職業兇手は眠らない
主任同士
アメリカ合衆国。ニューヨーク。
ISS本部は、ネオンやパネルが眩しい中心地から、少し外れた場所にあった。
その建物の一室。
強襲係主任室とプレートがある部屋に、ある男が入ってきた。
「デニソン。暇か?」
坊主頭でワイシャツの上にセーターを着ている彼はマーカスと言い、調査係の主任であり……。
強襲係主任――デニソン・マッテンとは前職からの付き合いだった。
彼は、コーヒーメーカーの前で抽出を待っていたデニソンを見つけると、持ってきた自身のマグカップを目の高さまで掲げた。
「……喫茶室じゃないんだよ、ここは」
デニソンは呆れつつも、カップを差し出せと手で表す。
「なーに。部下の半数近くが出張中なのに、上司が呑気にコーヒー飲んでるんだから。暇以外、何て言えばいい」
そんな軽口を叩きつつ、マーカスは応接用ソファーに腰掛ける。
強襲係第二班が、グアムの米空軍基地に出ている事は、本部内では周知の事実だ。
日本含めた幾つかの支部からの要請で、太平洋上を航海している豪華客船で行われている、人身売買の阻止、そして組織の壊滅の為に出張中なのだ。
「……かもね」
デニソンは苦笑し、コーヒーを二つのカップに注ぐ。
自分のカップには、ミルク一つ。
マーカスのカップには、砂糖を一つ入れる。
「ほら」
「おっ、悪いねぇ」
デニソンが、自費で買ったそこそこ高い豆で挽いたのを知ってか知らずか、彼は一気に半分程飲んでしまった。
「美味いね」
「それはどうも」
デニソンもコーヒーを啜る。
そんな静かな時間が三分くらい経った頃、マーカスが口火を切った。
「……この前、そっちの部下が捕まえてくれた、バーンズって奴」
「ああ」
勿論。デニソンは知っていた。
プラスチックで拳銃を作って、一財産築こうとした若造だ。
「それが?」
「いやまぁな。……取り調べも、なんだかんだ素直に話してくれてよ。なんぞ、そっちの新人の……アカヌマ君だっけ? 彼にビビっててね。また、変な事すると、痛めつけられると思ってるらしい」
また、デニソンは苦笑した。
赤沼浩史は、彼が日本まで出向いてスカウトしてきた人材だ。
活躍してくれて嬉しいが、少々暴走気味なのが玉にキズだ。
現に、バーンズの右手を粉砕しているし、去年も散々暴れてくれた。
けれど、ただの乱暴者では無いし、理不尽を憎む気持ちは人一倍強い。
要注意人物だが新人にしては、良く出来た男だと認識している。
確か、彼もグアムに出張している。
「それで? アカヌマ君に、取り調べをやらせればいいのかな?」
無論、デニソンもこんな事を話すために、十年来の友人がわざわざ主任室まで来るとは、思っていなかった。
マーカスが来る時というのは、面倒くさい事件が絡んでいる時と、相場が決まっていた。
けれど、一度はおちゃらけてみせる。
最初から仕事の話をするなら、彼もふざけながら部屋に来ない。
親交を温めつつ、仕事の話に入る。
それが彼の常套手段であり、主任という重い責任を背負う人間達にとっての、一種の清涼剤でもあった。
「いやいや。出張中の人間を、呼び戻す必要はない。君の部下が帰ってくる頃には、バーンズ君の件は、片付いてる」
「“の件は”?」
「……そう。これまた、面倒くさいモンが、絡んでたんだよ」
話がようやく、本題に入った。
デニソンはコーヒーを一口飲んで、集中力を高める。
マーカスも表情を消し、“面倒くさいモン”の名を語る。
「三合会。チャイニーズマフィアだ」
「……なるほど、確かに面倒くさいね」
デニソンの顔からも表情が消えた。
「香港を本拠地とする、新義安にバーンズはブルーガンを売りつけようとしたんだ」
「……だが、上手くいかなかった」
「その通り。バーンズは手を負傷し、銃が作れなくなった。その挙句、部屋にそっちの部下が踏み込んできた」
「じゃあ、自殺した男は……。新義安の構成員ということか」
「そうだ。しかも、かなりの幹部だ」
彼は携帯電話を出し、ある画面を見せる。
男の資料のようで、顔写真と氏名が記されている。死んだ男の名は宋 丹。新義安アメリカ支部の幹部の一人だった。
「………………」
デニソンはコーヒーを啜る。苦々しい顔をしたのは、コーヒーのせいではないだろう。
「……報復、来ると思う?」
「新義安が、男の死をどう受け取るかだ」
「つまり、ISSが男を殺したと取るか、宋が自ら選んだと取るかに、掛かってる訳ね」
「解釈はそれぞれさ。まぁ、幹部死んでるんじゃあ、組織としては……」
「落とし前を付けなきゃ、下に示しが付かない」
デニソンの言葉に、マーカスはゆっくりと頷いた。
「……突入した奴は把握してるか?」
ニコラスの問いにデニソンはそらで、四人の名前を告げる。
その中には、赤沼浩史の名前もあった。
「今、この四人はグアムにいる」
「じゃあ、少しは安心か」
グアムはグアムでも、彼等がいるのは米軍基地内だ。不法侵入、ましてや暗殺は不可能に近い。
問題は米本土に戻ってきた時だ。
「……一応、香港支部の人間に怪しい金の動きなんかを監視させてるが、網も完璧じゃないしな」
「……彼等の強運に賭けるしかないよ」
そう言ってデニソンは立ち上がり、窓の外を眺めた。
だが、当然グアムはここからでは見えなかった。
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