SE0

エリー.ファー

SE0

 撮影の合間に、炭酸水を飲んだ。喉をざわつかせると、昔と未来の間に時間があることを想いだせる。私はここにいて、苦しんでいる。自傷癖とも言える。誰でもやっているようなことを、特別だと思いたがり、言いたがる時間がある。

 ノックもなく扉が開く。

「間もなく、撮影再開しますが大丈夫ですか」

 私は視線を下げて、目を瞑った。

「少し待ってください」

 相手は四秒ほど沈黙した。

 扉が静かに閉まる。

 部屋には私一人きり。

 寂しくないのは、予定があるためだろう。

 暇になったら、自分の首を噛み千切りたくなってしまう。誰にも見せられない自分を、誰にも見られない所で飼いならそうとしている。首輪を買い忘れたまま、年月は流れ、気が付けば大人になってしまった。

 精神を集中させる。

 そう。そうだ。ここが正念場なのだ。

 間違えてはいけない。

 ここから、未来に向かって踏み出すのだ。

 文化から、時代から、他の芸術家たちから振り落とされたくない。

 これまでと同じように、この瞬間も、これからもデザインをしていくのだ。その予定は絶対に崩さない。

 一つ一つを丁寧に作り上げていくのではない。雑にやっても、集中しなくても、手を抜いても、客が感動するような技術と圧と才能で勝負する。勝つだけでは意味がない。勝ち方で、次の勝負までの道のりを生み出す。

 戦っていない時間などない。休んでいる暇などない。オンもオフも存在しない。

 命が尽きかけても、尽きても、燃えている。燃料などなくても稼働する。

 この時間だって、雰囲気作りなのだ。私にとって必要なものではあるが、私以外を待たせるためにも必要なのだ。

 走っていかない。歩いていく。

 険しい表情でいかない。微笑んでいく。

 努力家の顔をしない。天才でいく。

 扉一つだってそうだ。開かない。開かせる。

 皆、そうやってここに来たのだ。

 仮にばれていたとしても、それもまた一つの在り方ではないか。

 モデルとして、グラビアアイドルとして、女優として。

 積めるだけ積んだキャリアの上に立ち、見下ろせるだけ見下ろして首を傾げながら影を作る。

 威圧的でなければならない。

 この業界に居続けることが、私の命なのだ。心臓を止めないよう、慎重かつ大胆に進む。

「あの、よろしいでしょうか。そろそろ」

 扉が少しだけ開く。

 私は見ないように我慢する。

 まだ、早いのだ。

 どうする。間のためにも、無視をするのが正解なような気がする。けれど、愛想をつかれてしまったら、それで終わりの職業でもある。

 失礼にならないくらいの、ほんの少し。数秒、いや、刹那。

 振り向く素振りで時間を稼ぐ。

「あの、皆さんもお待ちですので」

 私は静かに振り向いた。

 表情には、微笑みを装着。

 完璧だ。

「えぇ、もう行くから。扉を開けておいて」

「あ、そうですか。ありがとうございます。では、スタジオまで案内しますので」

「ううん、大丈夫。一人で行くから」

「あ、その、申し訳ないのですが。その、ディレクターに言われていまして」

「じゃあ、そのディレクターさんに言っておいて。大丈夫だって」

「わ、分かりました。では、失礼します」

 扉が大きく開かれたのだろう。軋んだ音を立てた。

 足音が聞こえる。遠ざかっているのか近づいてくるのか、もう分からない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

SE0 エリー.ファー @eri-far-

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ