どちらにしようかな
結局。殺し屋が新義安の事務所に戻ってきたのは、周を殺してから半日後だった。
「……何をやっていた? 周は、何処だ?」
「死んだわ。ISSの狙撃手に撃たれてね」
眉一つ動かさず、彼女は嘘をついた。
新義安に真相を知る術はない。
彼等がISSの門を叩いて、「もしもし? あなた方の誰かが、ウチの可愛い構成員をぶっ殺してくださったのですか?」などと尋ねる訳がない。
それに、そのうちメディアを駆け巡る情報にも、『NY市内で銃撃戦。一人死亡。ISSとマフィアの抗争か』くらいしか書かれない。
詳細を知られては困るのと、報じたところで誰も得をしないからだ。
事件の真相を知るのは、事の中心にいた殺し屋と撃ち合ったマリアしか知らない。
死人となった周は何も語らないのだから。
「畜生!」
当然だ。宋の死も記憶に新しく、そのケジメも付けられてないのに専務の肩書を持った周が死んだのだ。
激昂しない方がおかしい。
「……何が何でも、ISSの奴等をぶっ殺せ。周の殺した奴を、同じ目に遭わせろ」
社長は殺し屋に詰め寄り、人差し指で胸元を二度刺す。
「いいな」
彼女は。
「いいわ」
とだけ答えた。
内心、殺し屋はこの滑稽な反応にほくそ笑んでいた。それを漏らさないようにするだけに、短く声を出したのだ。
殺し屋のペテンは上手い事マフィア達を惑わせ、ゲームの盤面を一つ進めた。
夜。
俺とマリアは食卓を囲みながら、頭を抱えていた。
昼に来たピザ配達人が不安を煽るものだったからだ。
「……班長に訳話して、移動するしかないよな」
「あの配達員が、新義安とか殺し屋の手先かもしれないから?」
首を縦に振り、意見を肯定する。
「……居留守使ってれりゃよかった」
「でも、居留守って結構バレるよ。電気メーターとか、夜だったらカーテンに映る影とか、この季節だったらエアコンの室外機が動いてるとか」
「流石、元警察官」
「警官じゃなくとも、ピザの配達人とかは毎日何十件もの家や部屋を回るんだから、そんな経験を身に付けるよ」
「意外と強敵だなぁ! 配達人」
実際問題、怪しさ満点の配達員だったが、ただただそういう人という可能性もある。現に正規の警察官のはずなのに、胡散臭い見た目の人を俺は知っている。
……いや、アレは公安の人だから、そういうものなんだろうが。
「まぁ、お前が襲われてまだ半日も経ってない。用心に越したことはないさ」
気を負わせないように調子軽く言ってから、班長にダイアルした。
狙撃地点は部屋を見つけた時点で既に決めていた。
金髪女――マリア・アストールの部屋を狙撃した時より、難易度は低い。
カーテンこそしているが、電灯によって出来た影が映し出されている。見てすぐに分かった。
東洋人――アカヌマの身体に、マリアの身体が並んでいる。
「悪く思わないでね」
コンビニ店主の「付き合っている」情報が正しいのならば、二人は愛している者の隣で眠れることになる。
殺し屋は先日殺した、大企業の重役を思い出した。
あの男はトイレで、独りぼっちで死んだ。
「寂しくはないでしょ。……隣に人がいるから」
VSSの槓桿を引き、スコープを覗き込む。
すると、アカヌマの影が腕を上げ、マリアの影は椅子にでも座ったのか姿勢が低くなった。
どちらを先に撃つか。答えは既に決まっていた。
戦う上でもっとも脅威となりうるのは――。
呼び出し音に続き、班長の声がスピーカーから入ってくる。
『アカヌマか。どうした』
「班長、実は――」
殺し屋に襲われました。という言葉は、発せなかった。
氷水をぶっかけられたかのような寒気が、俺を硬直させる。
何処から殺意を向けられたかは分からないが、十中八九窓の外だ。
反射的にソファーに座るマリアへ跳びかかる。
考えるよりも、叫ぶよりも先に、俺の身体は動いていた。
彼女の身体を掴む瞬間、窓が割れ、二の腕を銃弾に焼かれた。服の袖に赤い筋が走り、血がマリアの顔に散る。
床に転がり落ちる中、彼女の悲鳴だけが五感を支配した。
弾はアカヌマに当たった。しかし、致命傷ではない。
肩か腕への着弾では、あの男にとっては行動不能どころか戦闘不能にもならないだろう。
レティクルをアカヌマの影に合わせた途端、彼はマリアの方に飛び出した。
なんとか当てる事が出来たが、隠れられた。
一撃必殺。もしくは、行動不能にしなければこちらが不利だ。
こだわるのは良くないが、せめて頬の傷分はお返ししたい。
そう思ってから、しばらくして。
銃声がした。銃身を支えているコンクリート壁に弾が当たる。見るとアカヌマがカーテンを開け、左手で拳銃を撃っていた。
しかし、今いるのは拳銃の有効射程外であり、相手が余程の名手出ない限り当たりはしない。
更に言えば、片手で利き手でもない方を使って精密な射撃ができる訳がない。
だが、スコープ越しに見るアカヌマの顔は真剣そのもの。撃たれた事に腹を立ててるとか、闇雲に銃を撃っている雰囲気ではないのだ。
ならば。
隣の窓を見れば、電気が消えていた。影は見えない。
アカヌマの銃撃で釘付けにしている今が、絶好の射撃タイミングだ。
セレクターをフルオートにし、その窓を掃射する。
そして、弾を二発だけ残し射撃を止める。
「……五秒」
自分がリロードに掛ける秒数を口にした。銃使いなら誰だって、相手が弾切れのタイミングを見計らう。
そこを突き、仕留めさせてもらう事にした。
案の定、カーテンに動きがあった。
「……………………」
そこを狙い、私は撃った。
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