我が敵は、
黒沼 楽
第1話
ー2045.6.10/玄界灘・上陸用舟艇上ー
そこに乗っている全員が自分の心臓の音だけを聴いている。体勢を低くして、まるで亀のように、じっと動かないまま上陸の瞬間を待っている。
「マーク。なぁおい聞こえてるか?」
隣から声をかけてきたのは同期のアロンだ。
同じ九州ブロック福岡上陸作戦第一陣に配置された俺と同じ不運な奴だ。
「なんだマーク。すまんが今は話す気分じゃない。この瞬間にも俺は吐きそうなんだ」
「喋れてるじゃねぇか。マーク、日本人はほんとに火を吹いたりしてくんのかな?」
本当に考えたくない事を言いやがる。
「映像で見たろ、あれが日本人の超常的パワーの一つだ。他にも色んな能力者がいるらしいが考えたくもない」
「いや、考えなきゃ死んじまうぜ?いくら米中合同でこの世に敵なしでも相手はバケモンだ。何も考えなかったらいつのまにかお前の身体に穴が一個増えることになる。家族が待ってんだろ?なら生きなきゃじゃねぇか」
なにを正論言ってやがる、と思ったが故郷をそれに家族を思えば、やはり向き合わなければならない。人と呼んでいいのか分からないが日本人を殺すことだけ考えなければ。
…なにやら隣でニヤニヤしたアロンが俺を見ている。少し腹が立つ顔だ。
「なんだ」
「いや〜冷静さを欠いていたマークも面白いと思ったんだよ。FUBARな状況だが、こうして話すと、なんか戻ったみたいだろ?」
お調子者で人気者。アロンはいつも隊を和ませる。2人の話が聞こえて肩に入っていた力がスッと1人また1人と落ちていく。
上陸の時はもうすぐそこまで迫っている。何が起こるか分からない。弾の代わりに飛んでくるのは火の弾か氷の弾か、石かもしれない水かもしれない、何もかもを吹き飛ばす風が吹く事だってあるかもしれない、何も分からない恐怖は感覚の麻痺によって興奮剤へと変化していく。
ーー壮大な眺めだ。
周りの建物より一際高い石柱から海を眺める。
一体何隻何艘いるのだろう。
浜を目指して横に並ぶ上陸用舟艇を眺めて思う。
彼らは何も知らない。浜に降り立てばそこは地獄で君たちが今日人生を終える場所だということを。
何を思って頭を低くしてそこにいるのか。
誰か1人でも生きていたなら聞いてみたい。
君たちは何を撃ちに来たのか。
君たちは何を守るために来たのか。
世界を守るため?
家族を守るため?
それとも仕事で?
俺たちの家族を友人を国を奪いに来たのか?
今まで何人死んだだろう。
あの子はまだ6歳だった。
あの人たちは新婚だった。
あの人は孫を抱いていた。
あの人は妻を残して、あの人は。あの人は。
全て君たちの同胞が奪った。
君たちは何を奪われた?安全を?
思い当たるのはそんなところ。
まぁいい。君たちが何の大義を持ってやってきたとしても、何を俺らに語りかけても…
死人に口無し。
ー頭に直接伝令が届いた。
「まもなく浜に敵が着きます」
「あぁ…わかった」
重い腰を上げて、右手に持った信号弾をより強く握りその時を待つ。
ー上陸用舟艇上ー
遂に誰かが吐き出した。
ーあと30秒で上陸だ!
という震えながらの声にこちらもあてられ、緊張と恐怖で吐き出したのだろう。
無理もない。俺も手の震えが止まらない。
誰だってそうなんだ。艦砲射撃も何か見えない壁に全て弾かれていた。
そんな奴らに銃が効くのか?
自分の持っている人類史上最悪とも言っていい発明品を見ながらそんなことを思った。
いや効くはずだ、日本列島戦の日本側死者数は20万を超えている。銃は効く。大丈夫。
自分にそう言い聞かせて、何かに祈る。
ーあぁエマ
口が勝手に妻の名前を呼んでいた。
残してきた妻が気がかりだ。掃除だけが全然ダメで、その他は完璧なのに掃除となると余計散らかす。一体どうしたらそうなるのか。
俺の部屋、掃除して欲しくないな。
あの部屋には俺の好きなジグソーパズルが飾ってあるんだ。帰ったら1番に確認したい。
無事であってくれジグソーパズル。
……帰りたい。
ー第一陣浜に着きました。
脳内に直接響いたその言葉に返答する。
「合図が見えたらそこから離れろ」
ーはい。と重い返答が届く。
ー浜に降り立った。
砂浜を歩く感触は日本でも変わらない。
反撃が来ない。静かに我々を監視しているのか、それとも、もうここに日本兵はいないのか定かではない。
怖い。恐い。
全隊息を殺し、足音を殺し、浜を前進する。
明かりをつけず。前進する。砂の上を歩く音さえもうるさく感じる。自分の足音で敵に見つかるかもしれない恐怖で前に足が出ない。
出てくれない。
月夜。月明かりが浜を照らす。
…全隊が無事に浜へ着いた。
そう確認できたのは自分が浜に降り立って何分後のことだろう。20分ぐらいか。あるいはもっと短かかったか。
斜面になっている浜と芝の境目に伏せていた時間、おそらくここだけが時の流れから抜け出して、我々は切り取られた異空間に居た。
そして我々の時を動かし始めたものは赤く光る玉だった。
2人の男が伸びをしながら立ち上がる。浜を遮るものなく見下ろせる廃ビルの地上8階。月明かりが差し込む少し異質な空間。
「やっと合図が来たぜ、ライ、ジャミング」
少しだるそうに緋色の髪をたくし上げながら男は指示を出した。
「はいよー」
淡黄檗色の髪を後ろでまとめながらもう1人の少年は返事をする。
「てか範囲は?」
「あー…三笘と奈多…いやここら辺全部」
「はー?広すぎない?キツいんだけど」
「いいから、やんねぇと皆んな死ぬぞ〜」
ーはぁ〜みんな俺の使い方雑じゃない?なんて小言を言いながら淡黄檗色の髪をした少年は浜へ両手を向け目を閉じた。
「んじゃ俺行ってくっからよろしくな」
んー、と返事をした少年をちらと見て。
「また…城跡でな」
「うん」
振り向きはしないがその声音で伝わるものを受け取って男は部屋からでようとする。
「炎路!……生きて…帰ってきて」
「……たりめぇだ…雷桜…戦闘が始まったらお前はすぐ退避しろよな」
ーあぁ
そう返事を聞いて、男は薄く笑みを浮かべ行ってしまう。
「俺も、屋上へ行くか。さぁ仕事仕事、米中合同軍の皆様方、少し現代機器の類は捨て置いて、俺たちと遊んでみませんか?」
屋上で月明かりに照らされた人間を見る。
わらわらとゆっくり前進してくる人の波。
「うわぁなんだあれ、蟻かよ~気持ち悪~」
ーよしっと気持ちを切り替えて胸の前で手を合わせ集中する。
辺りが震える。体に纏った雷を掌へ集めて空へ掲げる。
「さぁさぁさぁ!大いに惑ってくれよ!侵略者共!」
放たれた白い球はゆらゆらしながら空高く、月に重なって弾け飛んだ。
ーおい!ドローンが堕ちたぞ!
新宮浜で中国軍が取り乱す。
偵察用のドローンが次々に動かなくなり混乱している。
やはり日本人はここにいる。我々を見ている。
ー無理だ、全く動かない。すべてだ。
何もかも止まった。
これは攻撃の予兆だ。奴らが来る。
まるで漫画やアニメのキャラクターのような技を使い、俺たちを殺しにくる。
来る。来ている。すぐそこに。
死ぬ。殺される。死が見える。
俺たちを迎えに来た死神は…
…炎を纏っていた。
三笘の浜には米国海兵隊がいた。
ーこちらC中隊。聞こえるか。
ダメだ。イカれてる。しかし寒いな。
日本の6月は寒くないと聞いていたのだが。
「隊長、ハンディもダメです」
ーそうか。と言ってまた斜面から顔を出してなにやら警戒している隊長。他の隊員たちは斜面にびったり張り付いている。
「ライトでモールス送ってみますか?隊長」
「いや、明かりで位置を捕捉されるかもしれない。それと、いま気温は何度だ」
「いまは…40.1℉!」
寒いはずだ。華氏40.1。摂氏5。日本の6月は夏に入る少し前。こんなに寒いわけがない。
「なにか攻撃の予兆かもしれん、警戒しろ」
くそ。日本人は見つけたら蜂の巣だ。
カービンで息がしやすいように穴空けてやる。
ガシャ…ガシャ…ガシャ…
足音がする。ゆっくりな足音だ。
全員気がついた。なんだこの音は。
金属音ではない。ただ聴き覚えがある。
アーマードバトルで聴いた音。
でも金属音じゃない。
ガシャ…ガシャ…ガシャ
止まった…
ゆっくり、ゆっくり。斜面から顔を出して、敵の姿を確認した。
凍りつく。それを見た俺たちの視線も、思考も何もかも凍りつかせた。その異様な姿で。
…そこにいた奴は氷の鎧を纏っていた。
・・・ーーー・・・
・・・ーーー・・・
・・・ーーー・・・
ー艦上ー
「艦長!艦長!SOSです!艦長!」
「あぁ見えている。」
無線も効かぬ状況でSOSを送る我が米国海兵隊をただ見ていることしかできない。
ー援軍を、と叫ぶ部下には悪いがこの艦はもう動かない。動力やその他諸々全てが機能を停止した。
「取り乱すな、お前も状況はわかっているだろ」
沖縄戦もキスカ島も少数だがフレンドリーファイアで何人も死んだ。それに艦砲射撃は意味がない。人は入れるのに砲弾は弾かれる。
意味がわからない状況で援軍を送っても被害が増すだけだ。
「撤退してもらうしかない」
ここから見える浜で今何が起こっているかぐらい見たらわかる。
少し向こうでは炎の竜巻が見え、目の前の浜では氷柱が至る所に立っている。
頭がキリキリする。無力さを痛感させられている。この馬鹿げた作戦をどうやって中止させるかの算段も思いつかない。
…クソックソッ…クソ野郎
新宮浜は地獄と化した。
奴には銃が効かない。火に弾を放っても突き抜けるように、奴に撃った弾は全て通り抜けた。喉が焼けつき呼吸ができなくなった。
朦朧とした意識の中で仲間が燃やされるのをただ見ていた。海に飛び込んでも消えない火なんて聞いたことがない。
巨大な火災旋風が次々に部隊を飲み込んでいく。歩く火炎放射器、まるでカトだ。炎を喰らい炎を吐く妖怪だ。
小さい頃聞かされた通り。あぁ…あぁ
熱い…苦しい熱い熱い熱い…寒い…寒い。
もう…何も見えない…
アイツに当たった弾は全て明後日の方向へ。
仲間は次々と氷柱に串刺しにされた。
アイツはただ歩いているだけなのに。
手榴弾を投げても氷の壁で防がれる。
奴には何が効くんだ。最初に戦車が氷漬けにされた。SOSを送っても応答なし。
俺はここで、ただ死を待つだけなのか…
違う。そうじゃない。
俺こそが、あの氷を砕く。人間代表。
ここで動かなければ世界恐怖に包まれる!
俺がやる、俺しかいない!顔を上げろ!
アイツの体に風穴を開けてやれ!
フー…フー……今だ!
……とても静かだ。俺は今なにを…
冷たいな…
ー終わったか
静かになった浜を見下ろしそう呟いた。
燃え立つ浜と閑静とした浜。
すべてが終わった事を確認し、伝令に呼びかける。
「道見、音羽に頼んで曲を流してくれ。あの艦にも聴こえるぐらいの音でな」
「分かりました」
ー米軍艦・艦上ー
見ていることしか出来なかった…
何もせず、ただ仲間の死を見ていた。
目の前で若者が死に、未来が閉ざされていくのが耐え難い。
復旧作業に忙しい艦内を出て浜を眺める。
凍りついた浜と燃え盛る浜。
ー地獄だ。そう呟いた。
「艦長」
近くを通りかかった水兵が立っていた。
「艦長、何か聴こえませんか?」
「なんだ…何が聴こえる」
「いえ…クラシックかオーケストラか私には違いが分からないのですが…なにか音楽が」
耳をすませると確かに何か聴こえる。
これは…モルダウ…だな。
「交響曲だ。スメタナのモルダウだ」
全六曲からなる、「わが祖国」の第二曲。
クソッ…
「祖国を思って作られたと言われている曲だ。勝ち誇っているな日本人め」
クソッ…
「では…浜に行ったアイツらは…」
「…」
水兵がボタボタと涙を流す。
「…艦長、アイツらは……アイヅらは…」
「こんな馬鹿げた作戦は辞めさせねばならない。日本と講和を結んで。今まで通りだ…その間に…その間に!」
何かが込み上げてくる。胸を何かが締めつける。鼻息が荒立ち、鳥肌がたった。脳天からつま先までビリビリッと何かが伝わり体中を怒りと憎悪が駆け抜ける。
「奴らを!完全に殺せる武器を!」
ー艦長が崩れ落ちる。年甲斐もなく泣き崩れる。何か言っているが聞き取れない。甲板を殴りつけ、血と涙を流して、何かに懺悔しているような…何かに祈っているような…
目の前がボヤけて見えずらい。手で拭っても溢れ出す。負けて悲しいのではない、何かが抜けたような感じだ…
「艦長…戻りましょう。もうすぐ復旧出来るかもしれないということですので…」
ーあぁ。と言いながら涙を拭って立ち上がる艦長はどこか、弱々しく見えた。
「道見、全員に繋げてくれ」
石柱が地面へ緩やかに沈む。
「繋ぎました」
「ありがとう」
いつもこうだ。戦いの後はどこか虚しい。
だが、やはり勝利は嬉しい。今回は被害ゼロだ。誰も死んでいない。
「みんなよくやってくれた。俺たちの勝利だ。炎路、碓氷、周防、雷桜。今回の功労者はお前たちだ。被害も死傷者もゼロ。感謝する。帰ったら宴だな」
「「「「よっしゃー!」」」」
「ほんと疲れたぜ今日はよ。敵さんバンバン撃ってくるからよ、炎化維持すんのキツかったぜまじで」
「炎路、お疲れ様。お前に浜は一つはキツかったかもな、今度から減らすか」
「馬鹿っキツかねぇよ!」
「ハハッそうか。怪我はないか?」
「ねぇよ。心配すんなっての」
「うん、他のみんなは?」
「「「よゆー!」」」
「よしよし、では帰還しよう」
「「「「おう!」」」」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます