


 ここからは、支店長である俺が答えるべきだろう。父さんに代わって答える。


「商会は先日商会登録を行ったばかりなので、ご存じないのも無理はありません。主に娯楽品を販売する予定です。最初はリバーシという商品を販売します」

「娯楽品……ですか」


 ガンジールさんは考え込むようなしぐさをした後、俺に提案してきた。


「よろしければ、その商品をドット商会に卸しませんか?」

「え?」

「店内をご覧になられたと思いますが、ドット商会では幅広い商品を取り扱っています。しかし、現在娯楽品は取り扱っておりません。よろしければ、ドット商会の娯楽品第一号として、リバーシを販売させていただけませんか?」


 突然の提案に驚いたが、悪い話ではない……はずだ。いきなり、クランフォード商会のみで販売するより、複数の商会で販売した方が利益も宣伝効果も大きくなる。いずれは、卸売販売を行うつもりではあった。


 しかし、何かが引っ掛かった。ドット商会に卸すのは、危険な気がしたのだ。過剰な装飾品や女性店員の態度、店長の匂いなど、気になることはいくつかあった。しかし、それとは別に本能が警告している。『ドット商会とかかわってはいけない』と。


「ありがたいお話ですが、現在は自店舗で販売する分の商流しか確保できておりません。卸売りの話はまた今度とさせて下さい」

「…………そうですか。それは残念です」


 そういってガンジールさんは立ち上がった。


「何かありましたら、気軽にお声がけください。お隣同士今後ともよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」

「「よろしくお願いします」」


 俺が返事をし、父さんとユリが続いた。ガンジールさんに案内されて業者用の出入り口に向かっている途中、怒鳴り声が聞こえてくる。


「卵一個100ガルドって高すぎるでしょ!? 前のお店では1個30ガルドで売ってたわよ!」

「え~。でも~これがここの値段なので~」


 どうやらお客さんと先ほどの女性店員がもめているらしい。ガンジールさんがため息を吐く。


「はぁ。申し訳ありません。トラブルのようです。私は対応に向かいますので、こちらで失礼します」


 そう言ってガンジールさんはお店の方に向かった。俺達は業者用の出入り口から外に出て、支店に戻る。


「父さん、卸売りの話、相談もしないで勝手に断ってごめん」


 戻るなり、俺は父さんに謝った。自分の直感を信じて断ったが、本来あの場で決定権を持っていたのは、支店長の俺ではなく会頭の父さんだ。


「ん? かまわないぞ。商人たるもの、即決即断は当たり前だ。それに、アレンが断らなければ、俺が断っていた」


 普段は優しい父さんもドット商会には憤りを感じているようだ。


「あいさつに来た隣の店に対して、卸売りを提案するなんで、俺達に販売能力がないって言っているようなもんだ。失礼極まりない。従業員の接客態度も悪いしな。卸売りをするとしても、あの店には卸さない方がいいぞ」

「そうだよ! 私もあのお店私嫌い! あんなお店にリバーシ置いたら、リバーシの価値が下がっちゃうよ!」


 確かによく考えれば卸売りは、自分達では売れない遠くの店に卸すのが普通だ。宣伝するにしても、お金を払ってサンプル品や広告などを置かせてもらえばいい。隣のお店に卸すなんてありえない。


 それに、リバーシの特許権は父さんが保有しているが、一般の人はそんなこと知らない。ドット商会で購入すれば、それは、『ドット商会で買ったリバーシ』だ。ドット商会の接客態度が悪ければ、リバーシは『接客態度が悪い人が売っている商品』になってしまう。まだ、リバーシの知名度の低い今、そんな口コミが広まったら致命的だ。


 2人の意見を聞いて、自分の判断が間違ってなかったことを確信する。


「そうだね。うん、ありがとう! 今後もドット商会には卸さないようにするよ」


 俺はそう答えたが、言いようのない不安が消えなかった。2人の言っていることは正しい。ドット商会に卸さないのは正解だろう。しかし、それだけではない気がするのだ。理由はわからない。ただ、自分の本能が、ドット商会を警戒していた。

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