フルスイング~いじめられていた俺は決意した~

上田一兆

第1話

「先生、吉野君たちにいじめられています」


「よく言ってくれたな。後は先生に任せなさい」


 平井正人が勇気を出して告白すると、先生は快く引き受けた。


 翌日放課後、平井はいじめてきた吉野、鈴木、菊池と共に職員室に集められた。


「吉野たちからも話を聞いた。暴力はあったみたいだ。お前たち平井に謝りなさい」


「「「ごめんなさい」」」


「よしこれで仲直りだな」


「え……」


 先生の屈託のない笑顔に、思わず言葉を失う。


「悪気があってやったわけじゃないんだ。遊んでいたつもりが、やり過ぎたみたいだ。反省しているし、許してやってくれないか」


 平井は先生が助けてくれないことを理解した。


「……はい」


 頷くしかなかった。


「よし! これからは仲良くするんだぞ!」


「はーい! 仲良くしまーす!」


 吉野たちは元気よく空返事をしながら職員室を出ていく。


「仲良くしようぜ」


 職員室を出た所で、平井は吉野にガッツリと肩を組まれた。

 意地悪そうに片方の口角だけが上がっている。


「……うん」


 頷くしかなかった。



 ◇



 顔面を殴られて尻もちを着く平井。


 吉野たちによって河原に連れて来られていた。


「いじめないんじゃなかったのかよ!?」


「いじめはしないよ。前回は遊んでいるつもりだったけど、いじめだと勘違いさせちゃったから謝った。反省して今回はきちんと遊びだと分からせてからやるよ」


「は?」


 吉野の意味の分からない回答に思わず声が漏れる。


「察しが悪いなあッ!! これからやるのは殴り合いごっこってことだよォッ!!」


 吉野は平井の胸元を掴んで怒鳴る。

 そしておもいっきり殴る。

 よろめいたところにさらにもう一発アッパーを食らわす。

 さらに鈴木が顎を蹴り上げ、菊池が倒れた平井の頭をサッカーボールのように蹴り飛ばす。

 倒れた平井は腫れ上がり血の流れる顔を抑えながら、踞る。


「おい、ウンコあるぞ」


「……それがどうしたんだよ」


「いや、食わせようぜ」


「……は?」


 吉野の頭のおかしい提案に呆然とする平井。

 鈴木、菊池も思わず黙り込む。

 しかし、


「「いいね! やろう! やろう!」」


 すぐに乗り気になって、平井の両腕を捕まえた。


「ハァッ!!? 頭おかしいんじゃねえのか!!?」


「そんな嫌がるなよ。今の大人が子供の時はウンコを食わせるのが当たり前だったらしいから、お前の母親も食べてるって!」


 吉野は平井の髪を掴んで、どんどん引っ張っていく。


「意味わかんねえ!! ふざけんな!! やめろよ!! やめろ!!」


 涙目になりながら必死に抵抗する平井。


 しかし抵抗虚しく、ウンコに顔面を叩きつけられた。


「うわっ! ウンコ跳ねた」


「汚ったねええ!! ウンコマンじゃん!!」


 鈴木の服にウンコが付いたのを見て笑う吉野。


「ヴウウウウウウッッ!!!」


 平井は吉野にウンコの付いた顔を押し付ける。


「うわっ! ウンコ付いた! ふざけんな!!」


 平井を地面に叩き落とす吉野。


「死ね!! ボケ!! カス!! 死ね!!!」


 瞳孔ガン開きで平井の腹を蹴りまくる。


「はあーまじテンション下がるわ」


 一通り蹴り終わった吉野は、咳き込んで腹を抱えている平井に見向きもせず、ブレザーを脱ぎだした。


「帰ろうぜ」


「そうだな、飽きたしな」


 何事もなかったかのように帰っていく吉野たち。


 ヨロヨロと立ち上がった平井は川に向かって駆ける。

 そして川に顔を突っ込んでワシャワシャと洗う。


「見ろよ! 泥水で顔洗ってるぜ!」


 吉野たちは高笑いしながら堤防を登っていく。

 平井は彼らの嘲笑を背に浴びながら無言で顔を洗う。


 やがて顔を水面から上げる。

 ポタポタと水滴が川に落ちる。

 爪が地面に食い込む。


「うっうっうっ…!!!」


 目からも水滴がとめどもなく落ちた。



 ◇



「起きないの? 遅刻するわよ」


「……行きたくない」


 平井は部屋の扉を開けることもなく、母親に答えた。


「……どうして? 何かあったの?」


「……」


「わかった。言いたくなったら言ってね」


 母親は深く追及することなく放っておいてくれた。


 7月8月とカレンダーは落ちていき、9月になった。


「正人、学校行ってみない?」


「……」


「フリースクールっていうのがあるの。行ってみない?」


「……」


「ご飯机の上にあるから、温めて食べてね」


「……」


 母親は毎日声を掛けてくれたが、平井は返事をしなかった。


 家の前を学生たちが登校していく。

 やがて人気がなくなり静かになると、平井はベットから起きて階段を下りる。

 そしてラップに包まれた朝食をレンジで温め、机に置き、テレビを点ける。


『――――――。――――――――――。――――』


 ボーッとテレビを見ながら黙々とご飯を食べる。


『次のニュースです。北海道○○市で中学生が自殺しました。いじめがあったとみられています』


 テレビからニュースが流れてくる。


『本当に許せないですね!』


『本当そうですよね! ……子どもたちに伝えたいんですけど、死ぬほど苦しいなら逃げてほしいです。逃げるのは恥ずかしいことじゃなプッ


 テレビを消した平井は立ち上がり、早足で階段を上ると、乱暴に部屋の扉を閉めた。


「ア゛ア゛ア゛アアッッ!!!」


 平井は布団をかぶって叫んだ。


「何で俺が逃げなきゃいけないんだッ!!! 悪いのはあいつらなのにッ!!! 死ねッ!! あいつらが死ねェッッ!!!」


 絶叫する。


「うっうっうっ」


 叫びは嗚咽に変わる。


(何で俺が逃げなきゃいけないんだ……。だいたい逃げてどうなるんだ? またいじめられるかもしれないじゃないか。一生逃げ続けないといけないじゃないか。そんなの嫌だ。絶対に嫌だ……!!)


 布団の中で涙を流す平井。


「……」


 嗚咽が止まり、部屋に静寂が訪れる。


(逃げるなんて嫌だ。絶対に嫌だ)


 布団の中で思う。


(絶対に嫌だ)


 平井は顔を上げ、暗い瞳で決意した。



 ◇



 11、12、1、2とカレンダーが落ちていき、3月になった。


「ご飯置いてあるからね」


 それだけ言って仕事に行く母親。

 扉を開けて母親が外出したのを確認した平井はまた部屋に戻る。

 そして制服に着替える。

 バッと羽織ったワイシャツの間から割れた腹筋が見える。


 制服に着替えた平井は小学生の時に使っていたバットケースを持つと、勢いよく部屋を出た。



 ◇



 生徒のいる昇降口や廊下を早足で通り過ぎ、ガヤガヤ談笑している教室の扉を勢いよく開ける。

 教室は静まり返り、吉野たちや他のクラスメイトが一斉に平井の方を見る。

 だが平井はそれに構わずに歩きだす。

 そしてケースからバットを取り出し、座っている吉野の目の前に立った。


「何でバット!?」


「何かヤバそうじゃない!?」


 クラスメイトが何か言っているが関係ない。


「何だよ、何しにきたんだよ」


「……」


 汗を垂らしながら聞いてくる吉野の問いに答えない。


「何か言えよ。仕返しにきたのか?」


「……」


 スッとバットを構える。


「やれるもんならやってみろよ!!!」


 叫ぶ吉野。


 その顔面にフルスイング!!


 バアアンッ!!!!


 血を散らしながら倒れる吉野。

 悲鳴を上げるクラスメイト。


「何してんだお前!! 頭おかしいんじゃねえのか!!?」


 バアアンッ!!


 鈴木の顔面にもバットを叩きつける。


 我先にと教室から逃げ出すクラスメイト。

 同じように逃げ出す菊池の背中をバットで殴る。


「ウッ」


 うめき声を上げて倒れ込む菊池。

 それを見下ろしながらバットを振り上げた平井は、ガッガッガッと倒れている頭に振り下ろす。


 ふぅ。


 一息つく。

 辺りを見回す。

 教室には誰もおらず、すっかり静かになっていた。


 カランカラン。


 床に落ちたバットの音が響く。


「シャアアアッッ!!!!!!」


 平井は拳を握り締め、勝利の雄叫びを上げた。

 達成感と充実感が体に満ちていた。


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