黯の中6
でも気が付けば俺は地面にうつ伏せで寝転がっていた。まだ現状が把握できないまま地面に手を着けゆっくりと起き上がる。
「っつ」
若干の痛みを感じながら起き上がってみると同じように莉緒と夕晴が顔を上げるのが見えた。
「あれ? 僕ら……」
「助かった……のか?」
二人の無事を確認した俺は体を起こしながら辺りを見回した。またあの黯の空間だ。
それを確認すると今度は付近を見回し見つけた鞄を手に取って、側面にあるポケットからお茶を取り出した。
「何で分かったんだ? 落ちても大丈夫って?」
お茶を飲んでると(同じように自分の鞄から飲み物を取り出す夕晴の隣から)莉緒がそう訊いてきた。
「分かった訳じゃない」
「じゃあ何で飛んだの?」
「お前らが戻る前に追いつかれて俺は食われる。ギリギリで戻ったとしても逃げ場はなかったし食われる。食われて死ぬぐらいなら飛んで死んだ方がマシだろ。それにさっきからあっという間に場所が変わるからもしかしたら大丈夫なのかもって思っただけだ」
「じゃあお前、死ぬかもしれないけど飛んだのか?」
「そうだな」
「マジかコイツ……」
肩を落とし顔を手で覆う莉緒。
「いやいや、僕は蓮に賛成。あんなのに食われるぐらいなら落ちた方がマシだよ。最後に見るのがあれってキモ過ぎ。まだ莉緒の顔の方が良いって」
「おい! オレとあれを比べんな」
「冗談だって。でも最後に莉緒の顔を見ながら死ぬ場面って、それ莉緒に殺されてるよね?」
「可能性はある」
「えー。止めてよ。ほら、アメちゃんあげるからさ」
夕晴は鞄のポケットから取り出した飴をひとつ莉緒に投げた。
「人を飴で釣るな」
そうは言いつつも莉緒は飴をキャッチすると封を切り桃色の球体を口へ放り込む。俺はそのやり取りを見ながらもう一口飲んだお茶の蓋を閉め鞄の傍に置いた。
するとどこからかその声だけで獰猛さが伝わる犬の唸り声が聞こえてきた。
「おいおい。次は一体何だってんだよ」
その唸り声が自分の背後から聞こえてると分かると俺は顔を後ろへ振り向かせた。相変わらず黯が広がりそこには何も見えない。
だが少しの間、目を凝らして見ていると薄っすらその姿が露わになっていった。
それは声通り犬。ではあったが普通の犬ではなく頭が三つ並んだ犬だった。その姿形は俺もよく知るあの神話の生き物。
「はぁ? ケルベロスじゃん。なんでだよ」
「でもさっきの巨大虫といいこのヘンテコな場所といい、もう別に何が起きても変じゃないでしょ」
もうすっかり耐性が出来たのか莉緒も夕晴も(もちろん俺も)ケルベロスという実在しないはずの生き物が目の前にいるのにも関わらずそこまで驚いてはいなかった。
「ここまできたらケルベロスの一匹や二匹、出るって」
若干、呆れたような声でそんな事を言う夕晴。
すると本当にもう一匹のケルベロスが黯から姿を現した。最初のケルベロスの隣に並ぶと同じように歯を剥き出しにし涎を垂らし、唸り声を上げている。
「わぁーお。本当に出た。ていうかこれって六匹って数えるの? それとも二匹?」
そんな冗談さえ口にする余裕がある夕晴を他所に更にもう一匹のケルベロスが並ぶ。そして更にもう一匹。どんどんケルベロスがその姿を現していく。
「おいおい。一匹や二匹どころじゃねーぞ。これ」
もうぱっと見ただけじゃ数は分からない程まで増えると、ずっと唸り続けていたケルベロスたちは突然、静まり返った。そして辺りを一瞬、暗闇と同質の沈黙が包み込んだかと思うと一斉に吠え始めた。互いに喰らい合うような声が俺らを圧倒しながら鳴り響く。
そんなケルベロスたちに立ち上がったのは俺だけじゃなかったようだ。
「これってヤバい?」
「あれはやばいだろ」
「でもよ。こういうのって慌てて逃げたら逆に追いかけられるんじゃなかったっけか?」
だがそうするまでもなく一匹のケルベロスが先陣を切りこっちへ向かって走り出した。
「もう関係ねーな。行け!」
それを見た瞬間、俺らは走り出した。と同時に辺りの景色が一変。住宅街へと変わった。
「これって。オレらの住んでるとこじゃね?」
「確かに、見覚えあるかも」
走りながら辺りを見回した俺はどこか既視感を感じていた。すぐには思い出せなかったが、後ろから追いかけてくるケルベロスを一見してみるとその既視感はある記憶を引っ張り出した。
「俺が昔、犬に追いかけられた時と一緒だな」
「お前が言ってた犬ってケルベロスだったのかよ」
「んな訳ねーだろ。犬だよ。ふつーの」
「二人共そんなしゃべってると余計に疲れるよ。とにかく今は逃げないと」
夕晴の言う通り今は逃げる事に集中した方が良い。俺も莉緒もそこからは黙りただひたすらに走る事に専念した。走って走って走って。
そして走り続けていると向こうに行き止まりが。でも左右には道が伸びていた。
「どっち?」
「知らねーよ。蓮、決めろ」
「右」
別にその選択に意味はない。ただの適当だ。
そして俺らは行き止まりを迎えると右へ曲がった。その瞬間、辺りは住宅街から木々の中へと変化。それもまた俺らには見覚えある場所だった。
「ここって、秘密基地のとこにある場所だよね」
「でもなんでここなんだよ。走りづれーし。蓮、お前もしかしてあの時もここまで逃げて来たのか?」
「そんな訳ねーだろ」
返事をしながら後ろを軽く確認してみるが相変わらずケルベロスたちはそこにいた。捕まれば食い殺されてしまいそうな様子で追いかけてきている。
「とにかく走れ」
今の俺らには走る以外の選択肢が無い。いつまで追いかけてくるのか、どこまで走ればいいのか、この状況を打開できる何かがあるのか。何も分からないがこれだけはハッキリとしている。足を止めれば後ろのあれに餌食になる。
だが問題がひとつあった。それは永久に走り続ける事は出来ないということ。後ろのあれに体力と言う概念があるのかは分からない。一方で俺らは確実に息は上がり脚に疲労を感じている。もうだいぶ息苦しい上に脚も重くなり始めていた。そうなれば追いつかれるのも時間の問題だ。
「ねぇ二人共。あれ見て」
すると前を走る夕晴が正面を指差した。最初は何だと思ったが木々の向こうに川が流れているのが見えた。そこそこの川幅があるこの川は恐らく俺らが昔遊んでた川だろう(確か中央がそこそこの深さになってたはず)。
だとしたら確か川の向こう側、少し進んだ所にもう使われてない小さな倉庫があったはず。体力もそう長くはもたない。そこで一旦、休憩しながら対策を考えるのが今の最善なはず。
「そのまま跳び越えるか」
「僕もそう思った」
「は? なんでだよ」
「いーから跳んで」
川はすぐそこ。俺らは体に鞭を打つように出せる力の限りで助走を始めた。川幅からして全力で跳んでギリギリ届くか届かないか。出来る限り水を進むのは避けたい。体力も時間も消耗してしまう。
そしてまず前を走っていた莉緒と夕晴が川と地面の境界線ギリギリから跳んだ。数歩遅れでその後を追い俺も。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます