第4話 桃清妃との顔合わせ

淋珂は彼女の美しさに震えた。


優しさ、美しさが彼女からは溢れている。


そして弱さ、というものも。


仕事柄、今まで幾人もの貴族の女を殺めた。


以来の理由は様々ではあったものの、ほとんどの理由は色に関わるもの。


今までにも多くの美しい女性を見たのだ。


その淋珂ですらも黙らせる、そこまでの美貌を桃清は持っていた。


後宮にはこのような女しかいないのか、淋珂は戦慄した。




「桃清、お前に一つ告げたいものがあるのだが、いいか?」


「ええ、何でもお話しください。」


「とりあえず女官どもを外に出してくれ。」


「はい。」




桃清が一手を振ると、それに従い屋敷内の女官がすべて外に出た。


桃清の一つ一つの動作に優しさを纏った気品のようなものを見た。


とうとう屋敷には桃清妃と劉、そして淋珂と泉喬だけになった。




「桃清、壬莉みりはどうした?」


「彼女は少しお使いに出しています。以前、梨澄様から桃をいただいたのです。なのでそのお礼に枇杷を。」


「そうだったのか。」


「はい。」




梨澄、その名前を聞いた時劉の様子が一瞬変わったことに淋珂は気付いた。


劉の手にグッと力が入り、顔にも心配の色が灯る。




「泉喬、壬莉って?」




淋珂がコッソリと聞くと、泉喬もそれに答えた。




「桃清妃の侍女、私みたいな存在です。」


「そうか・・・、そうなのね。」




淋珂は改めて劉を見る。


劉は、桃清と話しているときとても嬉しそうな顔をしている。


劉は本当に桃清のことを気にかけているらしい。




「劉様、ところでその方は?」




思わぬところでいきなり桃清に話を振られ、淋珂は驚いた。


そして、劉が気が付いたかのように淋珂の紹介を始めた。




「彼女は淋珂、新しく後宮に迎え入れようと思っている。第四妃、となるのか。お前を守るために迎え入れたのだ。どうぞ仲良くしてやってくれ。」


「そうだったのですか。どうぞ、よろしくね。」




驚いて何も言えなくなる淋珂。


一体何とかいせばいいのかが分からないため、無意識に泉喬の手を握る。


そんな淋珂を見かねて泉喬は話し始めた。




「お話し中のところ失礼します。わたくしは淋珂様に仕える泉喬と申します。まだ淋珂様は後宮入りして短く緊張していらっしゃいます。淋珂様に代わって、よろしくお願い申し上げます。」


「あら、そこまで硬くならなくてもいいのに。ふふっ、よろしくね、淋珂さん、泉喬。」




桃清は優しく淋珂達に手を振ると、劉に視線を戻す。


そして雑談を始めた。




「淋珂様、帰りましょう。」


「ええ、そうね。」




淋珂達は劉と桃清に礼をすると、そっと踵を返した。


淋珂は梅花宮に戻った途端に姿勢を崩した。


今までしたことのない緊張の仕方をしたせいで余計に疲れてしまったのだ。


泉喬も胸に手を当て深く息をしていた。




「アレで、よかったのか?」


「言葉・・・。まぁいいです。よかったとは思いましたよ。それにしても淋珂様でもあそこまで緊張するのですね。」


「なんか、あの人の前に出た途端に頭が真っ白になってな。今までになかった感覚だった。」


「へぇ、やっぱり桃清様はすごいですね。国王様に会っても丁寧語に直さないあなたをそこまで緊張させるなんて。」




泉喬は皮肉が混じったような言い方をすると、「少し失礼します。」と屋敷を出て行ってしまった。


一人になった淋珂は先程のことを思い出す。


桃清妃の容姿、声、立ち振る舞い。


すべてが奇麗で優しさに包まれているような、そんなふわふわとした感じがする。


そして自分がこれから入らなければならない後宮での妃のあるべき姿、それを見せられた気がする。




「私は、少しでもアレに近づかないといけないのか・・・。」




果たして自分にできるのか、淋珂は少し後悔のようなものを覚えた。


自分が緑凱暗殺を命ぜられ、緑劉に捕まり後宮入りが決まった。


その時は後宮がここまで特異な場所だとは思っていなかった。


自分に課せられた緑凱の暗殺と桃清妃の護衛という二つの任務が、今の自分には相当重く思えた。




「淋珂、そんな深刻そうな顔をしてどうしたんだ?」




いつの間にか梅花宮に戻ってきていたらしい劉が、淋珂の前に座った。




「もしかして、今更天羅宮に忍び込んだことを後悔しているのか?」


「そんなことは無い。」


「桃清相手にあそこまでお前が緊張するのだな。」


「なんか、あの人は私とは真逆の人に思えた。あそこまで純粋な明るい雰囲気の人間は、見たことがない。」


「当たり前だろ、俺は彼女のそこに惚れたのだから。俺は幼いころから人間の穢れ、欲や妬みをずっと見てきたのだ。だからこそ、純粋、そんな存在がまぶしくて仕方がない。」




淋珂は劉が目を閉じて、何かを思い出しながら話しているように見えた。


劉の声色は、なぜか嬉し気で、劉の桃清に抱いている感情が淋珂には伝わってきた。


おそらく今の自分には理解の出来ない感情。


それだけは、理解できた。




「純粋さ、か。」


「純粋という意味では、お前もそうではあるぞ。」


「私が純粋?馬鹿を言うな。私は今まで命令に沿って幾人もの人間を殺した。見たことも話したこともない人間を、私自身何の理由もなく殺したんだ。」


「そうだな、でもそれは命令によって、だろう?お前自身に欲があったわけでも、私的な恨みがあったわけでも、無い。まぁ感情がなかったってのはやりすぎではあるが、心自体は穢れていない。」




(手)は穢れていても、心は穢れていない。


そんな事、今まで考えたこともなかった。




「とはいえ、優しさよりも頭の悪さが前面に出ているし、何より女らしくない。ソコが桃清とお前の違いの一つだと思うがな。」


「私の頭が悪い?馬鹿なことを言うな!」




胸がむかむかとする。


この王にそんなことを言われる筋合いはない。


私はあくまで(無知)であって(馬鹿)ではない。


大体戦闘中に求婚をしてくる劉のほうが馬鹿だろう、そう淋珂は心の中で激昂した。




「大体お前は私に何も教えてはいないでしょう?それなのに私に馬鹿というの?」


「行動からして、そして呑み込みの悪さからして馬鹿だろう。」




淋珂は莉々に手をかけた。


心のよりどころとなる莉々は、何の衣装に着替えても手放さない。


そして暗殺の期を逃さぬためにも淋珂は莉々を離さずにいた。




「そういうところもだ。口で勝てなくなったらすぐに実力行使。おまけに俺と淋珂、お前とではお前が負けるぞ?確実に。」




まさに一触即発、そんな空気感の中勢いよく扉が開けられた。




「桃清様から淋珂様へのお手紙です。」




今まで見たことのない女官が封筒をもって屋敷に入ってきた。


劉がそれを見て不審そうな顔をすると、その女官を手で制した。




「壬莉、桃清が淋珂に手紙をやったのか?」


「はい。桃清様が淋珂様にお手紙を書きました。淋珂様が一人で読むように、とのことですのでよろしくお願いします。」




壬莉、桃清妃付きの侍女。


淋珂は壬莉の言ったことに疑問を抱いた。


どうして自分が一人で読む必要があるのか。


ただでさえ普通の文字を読むのが精いっぱいの淋珂には、その手紙自体が試練に思えた。




「淋珂、お前読めるか?」


「出来るだけ、頑張ってみます。」


「そう、か。」




面白くなさそうに返すと、壬莉の肩をたたいて出て行ってしまった。


それと同時に壬莉がこちらに近づいてくる。




「淋珂様、あなたは桃清様を守るために後宮入りをされたとか。いくら王様があなたを信用しようと、私は貴女を信用しません。それでは。」


「あ、あぁ・・・。分かりました。」




私の返事も待たずにさっさと撤収する壬莉。


それと同時に泉喬が帰ってきた。




「淋珂様、壬莉に何か言われたんですか?お口が開いています。」


「突然、初めて会った人間にお前を信用しない、と宣言されてこうならないやつがいるか?」


「あぁ、そういう事ですか。」




泉喬は納得がいった、というような様子だ。


そんな泉喬を横目に淋珂は口をあんぐりと開けていることしかできなかった。


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