112 2月16日(木) 女子の香り

 高校のとき、満員電車で通学していた。といっても、電車の駅はたった3つだけだから、たいした通学時間ではない。


 電車の中は通勤通学客で一杯で、特に同じ路線にある女子高の女の子たちが多かった。ぎゅうぎゅう詰めの車内では、そういった女の子たちと身体がくっついた状態になる。女子高の女の子の胸が僕の胸にギュウウウと押し付けられたり、女の子の手が僕のお尻をつかんだり、逆に僕の手が女の子のお尻に掛かったり・・・そんな状態になっても、ぎゅうぎゅう詰めなので、お互い身動きが全くできないのだ。男性の読者の方は「あっ、いいなあ」って思われるだろうが(笑)、僕はとてもそんなことを考えている余裕はなかった。


 だけど、一つだけよかったことがある。それは、香りだ。そうやって、女子高の女の子たちと身体がくっついていると、若い女の子の香りが感じられた。それは、なんと表現したらいいか・・甘いフルーツのような・・若々しい夏の香り、あるいは若鮎の香りといえばいいか・・なんとなく陶然とするような甘い香りが、僕にくっついた女の子の身体からほんわかと立ち上ってくるのだ。


 僕はこういう香りは女性特有のものだと思っていた。だから、僕はこれを『女子の香り』と名付けて、一人、満員電車の中で楽しんでいたのだ。


 だけど、その後、ある女性作家が雑誌に「男性はよく『女性のいい香りがする』と言うが、そんな香りは存在しないのだ。あれは、男性が作り上げた幻想なのだ」ということを書いていた。


 それで、僕は「そうだったのか。僕が満員電車でかいだ香りは、僕の想像の産物だったのか」と思っていた。なんだか釈然としなかったが・・・女性がそう言うのだから、そうなんだろうと思ったのだ。


 で、先日、僕が神と仰ぐインターネット様をいじっていて・・見つけたのだ。


 そこには、若い女性の身体からは、本当にこういった甘い香りが出てくることが書いてあった。


 ある製薬会社の研究で、10〜20代の女性の身体からは『ラクトンC10/ラクトンC11』という体臭成分がでていることが分かったそうだ。この『ラクトンC10/ラクトンC11』は「甘くいい香り」で、これをかいだ人は、その女性を「若々しく女性的で魅力的」と感じるらしい。ただ、残念なことに、女性の30代以降には『ラクトンC10/ラクトンC11』は減少していって、体臭が変わっていくらしい。


 僕は納得した。なあんだ、やっぱり『女子の香り』ってあったんですね。。


 『女子の香り』っていうと、あることを思い出す。


 僕が高3のときだ。4月から、かわいい女の子が僕のクラスに転校してきた。彼女はすぐにクラスの女子たちと馴染んで、新しい学校を楽しんでいるようだった。僕は、「あの子かわいいなあ」と思いながら・・話をすることはできないままだった。


 5月のさわやかな日だった。授業が終わると、その子が、なんと僕の席にやってきたのだ。そして、今まで話したことがない僕に言ったのだ。


 「ナガシマ君。この数学の問題、教えて」


 僕の胸がキュンとなった。僕は誰もいなくなった教室で、彼女と二人だけで向き合って・・彼女が差し出した数学の問題集の問題に取り組んだのだ。


 数学は好きだし、得意な科目だったが・・僕はすっかり上がってしまった。まるで、問題が頭に入ってこないのだ。


 いけない。スッキリと問題を解いて・・・彼女にいいところを見せないと・・・


 そう思うと、ますますあせって、上がってしまった。


 そうして、僕は、彼女の眼の前で、シャーペンを持ったまま、固まってしまったのだ。


 彼女はそんな僕を微笑みながら、黙って見つめていた。


 彼女に見つめられると、僕の顔が赤くなった。もう、数学の問題どころではなくなった・・


 どうしたらいいんだろう・・・


 そんなとき、窓から5月の暖かい風が教室の中に入ってきて・・彼女の長い髪が僕の顔にフワリと掛かったのだ。そのとき、いつも通学の満員電車でかいでいる、あの『女子の香り』がした。


 ・・・そんな思い出だ。


 実はこのとき、数学の問題が解けたのか・・今では、まるで覚えていないのだ。覚えているのは、彼女から立ち上った『女子の香り』だけなのだ。


 きっと、こうして、『女子の香り』は甘い香りだけでなく、甘い思い出も運んでくるのですね。


 皆様も『女子の香り』の想い出はありませんか?

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