第1話 5/15

「40秒」


軍曹が時計を凝視しカウントする。


「45秒」


と言ったあたりで遺体をぼんやりと包んでいた光のモヤが薄くなる。


60秒をすぎたあたりで体表のみが光を放つようになった、それも暫くすると上半身の肌の見える部分だけとなった。それも80秒のカウントをまたず消え始め、次いで杖の魔石の輝きが失せた。


「そこまで!軍曹!結果は!」


「81秒であります」


「よろしい! 曹長!」


「はっっ」


「憲兵隊本部に至急報!魔法捜査研究所に協力要請! 向こうの準備が整い次第に情報を魔捜研に転送、馬車にて作業を進めてくれ!」


敬礼と共に「はっ!」と返事をすると駆け足で去っていった。


「軍曹!」


「はっっ」


「杖を馬車に接続、その後馬車にて待機を命じる」


「はっ」


右手に杖を、脇に杖の収納鞄を抱えてその場を後にした。


「にしても、テオは流石だにゃ」


「なにがだ?」


「遺体を見ただけで魔法犯罪とわかったにゃ」


「わかっては…… わかってはいなかったよ」


「にゃ?そうなのか?」


「うん、だね。わかってなかった。使われてるかもとは思ったけど、使われて無いなら無いで方法はあるだろうし」


「にゃ!? あるのか? 開いてない窓から人を落とす方法が!? 」


「うーん、被害者に紐をくくりつけて、窓枠に通してとかね。もしそうなら詳しく窓を調べればわかるかもとは考えてたよ」


「にゃるほど!さっそく窓枠を調べるにゃ!」


「ちょっとまって! それは魔法が使われて無い場合!」


「ふにゃ!?」


「今回は魔法が使われてた形跡があったんでしょ? どんな魔法だったの?」


「にゃっ!そうにゃ! 今回の被害者はにゃぁ、迷宮を探索する冒険者だけあって…… よくわからんかった!」


「え!」


「残留魔素が多すぎるにゃぁ、もうめちゃくちゃで、系統も流派もサッパリにゃ」


「いや、あんだけ馬鹿にするなとか言ってたのに」


「にゃははー、新しい杖も習熟訓練以外では初めて使ったしにゃ、うまく分離できんかったにゃ」


「分離って、魔素を?」


「だにゃ! だいたいいつもは強く残ってる魔法残渣からペカーって剥がすんにゃが、杖のポテンシャルが強すぎだにゃ、全部ボッってなっちゃったにゃ」


「なっちゃったにゃじゃないでしょ、だから魔捜研に」


「至急報したのかー」とテオは額に手を当てた。


「まぁ、でも。最後にかけられた魔法は」


とツウが懐中時計で時間を確認する。


「教科書通りで言うと午前6時の前後30分、ちょうど死亡推定時間と重なるにゃね。私の感覚では5時40分から6時5分までにかけられたってトコにゃぁね」


「そうだな、ツウは時間推定だけは得意だもんな」


「にぁあ、そう褒めるにゃよ」


「…… 」


ツウがテオの肩をバンと叩いた。


「んでーーー!にゃ。 その魔法は支援バフ状態異常デバフといった効果が持続するタイプの魔法らしく、魔法の効果切れがおよそ7時にゃ」


「それだと」


「にゃ」


「「死後だ」にゃ」


「まぁ、魔法が使われた犯罪とにゃれば魔捜研が犯人を教えてくれるにゃ」


「教えてくれた頃には犯人は国外かもな」


「にゃお?」


「山を越えれば国境なんだろ?」


「んにゃ~ 確かに犯人が魔法を使えるとなれば山越えも不可能ではないにゃ」


「そうだろ?」


「でも、かけられた魔法はおそらく何かしらの状態異常デバフにゃ」


「なにが言いたいんだ?」


「わからんか? 山を越えるならもっと攻撃的な魔法が必要にゃね。熊が冬眠から醒め始めてるにゃ、撃退できる魔法が必要だにゃ」


「そうか。でも、犯人が今回の事件で状態異常デバフを使ったからと言って、他の攻撃的な魔法が使えないとは限らんだろう」


「にゃらなぜその攻撃的な魔法で被害者を攻撃しなかったにゃ?」


「それは…… 」


「にゃ!わかるにゃ、わかる。にゃにか理由があってしなかった。だにゃ?」


「そうだ…… 」


「で。その、合理的な理由が解れば犯人に一歩近づくんだ、だにゃ」


「そうだ」


「にゃはっっ、お前さんの口癖にゃぁね。犯人はおそらく攻撃魔法は使えないヤツにゃね。使わないではなく使えないだにゃ」


「ツウがそこまで言い切るなんて珍しいな。何故そこまで言い切れるんだ?」


「考えてもみろにゃ、今回の被害者は冒険者にゃ、報告によれば直近まで迷宮にいてたにゃ、魔素の残り具合からみてもそれは確かそうだにゃ」


「そうだったな」


「んにゃ、確かにゃ。高濃度魔素区域、この辺だと王立迷宮にゃね、そこに長時間居てた形跡がしかっりあったにゃ」


「時間しか解らなかったんじゃなかったのか?」


「んにゃぁ、そのこびりついた迷宮の魔素が邪魔で他が解らんかったと言うのが正しいかにゃ」


「なるほど。で、犯人が攻撃的な魔法を使えない理由はなんなんだ?」


「まずは犯行現場にゃ。犯人が魔法を使える者だった、すなわちこの街では十中八九冒険者にゃね」


「そうだな」


「にゃらなぜ迷宮で殺さなかった? 死体の発見も遅れ、発見されても迷宮内の魔物にやられた、いわゆる労働災害で処理されるのが落ちにゃ。今回お前さんを呼びつけるに至った事件も迷宮内での事件にゃが、これは奇跡的に遺体がすぐ見つかったから事件化したにゃね。木を隠すなら森、死体を隠すなら迷宮。こんなすぐ見つかるところでおこった事件だにゃ、突発的に行われた犯行とみるのが筋だと思わにゃいか?」


「確かに筋は通ってるな。突発的に起こった犯行なら自分の最大火力を出すのがセオリーだ」


「にゃ!その通りにゃ! 出し惜しみして返り討ちに合っては洒落ににゃらんからにゃぁ」


「だから犯人は自分の最大火力である状態異常デバフを交えた犯行をおこなった」


「にゃーい」と自身に満ちた顔でツウが言った。「にゃにか反論は?」


「反論ではないが、少し抜けがあるような?」


「にゃお?」


「そうだね、明確な力量の差があって犯人が格上な場合か…… 犯人が被害者とパーティーメンバーで実力をきっちり把握できていた場合かな」


「たしかに、その場合は初手全力とは考えづらいにゃが…… 」


「前者の場合は犯行現場を選べる立場だろうし、後者の場合でも」


「迷宮で事故に見せかけなかった理由が必要にゃね」


「そのとおりだな…… 」


___

__

_


うぬはこの後しばらく考えこんでいたようだが」


朝食後のコーヒーをたしなんでいたテオの手が止まった。


「何を考えていたのだ?」


「何を?ですか…… なんかしっくりこないな、とか」


「ほう」


「見落とし…… じゃないな。犯人から遠ざかっている。でも無いし」


「なんと」


「犯人は冒険者に限定するのはまだ早いかなとか考えてましたね」


「まことか」


「きっちりそうとは言い切れませんが、まぁそんな感じです」


「我はどうせまた小隊パーティーの仲間割れか、こき使った駆け出し冒険者の逆恨みか。そんな事しか考えられんかったがの」


「ははは、僕も似たようなモンでしたよ。被害者の関係者とか、同じ時間帯に迷宮に居た他の冒険者とかの可能性が高いかな? とは思ってました」


「同じ時間帯…… おぉ、獲物の横取りも揉め事の筆頭よの」


「まさしくそれです」


「なぜその線を追わなかったのだ?」


「なぜ、ですかね? そのあたりは僕よりもツウや他の憲兵さん、警察さんが捜査した方が早いでしょう」


「たしかにの」


「ならば僕は彼らがしないであろう方向から考えを巡らせアプローチをすのがいいのかな? とか、そんなかんじです」


「もっともだの。では、以前に解決したとかいう他の事件もそうなのか?」


「以前の事件ですか? どうだったかな? 初めてかもしれないですね今回の王立迷宮管理組合ギルドでの事件みたいに同時進行で捜査をしたのは。以前までの事件はだいたいが行き詰って、要は情報がそろったところでツウが泣きついて来てってのが大半でしたね」


「ではあれか、王立迷宮ダンジョンでの事件のようにか」


「まさしくです、ははは。まさか深夜特急のチケット同封で泣きついてくる日が来ようとは。はは、思ってもみなかったですよ」


「であるか、ほほほ。おかげで良い旅ができたわい」


「ですね。ネコさんには道中狭い思いをさせてしまってますが、ポロは観光をするにはほんとうに良い街です」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る