第86話 運が味方なら②
監視カメラに映っていたのはこのチンクエチェントだ。間違いないという確信があった。ミケランジェロが回収してくる映像から事件への関与が認められ、そして運よく――ジャンニ・モレッリ警部に幸運はめったに訪れないが――ナンバーがはっきり映っていれば、これが廃墟の周囲をうろついていた車か否かが判明する。そして所有者がアンドレア・コスタだと確認されたら、あとは逮捕状を請求するだけである。
ディ・カプアを殺したのは彼だった。動機は嫉妬心か。彼はマヤに卑猥な目を向けていた。それがエスカレートして、彼女と関係をもっていたディ・カプアへの殺意に変わった。殺したあと、警察の疑いをそらすために、出ないと知りながら電話した。
研究発表会の進行役という立場なら、トロフィーを隠すためにニコラスの荷物に近づいても怪しまれない。現場から凶器を持ち去った理由は聞くしかないが……。
煙草に火をつけた。空に消える煙を目で追っていると、嫌な予感にとらわれた。
きっと今回も空振りに終わるだろう。バスのドアに映った像といい、回数券といい、なんと頼りない手がかりを追っていることか。このチンクエチェントだって、不審な動きを見せていた車と車種が同じというだけだ。被害者の同僚の勤務先にあるのは単なる偶然だろう。それでも持ち主くらいは調べておかなければならない。その結果、へなちょこな推論が粉々に打ち砕かれるのだとしても。
「あれ、警部、いらしてたんですね」
声に振り返ると、クリスティが校舎の入口にいた。
「今ならホテルにご案内できるんで、電話しようと思っていたんです」
フラヴィア・リッチの親族に会わせてくれることになっていたのだった。くそ、こんなときに。
「悪いんだが、後日あらためて頼みたい。急用ができちまって」
「なら、フラヴィアのお母さんに警部は都合がつかなくなったと伝えておきます」
「そうしてもらえると助かる」
中華料理店に行ったミケランジェロから連絡があってもいい頃だった。電話を見ると、ほんの1分前の着信を知らせていた。そのミケランジェロからだった。
かけなおそうとして手を止めた。2日前、ミケランジェロと一緒にここを訪れたことをまた思い出したのだ。
あのとき、コスタは不在だった。学部長に用向きを伝えると、携帯電話に連絡をとってくれた。何と言ってたっけ? 教授はちょうど路線バスでこっちへ向かっているところです、とかなんとか。
コスタはなぜバスに乗っていたのか。この黄色い車はあのときも駐まっていたが、自家用車があるなら路線バスを使う必要はない。コスタは車で通勤はしていないのだろう。
なら、この車は誰のものか。
短くなった煙草の火に指を焼かれそうになり、ジャンニは地面に捨てて踏み消した。それからチンクエチェントを眺めた。
「あんたのかい?」
クリスティはうなずいた。
「そうです。父から譲り受けました」
愛嬌たっぷりなフォルムに、つぶらな瞳のようなヘッドライト。ジャンニが生まれた頃の時代なら、みんなこれに乗っていた。けれど、今はノスタルジックな想いはかきたてられなかった。
「こういうのは手入れが大変だろ?」
「難易度は高くないですよ。部品を遠くに買いに行くのが少し面倒だけど。乗ってみますか?」
「そうだな。フラヴィアの親御さんがいるホテルってのは、車で行ける場所かい?」
「ええ、でも急用があるって言いませんでした?」
「大丈夫だ。予定が変わった」
「ならよかった」
クリスティは頬を緩めた。どこか悲しそうな微笑だった。親しい女性が死んだからなのか、他の理由によるものか、ジャンニには判別がつかなかった。
「じゃあ、行きましょうか?」
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