記憶の友達5
だが少しの間、全員黙り込み何かを考えていると(少なくとも俺はそうだった)ある事を思い出した。
「そういや。どっかの岩に全員で名前彫らなかったか?」
「あっ! やったわ! 友情の証的なやつな」
「確かに忘れてたぁ。あっ、でも場所覚えてるよ。確か川の近くにあった大きな岩だった」
「もし俺らが夢で見た少年が本当に存在するならそこに名前があるんじゃないか?」
「確かに! そこにないって事はもうそいつは存在してない可能性がたけーわ」
「正確に覚えてるか分かんないけど、案内できるかも。ついて来て」
そして俺らは夕晴の案内でその岩へと向かった。岩に名前を彫ってるところは覚えているがその前後や周辺の景色などは全然覚えてない。
だけど夕晴を先頭に進んでいくと段々その記憶が蘇ってくるのを感じた。こんなんだった、と一人心の中で声を漏らしてしまう。風に揺れる木々の囁きも自然に満ちた匂いでさえも懐かしく感じた。音や匂い、感触に光景。その全てがピースとなり記憶を作り上げて言ってるんだろう。
「ほら、あれ!」
夕晴の指差した先には苔だらけの大きな岩があった。俺は確かにこの場所でこの岩に名前を彫っていたと懐古しながらその岩へ近づく。そこには苔からはみ出すように彫られた名前が一つだけ見えていた。
「はっはー! 残念だったな諸君。どうやらオレの名前だけが唯一苔に覆われずに残ってたらしい。まぁオレの名前は隠すべきじゃないって苔も思ったんだろうよ」
「ただ苔も触れたくなかっただけじゃない?」
莉緒の勝ち誇った声を透かさず夕晴が斬り捨てた。
その間に俺は莉緒の名前の傍に生えた苔を払い落とす。
「おい、これ見ろよ」
後ろの二人にそう言うと互いに向いていた視線が岩へ。
「これって?」
「この名前だよ」
俺はちゃんと分かるように指でその名前を指した。
「これは一歩前進って感じかな? ちょっと読みずらいけど、これで名前は分かったね」
「あぁ。そうし……」
そこには俺らを含め四つの名前が身を寄せ合っていた。あの知らない少年のものと思われる名前が。だが同じく知らない少女の名前はどこにもなかった。
するとその名前から何かを思い出そうとしていたその時。懐中時計を手にした時と同じような感覚が頭を過った。
『おい! そうし! お前も飛び込めよ』
『えー、いいよ』
『莉緒じゃないんだからさぁ。ビビッてないで飛びなよ』
『ビビッてねーよ! オレだってちゃんと飛んだだろ!』
『来いよ、そうし! 莉緒に負けちまうぞ』
『――分かった。莉緒に負けるのは嫌だからね』
『だから何でオレなんだよ!』
一つ、二つと記憶が走馬灯のように駆け足で過ぎていく。
『ほら、次はお前の番だぞ』
『んー。そうだなぁ。じゃあ蓮の隣に書こうかな』
『これでオレたちは一生友達だな!』
『さぁ。それはどうだろうね。もしかしたら明日にでも……』
『夕晴って本当に莉緒に意地悪だよね』
『そう?』
『そーだ! そーだ! 言ってやれ』
『まぁでも、二人は良いコンビって感じ。夕晴の莉緒が好きっていうのも分かるし』
『げぇぇ。何言ってんだよ。キモイって』
『さっすがぁー。分かってる。そうだよ。僕は莉緒の事、大好きなんだよ。ほら、ハグしてあげる!』
『キモイ、キモイ! おい! こっちくんなぁぁ!』
あっという間に思い出し――というより二人との想い出に
今まで知らないと思っていた長宅颯羊という少年の事を――友達の事を思い出した俺は二人の方を見た。思ったよりも平然としていたが、そう見えるのは俺を心配そうに見ている所為なんだろう。
「蓮?」
「思い出した。懐中時計の時みたいに」
「ほんとに? ……実は僕も。莉緒は?」
「あ、あぁ。オレも」
「長宅颯羊?」
俺がその名前を口にすると二人の視線が一気にこっちへ。そして二人は同時に頷いた。
「何で忘れてたんだろう。でも顔はハッキリと思い出せなかった」
「それは僕も」
「オレもだ」
「僕ら一緒に遊んでたのに。――蓮はいつまで颯羊との事、覚えてる?」
「中学からはもう。お前らは?」
「僕も」
「オレもだ。でもなんで今、アイツは一緒じゃないんだよ?」
確かに莉緒の言う通り颯羊との記憶が急に消えたみたいに途中で途切れてるのもそうだが、今一緒にいないのは何故だろう。でもどう頑張ってもその理由は思い出せない。
だけど俺にはもうひとつ気になる事があった。
「それもそうだけど」
そう言って再度、視線を岩へ。
「でもあの少女のは何もない。お前らは? 何か思い出したか?」
二人を見遣るが同時に首を横に振った。
「颯羊って子の事だけ」
「オレもそれ以外は何も思い出せない」
俺は岩の前でしゃがむと『そうし』と彫られた名前を手でなぞった。知らないはずなのにここにはあの少年の名前がある。でもあの少女のはない。脳裏に浮かぶあの夢に見た二人の姿。
そしていつも決まって最後に少女が言う言葉。
『助けて――蓮』
もし颯羊のように俺が忘れてるだけだったら。何かあって今も彼女が助けを求めてるんだとしたら。俺はこのまま知らないと目を背けていいのか? 俺は自分にそう問いかけていた。このままだったら引っ掛かるような何かがずっと残りそうな気がした。それに颯羊の事も全部分かった訳じゃない。そう思うとやっぱりこのままってわけには……。
「――俺。調べるわ。あの二人の事」
俺はそう言うと立ち上がり二人の方を見た。お前らはどうする、と問いかける表情を浮かべながら。
「もちろん。オレも手伝うぜ! 気になるしな。それになんかモヤモヤするし」
「僕も気になるし……。分かったら教えてって言ってもいいけど。でもまぁ、それはズルいじゃん。それに一人だけ仲間外れみたいで嫌だし」
正直、この二人ならそう言うって分かってた。でももしやらないとしても別に止める気もなかった。やるかどうかは好きにしてくれていい。ただその確認がしたかっただけ。
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