第68話 やあ、会えて嬉しいよ

「地元紙に載ってないのは、記事にする価値がないからじゃないかな?」

 ジャンニは苦し紛れに言ってみた。


「心配するな、大手の新聞屋ならちゃんと扱ってくれるよ……おっ、30秒たっちまったな」


 電話を耳にあてて話しはじめると、ユセフの声は上機嫌になった。


「おう、元気か? ……そりゃ何より。実はあんた好みの話があるんだが……はは、たいしたもんじゃないよ。興味あればと思ってね……」


 そのとき、物置の中が目にとまった。ダンボール箱の上に赤いレジスターが置いてある。物販店でよく見る小型のレジスターだが、売上金を保管する金属製のドロア部分に傷がある。


「こりゃ何だ?」


 物置に頭を突っ込むと、メディが急ぎ足で近づいてきた。


「全部ガラクタだ。警察が気にするようなもんじゃない」

「レジはカウンターにあるのに、なんでここにもう1台あるんだ?」

「壊れてるんだよ」

「そうは見えないけど……」

「そりゃ、内部の微妙なとこが故障してるからな」

「あれ、傷がある。バールか何かでこじ開けようとしただろ。ドロアが開かなくなったとか?」

「そうだ、動かないから捨てるんだよ」

「説明書を読まないのか? こういうのは裏に解錠スイッチがあるんだぜ。それを知らない脳足りんの泥棒がよくこういうことをやる」


 メディはレジスターを物置に押し込んで戸を閉めた。


「これは店の備品だ。警察には関係ない」

「じゃあ登録番号を照会してもいいな? おれの友人で、強盗に売上金をレジごと盗まれた男がいるんで。そういえば、そのレジは店にあったやつに色も形もよく似てるよ」

「これはうちのだ。照会する必要はない」

「必要かどうか判断するのはこっちなんだよ。あんた、ユセフおじさんの借金取りだろ。金を借りた連中のとこへ押しかけて、バットを振り回したり車に卵をぶつけたりしてるんだろ? 言っとくけど、ぎゃあぎゃあ叫んで飛び跳ねてもおれには面白くもなんともないからな。威嚇する相手がほしいなら動物園に帰ったらどうだ?」

「もう我慢ならねえ」


 男はジーンズの後ろからリボルバーを出し、ジャンニの顔に向けた。


「そいつを捨てろ!」


 セバスティアーノも銃を抜いて両手で構えた。ユセフが驚いて立ち上がった。


「待て、かけなおす。お前ら何やってんだ! メディ、それをしまえ」


 ジャンニは思わず両手を上げ、目は男の左手首を見た。


「ハンバーグサンドは好きかい?」

「は?」

「嫌いとは言わせない」


 トレーナーの袖がまくれあがり、手首が露出していた。


「ここでおれを撃ったら、12年は檻の中だよ。でお縄になっといたほうがいいんじゃないのかな」


 銃口は小刻みに震えている。と、それが急に目の前から消えた。メディが降ろしたからだった。ジャンニを睨みながら床に膝をつき、自分から腹ばいになる。

 ジャンニはリボルバーを拾ってメディの左手首をつかんだ。黄色いネズミの刺青がつぶらな目でウインクしていた。


「やあ、会えて嬉しいよ。相棒はどこだ? ひょっとして弟のラヤンがそうかい?」


 言いながら入口に顔を向けると、若い男と目が合った。やや小柄な体躯に黒いジャンパー。駅の監視カメラに映っていた男――ラヤンだった。手錠をかけられたメディを見て立ち止まる。その戦慄した顔を見れば、質問の答えは得られたも同然だった。

 若者は状況を把握し、弾丸のような速さで逃げていった。あっというまだった。

 ユセフは杖に頼って立っている。


「何がどうなってるのか教えてくれ」

「悪いけど、あんたの甥はどちらも武装強盗の容疑者だ。ついては署まで同行願わなくちゃいけない」

「武装強盗! よりによってうちの甥が……侮辱にもほどがあるってもんだ。やっぱり新聞に垂れ込んでやる。いや、訴える。名誉毀損でお前ら全員告訴する」

「水曜の晩、〈フローレンス〉ってハンバーガー屋に2人組の強盗が押し入った。片方は腕にこれと同じ入れ墨がある。フィリピン人の経営者は勇敢にも犯人に飛びかかり、投げ飛ばされて病院送りになった。そんなことがなけりゃ、今日あたり姪の結婚式に出てたはずだった」


「〈?」


 電話に伸ばしかけたユセフの手が止まった。甥を見つめる。


「お前がか?」


 顔が憤怒の真っ赤な色に染まった。ゴミ箱に手を伸ばしてハンバーガー屋の紙袋をつかむ。


「お前らだったのか、ええ?」


 甥の頭に力いっぱい振り下ろすと、レタスとポテトフライが飛び散った。


「すんません、おじさん」

「ケイシーに何てことしやがるんだ、この馬鹿たれが!〈フローレンス〉が閉まってるからって……」


 食べかけの中身が宙を舞い続けた。


「すっとぼけた顔でこんなクソまずいもんを買ってきやがって……それもこれも全部てめえのせいでしたってか? ふざけんじゃねえ、あほんだら!」


 止めに入ろうとしたとき、電話が鳴った。レンツォだった。息を切らしている。

逃走経路を遮断するよう言いつけてあったのだ。


「駅の監視カメラに映ってた男を見つけた。逃げようとしてたんで追いかけて確保した」

「あいよ、今行く。待ってろ」

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