第66話 歓迎されざる客

〈ミニマーケット・ドナ〉は駅前の安普請の建物に入っていた。落書きだらけの屋外広告看板がわびしさを醸し出す一角だ。

 ジャンニはレンツォに建物の裏にまわって逃走経路をふさぐよう指示した。ここまで来たのに裏口から逃げられたりしたら、目もあてられない。

 店は営業中だった。ジャンニはレジスターの横にいる肥満体の男に近づいた。


「ユセフ、しばらくだな。元気だったかい?」


 ユセフ・アマルは浅黒い肌をした巻き毛の男だった。もともと気性が荒かったが、数年前に膝を痛めてからは杖が手放せず、そのせいで怒りっぽくなった。ある日、飼っていた小犬が吠えてうるさいのでその杖で殴り殺したという。


「何の用だ。昼飯を邪魔しに来たのか?」


 ハンバーガー・チェーン店の茶色い紙袋を抱え、短い杖はいつでも手に取れるよう椅子に立てかけてある。

 遅れて店に入ってきたセバスティアーノにジャンニは言った。


「この御仁は気は優しいが口下手でね。いらっしゃいませ、何なりとお申し付け下さいと言おうとして、こんな台詞になっちまうんだよ」


 狭い店内に客はいなかった。乾燥パスタやスナック菓子が棚にひしめき、床にはペットボトル入りの水が積まれている。奥にドアがひとつある。


「その昼めしなら、まずくてもおれの責任じゃないからな。顔を見にきたんだよ。〈ミニマーケット・ドナ〉といえばあんたの店だ」

 言いながら、監視カメラの画像をスマートフォンの画面に表示させた。

「この若者を知ってるな?」


 向けられた画面を、ユセフは見もしなかった。チーズバーガーにかぶりつき、顔をしかめて吐き出して包み紙ごとゴミ箱に投げ入れた。


「こいつは人間の食いもんじゃねえ」

「だろうな」


 ケイシーに刺青の画像を見せてくればよかった、とジャンニは思った。

 赤いレジスターを持ち去った強盗は、犯行の前に下見したはずだ。左手首にキャラクターの刺青のある客がビーフハンバーガーを買いにきたかどうか、病院にいるうちに思いついていれば聞けたのに。

 必ずパクると言った手前、〈フローレンス〉の件だけは逮捕にこぎつけたかったが。


「こいつが何なんだ?」

「あんたの手下かい?」

「甥だ」

「名前は?」

「ラヤン」

「話がしたい」


 ユセフは甥が何かやったのか、なぜ話す必要があるのか聞かなかった。代わりに別の名前を大声で呼んだ。


「メディ!」


 呼ばれた男が階段を降りてきた。身長2メートルはありそうだった。あちこちの筋肉が盛り上がり、うなじまで伸びた髪を無数の細い三つ編みにしている。着ているものは白いトレーナーにすり切れたジーンズ。


「お前の弟はどこにいる?」


 叔父に尋ねられ、男は2人の警察官をじろじろ見ながら答えた。


「出かけたよ」

「どこへ行ったか分かるかい?」


 ジャンニの問いには肩をすくめた。


「煙草を買いにじゃねえか」


 ジャンニはメディと呼ばれた男を観察した。サツがいると弟に知らせようとすると予測して。しかし、男は予想に反して電話を出すそぶりもしなかった。代わりに店の奥を見やった。その先にあるのは例の閉まったドアだ。


「そういうわけだ。残念だったな」

「せっかくきたんだし、戻ってくるまで待たせてもらおうかな」


 ジャンニは棚の間をぶらぶらし、殺虫剤の箱を手にとった。


「おっ、〈強力・即効性、嫌な害虫を防ぐ〉。職場の上司にも効くかな?」


 言いながら、奥のドアにさりげなく近づいていった。

 セバスティアーノが意図を察し、ユセフへの質問を引き継いだ。


「我々が来た目的はもうひとつあります。ファエンツァ通りで雑貨屋を経営するオスカー・ポッジをご存じですね」

「悪いが、そういう名前は知らない」

「彼に電話してるようですが」

「今思い出した。ああ、知ってるよ」

「ポッジ氏は昨日、病院に搬送されました。行き倒れていたらしいです」


 ユセフはてらてら光る杖のグリップを眺め、指で汚れをこすった。


「ほう」

「彼はスロットマシンに毎日千ユーロをつぎ込んでいた。店の売り上げだけではやっていけず、家賃と光熱費を滞納していた。あなたに金を借りにきたのでは?」

「おれは人に金を貸さない」

「電話した理由は?」

「元気かどうか聞きたくてね」

「名前も思い出せなかったのに? 多い日で20回電話してますが」

「そうだよ。友達を気遣うのがこの国じゃ犯罪にあたるのか?」


 ドアは木製で、古そうだった。蝶番が壊れていて完全に閉まらず、隙間ができている。ジャンニはその隙間に手をかけ、そっと引いた。

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