第二章:暗がりのアルバム

暗がりのアルバム1

 休日だというのにこの日は朝から俺は外に居た。


「莉緒おっそー」

「お前あいつに集合時間早めにして伝えなかっただろ」

「だって楽しそうにしてたし大丈夫かなって。っていうかそれちょーだい。喉乾いちゃった」

「全部飲んでいいぞ」

「やりー」


 それから更に三十分。計四十五分という時間を俺と夕晴はただただその場で過ごした。


「おう二人共! 悪いなー。ちょっと遅れちまった」

「へぇー。莉緒にとって四十五分ってちょっとなんだ。僕とは大分、時間の感覚が違うね。もしかしてバカって時間の感覚が早いの?」

「遅すぎだろ」


 若干ながら苛立ちを漏らす夕晴ともはや呆れた俺。そんな俺らとは相反して莉緒は悪怯れる様子も無く小波に揺れるような軽い笑みを浮かべていた。


「いやぁー。昨日ちょーっと彼女と話しすぎちゃってな。わりぃって」

「蓮は昼ご飯何食べたい?」

「そーだな。――蕎麦」

「いいねー。ざるかせいろ、それが正論ってね」

「どっちもおんなじだろ。でも蕎麦か。確かにいいなぁ」

「よし! お昼は莉緒のおごりで蕎麦が食べられる訳だし、いっちょ頑張りますかー」


 夕晴はそう言って元気よく、俺はだらりと立ち上がった。


「はぁ? 何でオレが」

「それじゃあまずはよく行ってた公園に行こうか」

「そーだな」

「ちょっ! 待てよ。何で遅刻ぐらいで奢らなきゃいけねーんだよ」


 そんな莉緒を無視して歩き出した俺らは子どもの頃によく遊んでた近所の公園へやってきた。滑り台に砂場、ブランコとスプリング遊具、雲梯にジャングルジム。そんなに大きくはないが割と遊具の種類のある公園で俺らは結構気に入ってた。

 でもあの頃はそこそこ人もいたはずだが、眼前の公園は無人。錆び付き色褪せ、塗装の剝がれた遊具からは哀愁漂う。賑やかな記憶のものとは違い世界から忘れられてしまったようで、どこか蕭条としているようにも見えた。


「そう言えば最近、新しい公園出来たんだよね。大きくて自由に遊べる広場もあるとこが」

「あぁ、あそこな。前に行ったけど、そりゃここには来ないよなって感じだったな」

「そのうち、ここも取り壊されるんだろうね」


 仕方ないとは言え、やっぱりこの場所が無くなるっていうのは心寂しい気がする。俺は改めて公園を見回しながらそう思った。

 そんな俺の視界端を霞めるように通った夕晴は真っすぐメインの遊具へ(と言っても滑り台とちょっとした遊具がくっつてるだけだが)足を進めた。


「昔はもっと大きく感じたけど、やっぱり僕らも成長したんだね。今じゃ小さく感じるよ」


 そんな事を言いながら夕晴は遊具に上り滑り台を滑った(滑ると言うにはあまりにも滑らかさに欠けるが)。

 その姿を見ていると今の姿と重なりながら昔の夕晴を思い出した。丁度、こんな風に(今よりは滑りの良い)滑り台を滑ってた。強い日差しの所為か少しぼやけた記憶だが。


「お前らここで何して遊んでたか思い出せるか?」

「そーだな。――砂場で意味もなく山作ってトンネル開通させてたな」


 莉緒は砂場まで歩くと砂を手にとってはさらさらと零し小山を作った。


「やってたねー。確か、それでじゃんけんして僕が勝ったらその山を破壊してたの覚えてる」

「それで何度、オレの山が崩されたか」


 その時の悔しさを思い出したのは莉緒は少し顔を俯かせ腕で目を覆った。

 でもすぐに腕をどけると俺らの方へ平然とした顔が向く。


「でもお前って一度も砂場で遊んだことなかったよな? 蓮も」

「だってその砂場、犬がマーキングしてたし。それにフンが出て来たことも」


 夕晴の言葉に莉緒の眉間に一瞬にして皺が寄り口が半開きになった。


「――マジで言ってんの?」

「本気も本気。だって僕それ見ちゃったからその砂場で遊ばないって決めた訳だし。砂山破壊する時も手は絶対使わなかったし」


 そして表情はそのままゆっくりと莉緒の視線が俺の方へ。


「もしかして蓮も知ってたのか?」

「俺は単純に興味なかっただけだな。だけど今は触らなくてよかったとは思ってる」


 それから莉緒は自分の手へ視線を落とした。細かな砂に塗れた両手を。


「とりあえずそこのトイレ行った方がいいんじゃない? 少なくともそれまで僕には触らないでね」


 自分の手を見下ろしながら動かなかった莉緒に夕晴がそう言うと少し間を置いてトイレへと駆け込んだ。


「今の話ほんとか?」


 実は、俺の中にはさっきの話がいつものからかいか遅れてきた莉緒への仕返し的なものによる嘘なんじゃないかって疑いが多少なりともあった。

 でも俺の方を向いた夕晴はそんな感じじゃなかった。


「ほんとだよ。子どもの頃の話だけど」


 俺はその砂場を見遣ると子どもの頃の自分を褒めてやりたい気持ちになった。同時に少しだけこの場所では、もう子どもは遊ばない方がいい気がしていた。


「れーん。こっち来てよー」


 その声に呼ばれ俺が顔を向けるとシーソーの片側に夕晴は跨っていた。そして反対側を頻りに指差している。

 俺はまだ砂場の衝撃が抜け切らぬままシーソーへ向かうと夕晴の反対側に跨った。そして先に夕晴がヘンテコな雲を浮かべて遊ぶ蒼穹へ少しばかり近づき、次は俺。緩やかに揺れ動くシーソーはさながらやじろべえだった。


「シーソーっていいよね。僕、昔から結構好きだったな」


 確かに子どもの頃もよくこうやってシーソーに乗ったっけ。向かいには今みたいに笑みを浮かべ笑い交じりの楽しそうな声を出す夕晴が――いた気がする(はっきりとは覚えてないが)。

 でも今の夕晴のその表情は昔と何も変わらない。変わったと言えば肌が白くなり日焼けを気にするようになったぐらいか。昔から少し日に焼けててもたまに間違われるくらいには女の子のような容姿だったし、なのにその中身は莉緒よりやんちゃで勇猛果敢(今はあの頃よりは落ち着いたが)。


「おい! 夕晴!」


 するとトイレから出て来た莉緒が声を荒げながらシーソーの傍へ戻ってきた。


「お前そう言う事はもっと早く言えよ!」

「早くってどれくらい? 子どもの頃とか?」

「それもそーだけど! せめて今日オレが触る前だよ!」

「それはごめん。


 どうやら別に嘘だった訳じゃないが、仕返し的なものはあったらしい。


「ったく。次からは何かあったらもっと早く言えよ」

「分かったよ」


 そう言って俺の方を見た夕晴が浮かべた笑みと共にした一つのウインクがらしいを確信的なものへと変えた。


「にしても、何か思い出したか? 長宅颯羊のこと」


 莉緒がそう訊くとシーソーは徐々に勢いがなくなっていき、最後は静かに止まった。

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