98 1月12日(木) ご当地自慢が花盛り

 コロナの規制がなくなって、今年は各地で観光客が急増すると期待されている。テレビのニュースはそんな旅行の話題で持ちきりだ。


 僕はそんなテレビの旅行のニュースを見ながら・・・旅行というと、どうしても、訪問先の土地の人のご当地自慢を、頭に思い浮かべるのだ。


 どこかに旅行に行ったら、その土地の人からご当地自慢を聞かされたことって、誰にも経験があると思う。


 僕もエンジニアという仕事柄、コロナの前はよく出張に出ていた。実はそんな初めて訪問する街で、決まって聞かされるご当地自慢があるのだ。


 それは「この町は人口に対比して飲み屋の数が日本一多い」という自慢だ。僕はもう20近い市や町でその自慢を聞かされた。つまり、その20近い市や町のどれもが「うちこそ飲み屋の数が日本一」だと言っているわけだ。


 自慢するのは土地の人で、とりわけタクシーの運転手さんが多い。


 例えば、こんな感じなのだ。


〔運転手さん〕(タクシーを運転しながら)お客さん、〇〇市は初めて?


〔ボク〕ええ、初めてです。


〔運転手さん〕ここはねえ、人口に対比した飲み屋の数が日本一多い市なんだよ。


 僕は「またか」と思うのだが、そんなことを言うと、せっかくの会話に水を差してしまう。だから、いつも大げさに驚いて見せるのだ。


〔ボク〕えっ、そうなんですか? それは、すごいですねえ!


 すると、運転手さんはとたんに機嫌がよくなるのだ。


〔運転手さん〕そうなんだよ。飲み屋が多い市なんて自慢にならないんだけどね。アハハハハ・・。ここ〇〇市には他にもいいところがたくさんあってね。例えば、△△公園なんか、この前、テレビで紹介されてね・・


 と、こんな具合なのだ。


 だが、僕はいつも思うのだ。どうして、人口対比で飲み屋の数が多いと自慢になるのだろうと・・


 調べてみたのだが、これがどうもよく分からないのだ。飲み屋が多いと、その市や町に豪快な雰囲気があるように思えるからだろうか。


 いろんなところへ行くと、とにかく、いろんなご当地自慢に遭遇する。僕が最も驚いたのは『何もないこと』の自慢だ。


 以前、仕事ではないのだが、野暮用があって、妻と関東のある市へ行ったことがある。仮に、そこをA市とするよ。用事が済んで、畑の中にある豪華ホテルにチェックインした。何もそんな豪華ホテルに泊まる必要はないのだが、そこしかホテルがなかったのだから、仕方がないのだ。


 僕も妻もA市は初めてだった。せっかく来たんだから、夕食はホテルのレストランではなくて、地元のお店で何かおいしいものを食べようと思った。ホテルのレストランは地元の料理ではなく、ステーキがメインの店だったのだ。それで、ホテルを出て周囲を歩いたのだが・・まるで、何もないのだ。


 大きな国道が畑の中をまっすぐに貫いていて、そこを多くの車がものすごいスピードで走っている。国道の周りは畑だが、ぽつりぽつりと人家があるだけなのだ。レストランや食堂なんかはまるで見当たらない。コンビニもない。国道の横は歩道なのだが、歩道を歩いている人もいない。まあ、ずっと歩いて行けば、いずれコンビニぐらいは現れるのだろうが、道を見渡す限り、レストランどころか店舗というものが見当たらないのだ。


 僕と妻はそんな道をしばらく歩いたのだが、やがて、あきらめて、ホテルに戻った。仕方がないので、ホテルのレストランで食事をとろうと思ったのだ。


 ホテルのレストランはガラガラで、お客は僕たちだけだった。僕たちは窓際の席に座った。窓の外は、もうすっかり夜になっていた。僕たちは窓から外の景色を眺めた。


 窓の外には、真っ暗な畠の中を、さっき僕たちが歩いた大きな国道が一本だけ通っていて、そこを走る車の列で、その国道だけがきらびやかに光っていた。その国道以外は真っ暗な闇が広がっていて、その闇の中にポツリポツリと人家の灯りが散見されるだけだ。


 妻がぽつりと言った。


 「何もないところねえ」


 僕もまったく同感だった。思わず、本音が口をついて出た。


 「ホントに寂しいところだなあ。悪いけど、ここには、住めないなあ」


 こうして、僕たちが窓の外を見ながら食事をしていると、レストランのマネージャーという人が出てきて、食事をしている僕たちに話しかけてきた。僕たちの他にはお客がいないので、レストランの方も暇だったのだろう。


 マネージャーの話は、いきなりご当地自慢から始まった。


 「どうです? ここは、いいところでしょう」


 僕は申し訳ないが、「えっ、こんな寂しいところなのに」と思ってしまった。だが、そう言うと、話の腰を折ってしまう。


 僕はあいまいにうなずいた。


 「ええ、そうですね・・」


 すると、マネージャーは、窓の外を指さして、立て板に水というように話し出した。


 「どうです。この広々とした景色は・・こんな景色は、ここA市だけですよ。こんなに広々した景色を見ると気持ちも大きくなるでしょう。・・実は、自分は先日、京都に旅行に行ったんですけどね。京都のあの『せせこましさ』には嫌になりましたよ。とても、自分はあんな『ごみごみした』、『せこせこした』ところには住めないと思いました。それに京都って、どこからでも山が見えるじゃないですか。自分は京都にいると、山に囲まれて、息が詰まる思いをしましたよ。どうして、みんな、京都なんかに旅行に行くんですかねえ? 京都なんて、自分は何がいいのか、まるで分かりませんでした。・・その点、こちらは・・見てください。地平の果てまで平地が続いて、山なんか一つもないでしょう。京都のあの『せこせこ』したところなんか、一つもありませんよ・・・これが、A市の素晴らしいところなんです」


 マネージャーは会話の中で自分のことを、『私』ではなく『自分』と言うのが癖のようだった。


 僕はマネージャーの話を聞きながら、笑ってしまった。京都は僕の大好きな都市の一つなのだが・・マネージャーに言わせると、せっかくの国際観光都市『京都』も、『せせこましい』、『ごみごみした』、『せこせこした』、『山が迫って息が詰まる』・・と悪口のオンパレードだ。なるほど、そういう取り方もあるのか? それに、ここA市の『何もない』ところも、住んでる人にとっては大きな自慢になるのか?


 『何もない』ところが自慢になるって、初めて知った次第だ。いろんなご当地自慢があるんだねえ・・


 で、こんなたわいないお話ができたことが、今日のよかったことだよ。


 さて、皆様のお住まいのところはどうかな?


 皆様のところでは、どんなご当地自慢をしていますか?

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