27 5月15日(日) 自転車が倒れた
電車で出かける用事があって、最寄りの駅に行った。
僕の家から駅までの間にスーパーがあって、その駐車場を横切ると駅までの近道になる。それで、僕はスーパーの駐車場を歩いていたのだ。
後ろで音がするので振り向くと、知らないおばさんが自転車に乗ってやってくるところだった。スーパーで買い物をしに来たのだろう。僕が歩いている横は芝生になっていて、その一角がロープで区画されて駐輪スペースになっていた。おばさんは僕を追い抜くと、自転車をその駐輪スペースに入れた。そこにはすでに10台以上の自転車が乱雑に止めてあった。
おばさんは自転車を止めて、鍵を掛けて、スーパーに入ろうとして歩きかけた。そのとき、おばさんの自転車が倒れてしまったのだ。
おばさんの自転車は隣の自転車を倒して・・隣の自転車はそのまた隣の自転車を倒して・・と、こういう具合に、結局、駐輪スペースにあった10台以上の自転車がすべて将棋倒しになってしまった。見ると、おばさんの自転車のハンドルが隣の自転車の車輪の中に突っ込んで・・隣の自転車のハンドルがそのまた隣の自転車の車輪の中に突っ込んで・・という具合に、10台の自転車のハンドルと車輪がまるで知恵の輪のように複雑に絡み合っている。
おばさんはその横に茫然と突っ立っていた。何をどうしたらいいのか途方に暮れている顔だった。
僕は「ああ、これは大変だなあ」と思った。知らないおばさんだったが、助けてあげようと思ったのだ。
それで、僕は黙って駐輪スペースに入っていって、1台ずつ自転車を起こしてあげたのだ。それを見ていた駐車場のガードマンのおじさんもやってきた。おじさんは僕の反対側から自転車を起こし始めた。僕とガードマンのおじさんの二人が倒れた自転車を両側から起こし始めたというわけだ。しかし、ハンドルと車輪がまるで知恵の輪のように絡み合っているので、1台の自転車を起こすのも結構大変なのだ。僕もおじさんも苦戦した。
僕は、僕が自転車を1台ずつ起こし始めると、おばさんも自転車を起こし始めると思っていた。だって、自転車を倒したのは僕ではなくて、そのおばさんなのだ。
しかし、そのおばさんは呆然と僕とガードマンのおじさんが自転車を起こすのを黙って見ているだけなのだ。
そのうち、駐輪スペースの周りに人だかりができた。スーパーで買い物をした人が駐輪スペースに戻ってきたのだ。みんな、自分の自転車が倒れているので、茫然と僕とガードマンのおじさんが自転車を起こすのを見ている。
そのときだ。なんと、自転車を倒したおばさんが、僕とガードマンのおじさんに背を向けて、スタスタとスーパーの中に入っていってしまったのだ。僕とガードマンのおじさんには何も言わずにだ・・
予想もしなかったおばさんの行動に僕は驚いて声も出なかった。
そして、僕は察したのだ。周囲の人だかりの人々の無言の非難の声が僕に向けられているのを・・
「アイツが私の自転車を倒したのね」、「あの男が自転車を倒したので、ガードマンのおじさんが自転車を起こすのを手伝ってあげているわけね」、「アンタが自転車を倒したんだから、さっさと私の自転車を起こしてちょうだいよ」・・そういった無言の批判が痛いほど僕に突き刺さってきたのだ。
いや、違うんだ。自転車を倒したのは僕ではなくて、さっきまでそこに立っていた僕の知らないおばさんなんだ。
僕はそう言おうとしたが・・周りは知らない人ばかりだ。それに誰も批判を口にしたわけではない。僕が無言の批判を感じているだけだ。僕は「自転車を倒したのは僕じゃないんです」と言おうとしたが、何とも場違いな感じがして、言うタイミングがつかめないのだ。
結局、僕はその言葉を口にすることができなかった。
そして、僕とガードマンのおじさんの二人で数分掛けて自転車をすべて起こしたのだ。すべての自転車が起き上がると、周りの人たちは、てんでバラバラに自分の自転車に乗って駐輪スペースから去っていった。
あっという間に駐輪スペースに静寂が戻った。僕は何とも言えない腹立たしい気持ちになって、そのままスーパーを後にして駅に向かったのだ。ガードマンのおじさんとも僕は一言もしゃべらなかった。
しかし、何というおばさんなんだ・・
読者の皆様にも同様なご経験はないだろうか? 親切でしてあげたのに、結局、裏切られてしまったといったご経験が・・・
で、今日の「よかったこと」なんだけど・・まだ腹立たしいんだが・・親切に自転車を起こしてあげたことにしておくよ。
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