86 12月16日(金) アホバカ夫婦、回転寿司へ行く

 先週、妻と久々に回転寿司に行った。


 回転寿司は好きなのでもっと頻繁に行きたいのだが、自宅の近くに今まで回転寿司がなかったのだ。電車で20分ほど行ったらあるのだが・・わざわざ電車に乗ってまでして、食べに行く気にはならなかったというわけだ。


 数年前、家から30分ほど歩いたところに、ようやくある大手回転寿司チェーンの支店ができた。だが、コロナで行かなかいうちに・・その店のことをすっかり忘れてしまった。そうして、先週、その店を思い出して、ようやく妻と二人で出かけたという次第だ。


 僕と妻が直近に回転寿司に行ったのは、僕も妻もそれぞれ、なんともう20年以上前なのだ。だから、さっき『妻と久々に回転寿司に行った』と書いたのは、『超超超久々に』ということになる。


 その20年以上前だが・・当時、僕はある地方都市に単身赴任していた。下宿のすぐ近くに回転寿司店があった。だから、その都市に妻が遊びに来ると、よく二人でその店に食べに行ったのだ。


 当時のその店の回転寿司は、好きな座席に勝手に座って待っていると、座席の横にあるベルトコンベアの上をお寿司が乗ったお皿が勝手に流れてきて、お客は座席でそのお皿を勝手に取って食べるだけという・・・全面的に『勝手に』スタイルの実にシンプルなシステムだった。座席が指定されているわけでもなく、回転するお皿にカバーがついているわけでもなく、何かを特別注文できるわけでもなかった。


 そして、それから、僕も妻も20年以上回転寿司に行きたかったけれど、行く機会がなかったというわけだ。


 さて、先週の話だ。


 僕と妻は20年ぶりの回転寿司に心躍らせて、お店の扉を開けたのだ。


 店に入るとすぐに、僕は店のお姉さんに「二人です」と告げた。当然、店のお姉さんが「では、こちらへ」と席に案内してくれるものと思ったのだ。だが、店のお姉さんは僕たちを無視するのだ。何も言わずに僕たちを一瞥すると、黙って向こうに行ってしまった。僕は驚いた。


 えっ、無視するのか! なんて失礼な店なんだ!


 そう思った僕のソデを妻が引っ張った。


 「あなた、これでするんじゃないの?」


 「えっ」


 妻が指差す方向を見ると、小さな機械があった。タッチパネルがついていて『受付機』という表示があった。


 受付機? 受付機って何だ? こんなのは初めて見た。


 タッチパネルを操作すると、総人数、大人の数、子どもの数・・などを入力するようになっている。最後に『決定』というのをタッチすると、パネルの下からスーパーのレシートのようなものが出てきた。『3』とだけ書いてある。レシート? 何だかよく分からない・・


 僕はそのレシートを持って、座る座席を探した。お昼過ぎの店内はガラガラで、好きな座席に自由に座れる状態だった。窓際の席にしようか、いや、あっちの奥の席もいいな・・・通路を歩きながら席を物色する僕に・・・妻の声が飛んだ。


 「あなた、違うのよ。3番の席はこっちなのよ」


 妻が指さす方を見ると、またパネル板があって、『3』という数字と矢印が表示してあった。妻が矢印の方に歩いて行くので、僕も妻の後ろをついて行った。


 すると、『3』と書かれた席があった。『1』と『2』の席には先客がいた。


 そうか・・さっきのレシートの『3』という数字は、3番の席に座れということだったのか・・


 3番の席に座って横を見ると、コンベアがあって、その上を透明カバーがついた半球状のプラスチック製容器が次々と流れていた。容器の中にはお寿司を乗せたお皿が入っている。しかし、中には容器のカバーが開いていて、お皿がないものもあった。


 妻が言った。


 「この中が空なのは、誰かが食べた跡なのね?」


 僕が答える。


 「きっと、そうなのじゃ」


 皆様、夫婦の無知な会話を笑うなかれ。。。田舎者のアホバカ夫婦の回転寿司に対する認識と理解はこんなものなのだ。


 さあ、やっとお寿司が食べられるぞ・・


 そう思った僕は妻に言った。


 「さあ、食べるのじゃ」


 しかし、妻はコンベアには手を出さず、黙って僕を見ている。きっと、やり方が分からないのだ。何も知らない妻に教えてやらないと・・


 僕は妻に言った。


 「君。やり方は・・こうするのじゃ」


 そして、僕は手本を見せようとした。横を流れている容器のカバーを開けようとしたのだが・・・開かないのだ。


 あれっ?


 何度やってもカバーが開かない。僕は妻に言った。


 「おかしいなぁ。君、やってみて」


 妻もやってみたが、同じだった。僕たちは顔を見合わせて・・しばらく茫然としていた。


 僕が妻に言った。


 「君。このまま、じっとしてても・・永遠に何も食べられないよ」


 妻が答える。


 「そんなこと、分かってるわよ」


 アホバカ夫婦の会話だ。。。


 妻がベルトコンベアの上を見た。そこにもタッチパネルがある。そこは何か説明が書いてあった。


 「あなた、ここに説明があるんじゃないの?」


 ああ、ここに容器のカバーの開け方が書いてあるのか。どれどれ・・


 僕の手がタッチパネルに触れた。すると、説明が消えて・・お寿司の商品写真ばかりになった。


 あれっ、おかしいなぁ・・


 僕はパネルをさっきの説明の画面に戻そうとしたのだが・・どうやっても元に戻らないのだ。


 「うわっ、しまった。説明を消してしまった」


 そんな僕を妻があきれて見ている。


 すると、タッチパネルの横にボタンがあるのが、僕の眼に入った。『どうしても分からないときは、このボタンを押して従業員を呼んでください』と書かれている。やはり、僕たちのような人がいるのだ。


 もう仕方がない・・


 僕はそのボタンを押した。すると、ファンファーレのようなド派手な音楽が店内に大きく高らかに鳴り響いたのだ。


 僕はぶったまげた。


 何とかして音楽を止めようとしたのだが・・止めるスイッチやボタンが見当たらないのだ。ド派手音楽はやかましく鳴り響いている・・・


 うわ~、恥ずかしい・・まるで、『なにも分からない田舎者がここにいますよ』って店内に宣言されているようだ。それは、その通りなんだけど・・でも、やっぱり恥ずかしい。僕の顔が真っ赤になった。


 すると、女性の店員さんが、僕たちの3番の席にやってきた。お姉さんがタッチパネルの横の辺りを何かすると・・やっと、ド派手音楽が鳴りやんだのだ。


 僕はフーと息を吐いた。助かった・・


 お姉さんに事情を言うと、口頭でこうやりなさいと言ってくれた。だが、どうも、よく分からない・・


 僕の理解できていない顔を見ると・・お姉さんは「こりゃダメだ」という顔をして、店の奥から何か持ってきた。丸いものだ。なんだか、頭蓋骨を持ってきたような・・よく見ると、頭蓋骨ではなくて・・横を流れている容器の模型だった。


 模型といっても、容器のカバーの中にはちゃんとお寿司とお皿の模型が入っている。つまり、お皿を取るための練習用の模型なのだ。


 こんな練習用の模型があるのか! 


 お姉さんがその模型で実演してくれた。どうやら、お皿でカバーを押し上げるのがコツらしい。僕と妻は、その模型でカバーの開け方を何回も練習させてもらった。しかし、回転寿司のお店で、お寿司のお皿を取る練習をするとは夢にも思わなかったよ。。。


 だけど、練習の効果は絶大で・・すぐに僕と妻は難なくお皿を取れるようになった。


 こうして、僕と妻はやっとお寿司を食べることができたのだ。


 さて、座席の横のベルトコンベアは二段になっていて、僕たちが下の段のお寿司を食べていると・・ときどき、上の段をお寿司を乗せたお皿が特急列車のように通過していくのだ。


 妻が僕に言った。


 「これは、きっと特別注文したお寿司なのね?」


 「たぶん、そうじゃ・・君、これで何か特別注文のお寿司を頼んでみる?」


 妻は首を振った。もうコリゴリという顔だ。そうだろうなぁ・・僕も同感だ。きっと、また、やり方が分からなくなるんだ。これ以上、事態を深刻にするのは避けよう・・


 こうして、やっと、アホバカ夫婦はお寿司を食べ終わったのだ。お寿司は充分においしかった。


 僕が妻に言った。


 「では、行きまするか? あとは、そこの喫茶店でヒーコーを飲もう」


 ヒーコーとは、コーヒーのことだ。僕たちはよく逆にして言うのだ。


 立ち上がった妻がテーブルの上を見ながら首をひねる。


 「あなた、さっきの3番のレシートは?」


 「ああ、あれ。捨てたよ・・」


 妻が眼を丸くする。


 「ええっ、あなた、バカねえ。あのレシートで支払いをするのよ」


 えっ、そうだったの! 


 最近の回転寿司って、田舎者のアホバカ夫婦には難しいねえ。。。


 それで、今日のよかったことは、こういった最新の回転寿司店の情報を皆様にお伝えできること。


 えっ、そんなの、もう知ってるって・・

 そんなの知らないのは、お前たち、アホバカ夫婦だけだって・・


 そ、そうでしたか! し、失礼しました!


 ぎゃび~ん。。。

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