危険な遊び8

 そして更にそこから夜を熟成させた後。こちらのことなど知ったこっちゃないと言うように進み続ける時間は、本来の目的を実行する時間へと変わっていた。


「そろそろやるか」

「そーだね。んー! 緊張してきた」

「はぁ。こーゆー時にしか祈らねーオレでも神は助けてくれっかな」

「呼び捨てにした時点でダメだね。だから自分の身は自分で守りな。流石にあの時みたいに幽霊は殴ってあげられないからさ」

「大丈夫だろ。今回は蓮が殴らず斬ってくれるって」

「まぁ、あの時はお前が泣きべそかいてたのに何もしてないからな」

「だから泣いてねー」


 そんな会話をしながら俺らは椅子にテーブルその他の持って来た物を片付け一か所にまとめた。必要な物はちゃんと残して。


「お菓子と術札と刀。よしっと」


 お菓子と術札を片手に持ちもう片方の手にランタンを持った夕晴は俺の手にある刀を最後に指差し最終確認を済ませた。

 だが莉緒はまだどこか不安気。すると溜息を零し残り少ない安心を更に吐き出してしまった。


「なぁ。ホントにやるのか?」

「りおぉ」


 今更止めてよ、と言う続きの言葉が聞こえてきそうな溜息交じりの声が返されるが莉緒にとってさっきの質問は特に意味はないようだった。


「分かってる。言ってみただけだって」

「じゃあ術札置くからこれ持って照らしてて」


 夕晴はランタンを莉緒に渡し川の傍へ。そして五枚の内、四枚を砂利の上に並べた。


「思ったんだけど、そのお菓子をその中に置いたらいいんじゃねーか? それ食べるのかは分かんねーけど」

「ナイスアイディア! さっすが莉緒」


 パチンと良い音を響かせながら莉緒を指差した夕晴はその提案通りお菓子の箱を術札の中心に置いた。


「これでいいね」


 立ち上がった夕晴はもう一度確認すると莉緒からランタンを受け取った。


「それじゃあ諸君、集合だ」


 夕晴、俺、莉緒。その術札の前に俺らは並んだ。


「莉緒始めていいよ」

「――おっけ。撮り始めた」

「蓮。大丈夫?」

「いつでも」

「じゃあみんなでやろうか」


 そう言って夕晴は唯一の明りであるランタンを消して足元に置いた。

 光が消えた直後、視界は一気に夜の暗闇に翻弄されたが満月の月光が思ったよりは明るくこの場所を照らしていた。


「せーの」


『川子ちゃん。川子ちゃん。一緒に遊びましょ。お菓子もほら。川子ちゃん。川子ちゃん。一緒に遊びましょ』


 重なり合う高低差のある三つの声。それを聞きながら俺の脳裏では全く同じ状況を思い出されていた。今よりも高い声が、今よりも明るい中で、今と同じ場所、今と同じ言葉を重ね合わせていた子どもの頃。好奇心に満ちた声が川と木々の音に交じり淡い風に乗って広がっていく。同じようにこの話を試した時の事を。

 でも同じように並ぶ、左右のどちらかに颯羊がいたかは分からない。

 だけど現実とシンクロするようにその記憶はより鮮明になっていった。術札なんか無くて目の前には置かれたお菓子の箱。突然、吹いた強い風。今と共に記憶が進んでいく。


『何して遊びましょ。川子ちゃんの好きな遊びで遊びましょ』


 そしてあの頃と同じように言葉を言い終わった後、辺りは静寂に包み込まれた。あの頃は何が起こるか分からないという事に対しての入り混じった感情からの刺激がそうさせたのか、どこか心躍ってたが今はそうじゃない。いつ出てくるか分からないその存在への警戒心は強まり、緊張感の濃さが目立つ。風が止んで木々が黙り、川のせせらぎ以外の音が無いこの静けさと月明り以外の光がなく視界が不十分だという事も影響してるんだろう。

 そんな状態の中、三人して黙り込んだまま数十秒が過ぎた。

 だが何かが起こる気配も無ければ異質な物音ひとつしない。それは記憶のあの日も同じだった。


「んー。何も起こらないね」

「失敗したのか?」

「――おい。あれ……」


 それは俺の言葉の後、一瞬の間を挟んでから聞こえた莉緒の声。この静けさに紛れるように小さく、そしてどこか震えている。


「そーやってビビらせようとしてもダメだよ」


 夕晴は悪ふざけだと軽く笑い飛ばしながら莉緒の方を覗き込んだ。そんな夕晴に合わせるように俺も顔を莉緒の方へ。

 だがスマホは向けたまま正面を指差していた莉緒の表情は少し違っていた。眉を顰め瞠目し、おざなりになった口は半開き。俺らをビビらせようとしているには様子違いの表情をしていた。

 そんな莉緒に俺は先に視線を指差す方へ。


「っっ!」


 そこには穏やかに流れる川からゆっくり岸へ上がろうとする何かがいた。頭頂部から徐々に見え始め、せせらぎとは別の水の音を立てながらその姿は段々と露わになっていく。長い髪で顔は隠され暗闇の所為か全身は夜に紛れるように黯い。だが宇宙でブラックホールが確認できるようにソレは異質的な黯さでその存在ははっきりと確認出来る。

 そしてずぶ濡れのソレは川から出てくると一度立ち止まった。

 一方で俺らはただその姿を見続けるだけ。誰も声すら上げず一歩も動けず、内側にある今自分が抱いてる感情すら認識できない程に固まってしまっていた。


「それなら……。一緒に復讐しましょう」


 それは負の感情に満ち、不気味で蛇のように纏わりつく嫌な声だった。耳から入り込み一瞬で全身へ広がり恐怖に染め上げてしまうような声。それに加え髪の隙間から覗く悍ましい目と笑っているように見える口。

 だがそのおかげか波のように押し寄せた恐怖に俺はハッと我に返った。目の前で起きている信じられない出来事に心臓が強く脈打つのを感じながらただ叫んだ。


「夕晴!」


 逃げろ、と言わなかったのは多分これがただの興味と遊び半分でやった事じゃなかったからなんだろう。

 そしてそれは夕晴も同じだったようで俺が声を上げると同時に動き始めていた。術札を一番近くの空いた最後の場所へ貼ろうと足を踏み出す夕晴。

 だがソレは(いつの間にそこまで進んだのか)既に術札よりこちら側へ進み夕晴へ払うように手を振ったかと思うと……。次の瞬間、夕晴の体は吹き飛ばされていた。


「夕晴!」


 俺は宙を飛び砂利へ叩きつけられるまでその小柄な体を目で追っていた。その所為で視界外で何が起きてるかは全く把握出来ていないでいた。


「おい! 蓮!」


 だから莉緒の急かすような声で正面へ顔を戻した時にはもう遅かった。ソレは俺の目前まで迫り、夕晴にしたように俺を突き飛ばした(もっともそれの手が触れた感覚は無かったが)。今まで感じた事の無い衝撃が胸に走り息苦しさと痛みを感じてる間に体は宙を飛んでいた。そしてそれを頭で理解する頃には背中へ落下の衝撃が加わる。更に背中を追うように後頭部にも痛みが走った。

 胸と背中から挟み込むような痛み。水中に沈められたように息は出来ず、それに加え朦朧とする意識。少しの間、俺の中にはそれしかなった。自分の体に起こった異常が思考も意識も全てを埋め尽くしていた。

 でもすぐに呼吸が戻り、段々と霧が晴れるように意識も鮮明になってくると耳が辺りの音を聞き始め目が辺りを見始めた。そのおかげで莉緒の苦しそうな唸り声も聞こえ、押し倒されソレが莉緒の首へ両手を伸ばしている光景も見えた。

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