第7話【クランフォード商会設立】
露店を片付け、役所で売り上げの報告を行った。さらに今回は、商会の登録申請も行う。
露店は、役所の許可されもらえれば、誰でも開くことができる。しかし、店を開くためには、役所から店舗を割り当ててもらう必要がある。そして、店舗を割り当ててもらうためには商会として登録している必要があるのだ。
「はい、こちらで結構です。『クランフォード商会』として、登録いたしました。こちらが商会証です。さっそく、店舗をご覧になりますか?」
「いえ、今は大丈夫です。この後また来ますので、候補を絞っておいていただけますか?」
「かしこまりました。お待ちしております」
受付の女性に見送られ、俺達は役所を後にした。
「よし! 工房に行くぞ! 予定より早く生産してもらえるよう、交渉しないとな!」
3日前にも訪れた工房に向かった。前回は気付かなかったが、周りの工房と比べると、かなり大きい工房だ。この工房の経営者と父さんがどのように知り合ったのか、興味がわき、父さんに聞いてみたが、「古い飲み仲間」としか答えてくれなかった。
(何か隠しているのかな? 帰ったら母さんに聞いてみよう)
工房についた。前回同様、俺とユリは外で待っていたが、30分待っても父さんは出てこない。だんだん心配になってくる。
1時間近く待って、ようやく父さんが出てきた。
「お待たせ! 3日後に600個、1週間後に追加で900個作ってもらえることになったぞ!」
「すごい!!!」
俺は喜んでいたが、隣のユリは怪訝そうな顔をしていた。
「お父さん、お酒飲んだ?」
「え?」
驚いて父さんを見る。いつも通りの顔をしており、酒を飲んでいるようには見えなかった。
「お、鋭いな。なんでわかった?」
「ミントの匂いがする!」
「ミント?」
「前に『ママ』が『パパ』に言ってた。『お酒飲んだでしょ、ミントの匂いがする』って。その時のパパと同じ匂いがお父さんからするよ」
亡くなったユリの父親はお酒好きと聞いたことがある。
「なんで、昼間からお酒飲んでたの? この後、お店見に行くんでしょ?」
ユリの声に非難が乗っていた。父さんは笑って答える。
「ここの工房長は無類のお酒好きなんだ。頼みごとをするときは、お酒に付き合わないと、頼まれてくれないんだよ。お酒は飲んでも酔っぱらってるわけじゃないから許してくれ」
「むー……」
確かに酔っぱらっているようには見えない。店舗を見に行くのも問題ないだろう。だけど、ユリは納得できないようだ。頬を膨らませている。
「ユリ。父さんがお願いしてくれなかったら、3日後に600個なんて無茶な依頼は、請けてもらえないと思う。工房長は
俺の言葉を聞き、ユリは父さんの行動を理解しようとする。しばらくするとユリが父さんに頭を下げた。
「お父さん。ごめんなさい」
「わかってくれて嬉しいよ。父さんも長いこと待たせちゃってごめんな」
仲直りできたみたいで何よりだ。
「アレンもありがとな。お前はやっぱり賢いな」
父さんが褒めてくれる。ここのところ、父さんの器の大きさをひしひしと感じていたので、嬉しかった。
「さあ! 役所に戻るぞ! 3日後にリバーシが納品されるんだ。それまでに店舗を確保しないとな!」
「「うん!」」
俺とユリは父さんの手をつかんだ。3人で手をつないで、役所に向かう。
役所につくと先ほど対応してくれた女性が声をかけてくれた。
「お待ちしておりました。店舗をご覧になりますか?」
「お願いします。3日後から入れる店舗を見せてください」
「承知しました。ご案内させて頂きます。こちらにどうぞ」
女性に案内されていくつかの店舗を見る。正直、どこも似たような立地、似たような外見で、決め手に欠けた。
「あれ? ここって」
次に案内された店舗に入ろうとした時、見覚えのある景色を見かける。今朝、露店を開いていた場所だった。
「あそこって、露店を開いたとこだよね?」
「ん? おお! そうだな。どおりで見覚えがあると思った」
「本当だ! 朝来たところだ!」
その店舗は露店を開いた場所の裏通りにあった。もともと、露店を開いた場所で店舗の宣伝をする予定だった。前回と今回の露店で俺達のアピールはできたはず。そんな俺達が露店を開いた場所で店舗の案内をすれば、効果的な宣伝になる。
「あそこで、この店舗の宣伝をすればすぐに来れるよね?」
宣伝する店舗が目と鼻の先であれは、宣伝効果は跳ね上がるだろう。お客さんの誘導も容易になる。
立地も外見も他と変わらない店舗だが、俺達にとって非常に魅力的な店舗だ。
「「「ここにします!」」」
クランフォード商会の店舗が決まった瞬間だった。
役所に戻り、店舗を割り当ててもらう。4日後、露店の場所が空いているとのことなので、露店の予約もする。
「よし、これで店の開店準備は終わったな。帰って母さんに報告しよう。店を開くことになったって言ったら驚くぞ」
帰り道に、飴を買ってくれた。今回は3つ買っている。
「母さんには内緒だぞ」
なんのこだわりなんだろう? 俺とユリは黙って頷き、飴を受け取る。残りの1つは父さんが食べるのかと思ったが、カバンに仕舞っていた。
家につき、さっそく母さんに報告する。
「リバーシ全部売れたよ! 父さんが商会登録してくれてお店開くことになった!」
母さんが驚いて父さんを見る。
「アナベーラ商会の会頭がリバーシに興味を持ってくれた。これからリバーシは一気に広がるぞ」
「まあ! アレンが作った商品が国中に広がっていくのね! 良かったわね、アレン」
母さんが頭を撫でてくれる。
「1週間後の納品に合わせてお店を開くの?」
「いや、工房長に掛け合って3日後に600納品してもらうことになった。店開きは4日後だな」
「3日後!?……………あなた? お酒を飲みましたね?」
「ギクッ!」
「子供達の前で……しかも工房長と?」
母さんの笑みが深くなっていく。母さんが怒っている証だ。俺とユリはそっと玄関に向かう。
「い、、いや。子供達には外で待っててもらったから子供た「外で待っててもらった!?!?」ヒッ!」
「子供達を外で待たせて自分はお酒を飲んでいたと!?」
確かにその通りなのだが、それには理由があるのだ。俺は思わず飛び出す。
「母さん! 父さんは工房長にお願いを聞いてもらうためにお酒を飲んだんだ! 俺達のためだよ! だから怒らないで!」
母さんがこちらを見る。顔は笑みを浮かべていたが、目が笑っていなかった。
「アレン。あなたは優しいわね。大丈夫よ。母さん分かってるわ。お父さんが自分で飲みたくて飲んだわけじゃないって。私達のためだってちゃんと分かってるわよ。そうなのよね、あなた?」
「は、はい! そうです!」
「ふふふ。大丈夫よ。もちろん分かってるわ。「
「「え!?」」
(『マリーナ』さん? え、女性!? 工房長って女性なの!?)
父さんを見る。ユリも父さんを見ている。
「お父さん? 女の人と2人でお酒飲んでたの?」
ユリの目がすわっている。
「い、いや、、その、、」
「ええ、ええ。分かってますよ。マリーナさんが無類の酒好きなことも。無理なお願いをしたあなたにマリーナさんが無理を言ったことも」
母さんが父さんに詰め寄る。
「マリーナさんって酔うと色っぽくなるわよね。女の私でもドキッとするくらい。そう思わない?
「思いません! イリスさんの方が色っぽいです!」
「あら、ありがとう。でも確かマリーナさん、3年前に離婚が成立して今はお子さんと暮らしているのよね? どう? 元人妻って魅力的なんじゃない?」
「そんなことありません! 現妻のほうが魅力的です!」
「ふふふ。ええ、もちろん信じてますよ。あなたが浮気なんかするわけないって」
「もちろんです! 俺は母さん一筋です!」
「そうよね。そういえば、マリーナさん、この間、事故で胸元に傷を負ったって聞いたけど大丈夫だった? 傷跡が残っていないといいんだけど」
「いや、傷はもうほとんど治ってたから、、、、、、、あ」
空気が凍った。
「…………見たの?」
「み、見たというか、、その、、、、」
「あの人酔うと脱ぎだすものね。見たのね?」
「い、いや! ちゃんとは見てません! 従業員に取り押さえてもらったので!」
「ああ、あそこの従業員は優秀ですものね。それで?」
「服がはだけそうだったので、落ち着くまで離れてました! だから見てません!」
「へー……それじゃあ、なんで傷が治っているって分かったの?」
「そ、、その、、従業員が取り押さえ時に、、」
「見たのね?」
「一瞬です! 目に入っちゃっただけなんです!」
「見たのね?」
「い、いや、、だから、、その」
「見たのね?」
「…………見ました、、」
母さんから冷気が吹き出した。
「……………………で?」
父さんがカバンから飴を取り出し、母さんに差し出す。
「お納めください」
(いや、それは悪手だろ!!)
物で機嫌を取るにしても、これはまずい。母さんの怒りが爆発する未来が見えた。
「…………全く、しょうがない人ね」
空気が暖かくなった気がした。
(え!? 許しちゃうの?)
俺の内心を読んだのか、母さんが話してくれる。
「お父さんが、私達のことを考えてくれたことも、浮気しないことも知っているわ。ちょっと拗ねてみただけよ」
ぺろりと飴をなめながら話す母さんは息子から見ても可愛らしかった。
(確かにこんな母さんがいるなら、浮気なんかしないよな)
2人が仲直りしたことに安心していると、母さんが父さんに近づき耳元で囁く。
「ただ、今夜は寝かせないから」
…………聞こえなかったことにした。
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