呪いの鐘撞堂(かねつきどう)

甲路フヨミ

廃寺の怪異、事の始まり

「……お化け、だって?」

 隣国舟原ふなばらからここ長濱ながはま国に帰属した、長柄ながえ足軽あしがる三番隊長、諫早いさや新九郎しんくろうが、庭の遠くに目をそらして嫌そうに言った。

 彼を童顔に見せている、いつも元気にくるくると動く大きく丸い眼が、急に光を失ったかに見える。

「ああ。去年廃寺はいじになった六桐寺りくとうじの本堂な、あそこに鐘撞かねつじじいが出るってんで、最近は誰も近づかねえらしいのよ。」

 知らなかっただろうと得意げに言って、同二番隊長の真咲まさき影芳かげよしが、寝転がったまま胸をそらした。

 ぱっと、あでやかな光が動く。

 派手好きな真咲の今日のいでたちは、水面をした濃紺地に、黄金色八重こんじきやえの桜を散らした単衣ひとえ姿だ。それがさむらい長屋ながやの畳の上で、たくましい二の腕をむき出しの枕に、長々と寝そべっている。

 太陽はちょうど中天を過ぎ、長屋裏手の竹藪たけやぶには、すでに午後の斜陽しゃようが差し込んでいる。

 怪談話には今一つ雰囲気がそぐわない。

「その、って、なんだい?」

「ああ。本堂に入ってきたヤツに、自分の代わりに寺の鐘をいてくれと頼むそうだ。」

「で、くと言ったら?」

「殺される。かないと言っても殺される」

「わはははは!」

 新九郎がわざとらしい笑い声を上げた。

「どこにでもある話じゃないか。くだらねー」

「ははは、そうだよな、くだらねえ。で、ご城主土岐とき様のお探し物がその寺にあるかもしれねえってんで、化け物なんざ怖かねぇと豪語した、長柄大隊ウチ備中守オヤジどのに調べ役が回って来たんだとよ。で、オヤジわく、化物なんざ怖かねえが、今朝からどうも腹具合が悪い。殿の大切なお探し物、いずれ自らおもむ所存しょぞんだが、その前に俺らが代わりに行って、怪しげなうわさを払って来いだと。新九郎、お前も来いや。どーせ、くだらねえんだからよ」

「あ。いや……俺はちょっと。明日は朝から本丸に呼ばれてるし……」

「ああん? 馬鹿野郎! 明日のことなんざくよくよ考えてんじゃねえよ! 怪異が大嫌でえっきれえな俺様が行くっつうのに、新参のてめえがサボる法があるか!」

「んな無茶な! 俺はお化けには会いたくない!」

 言い合う二人に、部屋にいた三人目の武人、長柄足軽一番隊長、出石いづし凌介りょうすけは、栗色の髪を振って、大げさなため息をついた。

「ったく、厄介事やっかいごとはなるべく勘弁かんべんしてほしいね。……で、なんなの、その土岐とき様のお探しものは。」

「それがまた……聞いておびえろ」

「なんなんだよ」

御化粧台みけしょうだいよ。先の御台みだい様のお使いになられていた、三面に鏡のついたきり化粧けしょうだいだとよ」

「先の御台みだい様と言えば……確か人里離れたやかたにて、変死なされたと言う、殿の第一夫人の……あのうわさのお方か?」

 凌介の言葉に、ごくっ、とのどを鳴らした新九郎が、恐る恐る提案した。

「その鏡台きょうだい……昼間、取りに行っちゃいけないのかな?」

「それはなかなかいい案だな」

 真咲まさきが重々しく頷く。

「普通そうするだろ」

 凌介りょうすけがぼやいた。

「だが答えは否だ。怪異かいいを払う、それが今回求められている任務なんだからな」

「解った。じゃ、かげ、新九郎、今夜頑張って来い」

「おいおいおいおい! こんだけそばで聞いといて凌介お前、そりゃねえだろが!」

「はあ? かげが受けた任務だろ? 俺を巻きこまないでくれ」

「ざけんな! 城下の怪異かいい風評ふうひょう土岐とき様の威信にもかかわる。けしからぬ悪霊爺あくりょうじじいを必ず退治たいじして来いと、備中守オヤジ厳命げんめい来てんだよ! お前も行くに決まってんだろうが!」

「なんで俺が……」

 不機嫌そうに答えた凌介に、新九郎が妙に明るい声を上げる。

「いや、三人いれば心強い! お化けなんか、いないかもしれないしな! 出石いづしも一緒に行こうぜ! ……行くよな?」

 すがるような声音こわねうながす新九郎に、凌介はまたでっかいめ息をついた。

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