ラッキーガール

 引き金が落ち切るほんの僅かな間。

 スコープの中に居た金髪が消え、発射された弾丸は生肉を抉る事無く壁に当たった。


「!」


 殺し屋は何が起こったか一瞬分からなかったが、消える前に金髪が見せた挙動が何を示すかはすぐに理解した。

 強い光が目に当てられた。

 だがしかし、何故かを分析するより先に戦闘者としての血が、彼女を動かす。

 VSSのセレクターをフルオートに替えると、窓に発射した。減音器と一体化した銃身のお陰、銃声を気にする必要は無い。

 真鍮製の薬莢が散らばり、コンクリの地面に当たって小気味いい音を立てる。

 二十発の弾倉はすぐに空になったが、彼女は満タンの予備弾倉に交換した。

 初撃を避けて以来、金髪は姿を見せてない。

 逃げたか、助けを呼んだか……戦う準備でもしているか。



 ついさっきまで私がいた場所には、ガラスの破片が散乱し壁には弾痕が二十程。

 本当にあの一瞬が無かったら、私は蜂の巣になっていただろう。

 運がいいのか悪いのか。

 ……とにかく、今生きているという事が、運はまだ尽きていない証拠だ。

 ガンケースを開き、SR-25を出す。

 十発弾倉に四発分7.62ミリ弾を込め、銃に挿し込む。


「銃声が聞こえなかった……サプレッサーか、銃身と減音器が一体になってるタイプ。威力も射程も落ちるから、長距離射撃は考えにくい……。正確性も鑑みるに……百五十メートル以内」

 

 状況を口に出しながら、おおよその狙撃位置を割り出す。

 

「弾痕は……ほぼ正面から」


 窓の正面には、丁度今の階が屋上になっているビルがある。


「……多分、あのはスコープの反射かな?」


 減音器まで用意出来るような奴が、そんな初歩的なミスをするだろうか。

 そんな疑問が残るも、それほど問題ではない。

 今解決すべき問題は。


 「どう迎え撃つか……」


 それだけだった。



 周は最初こそ呆けていたが、事態を理解したのか金髪に弾が当たらなかった事で、ここぞとばかりに殺し屋を責めだした。

 けれど、彼女は彼の罵倒を無視して、撃つ直前に何故女があんな行動を取ったかを考えていた。


(……多分、あの動きから察するに、強い光を浴びたに違いない。でも、太陽ではないしスコープの反射でもない。じゃあ――)

「おい! 聞いてんのか!」


 怒り狂った周が殺し屋の肩を掴み、自身の方に寄せる。

 しかし、彼女も負けてはいない。右手でVSSを持ちながらも、寄せられた際の遠心力を使い左手でベレッタを抜き、周の眉間に銃口を押しあてた。


「……貴方達が呼んだくせに、その態度は何?」

「金を払っているのは、俺達だ」

「貴方個人では無いわ。貴方のポケットマネーから依頼料を全額払っているならいいけれど、組の金でしょ?」

「俺がシノギで稼いだ金もある」


 売り言葉に買い言葉。

 水掛け論。

 両者一歩も引かず、睨み合う。

 その膠着を解いたのは、一発の銃声だった。

 周の右肩に真っ赤なシミが広がっていく。

 憤怒から驚愕の表情に変わった周を床に突き飛ばし、彼女は屋上の縁に隠れた。


「ああ……畜生!」


 痛みに悶える周へ冷ややかな目線を向けるが、同時にあるものを見つけた。

 それは周の腕に巻かれた、腕時計だった。

 下品な趣味の時計で、文字盤は腕の外側にある。


「……まさか」


 ひらめきが彼女に降りてきた。

 彼女が導き出した仮定としては、こうだ。

 今日、周は長袖でなく半袖を着てきた。そのせいで、昨日まで袖に隠れていた腕時計が露わになり、それが太陽の光を反射して、金髪の眼を眩ませた――というもの。


「とんだラッキーガールね」


 太陽の光が反射するのはあるにしても、それが目に当たるなんて天文学的な確率だろう。

 だが現実はどうだ。金髪はその確率を引き当てたのだ。

 更に不確定要素まで絡んでいるから、天文学的確率も数字では表せられないほど稀な事なのだ。


「……けど」


 呻く周の手当もせず、殺し屋は銃を構え直す。


「その運もここで尽きたわ」


 スコープの先では、金髪もライフルを構えていた。



 目はまだ完全調子じゃないが、狙って撃つくらいは出来た。


「……よし」


 息を整え、グリップを握り込む。SR-25はベッドの上に二脚を開いて展開している。

 スピード勝負。

 警官時代は、イカレが人質を手を掛ける前に正確に且つ、素早く射抜いてきた。

 それに準ずる訓練も山ほど詰んできた。

 スコープを通し、もう一度相手の姿を捉える。

 向かいのビルの屋上。

 東洋人の女が私と同じ様に狙撃銃を構えていた。

 

「アレが、殺し屋……」


 網膜に彼女の顔が焼き付く。

 しかし、それは自身の命を狙うハンターとしてではなく、撃つべき狙うべき人間としてだ。

 既にレティクルの中心に彼女を収めている。

 引き金が落ちる緊張の一瞬。

 それが完全に落ち切るのは、限界まで伸ばしきったゴムが切れるのと似ている。

 実際に感じる軽い手ごたえのみだが、状態としてはゴムは完全に切れているのだ。切れたゴムは二度と元に戻らない。

 ……出来過ぎなくらい、狙撃という行為に似ている。

 小さく、浅く繰り返していた呼吸を止め、銃をなるべく動かさない様に私は撃った。

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