放課後ミラージュ - 超能力少女との過ごし方

イムハタ

プロローグ

 高校に行けば何かが変わると思っていた。

という溜息まじりなこのセリフは、高校生活に大変な憧れを抱いていたやつらの大半が言うことであろうと俺は高校に入ってから約半年で確信した。

というのも何を隠そう俺がその中の一人であったからだ。

 長かった受験生活から解放され高校に入った俺は中学時代とは違う何かを心の中で期待していた。平凡ではない何かを俺は求めていたのだ。

 漫画やアニメの主人公たちはみんなそうだった。テレビでやってるドラマだって本屋に平積みされてる小説の登場人物だって、みんなそうだ。彼らは高校生になると何か非日常的なことに巻き込まれて精神的にも肉体的にも成長していくのがお約束なのだ。もちろんトラックにひかれて異世界に転生するとか、自分の中に秘められた未知なる能力に目覚めて世界を救う冒険に出るとか、そんなフィクションじみたものを期待していたわけではない(あったらそれはそれでうれしいのだが)。なんでもいい、今までのありきたりな15年間とは違った、大人の階段を一歩一歩踏みしめていくような、変化に富んだ、自分を変えてくれるような希有な出来事に遭遇したかった。

 しかし、残念ながらこの世の中はそう急激に変化したりはしないもので、この半年間俺は平凡な日々を過ごしてきた。いきなりロボットに乗せられて人類の命運を握ることもなく、悪の怪人に立ち向かうことも、知り合いの科学者がタイムマシンを作ったりすることも、もちろんなかった。そればかりかクラスメイトと淡い恋仲になることも、友人と放課後河川敷でキャチボールする、なんて青春ドラマにありがちなシーンも一切経験しなかった。

 世の中は常識的で一部の人間にとっては非情だってことだ。変な妄想ばっかりするものの実際は教室の片隅でスマホをいじって1日が終わっている。そんな俺のことを世間一般では陰キャと呼ぶらしい。ごもっともだ。

 高校生になってから使える金も行動範囲も増えたから中学時代の友人といろいろなところに行った。馬鹿なことも何回もした。しかしそれはあくまで本格的に受験を始める前の中学生時代にしていたことの延長戦でしかなく俺が求めているものとは程遠かった。

 何かしら、これまでとは違った、大人っぽい経験をしてみたい。できればSF映画みたいな非現実的な経験をしたい。そうは思っていたものの、実際は俺からは何も動くこともなく、そんなことあるわけないよなと受動的な態度で日々過ごしてきたのだ。


だが――


 いざ変化に巻き込まれてみるとそれはそれで混乱してしまうものだ。それを望んでいたはずなのに、なんでこんな事になったんだろう、前に戻りたい、そんなことまで脳裏に浮かんできてしまう自分が情けない。

だけどそれも仕方あるまいと少しは同情もしてもらいたい。まさかこんな――超能力に巻き込まれるなんて思ってもいなかったからな。



「はぁ~……」

 そんなことを考えながら俺は空を見上げて溜息を付いた。真っ青な雲ひとつない空だ。

 さっきまで風に乗って聞こえてきた鳥の鳴き声やら人々の歓声やらは聞こえなくなっていた。

 無音の風が河川敷に生えている雑草とその上に寝転がった俺の前髪を揺らす。同じように彼女の髪も揺れていた。

「ねえ、どうしようか」

隣にちょこんと三角座りをしていた彼女がこちらを見ることなく言った。彼女からこのセリフを問いかけられるのはもう3回目だ。透き通るような白い肌に長いまつ毛。そして水晶のような大きい目はどこか遠くの木をぼんやりと眺めていた。ちょっと幼さが残った綺麗な横顔はうっかりすると何時間でも見続けてしまうほど様になっていた。その顔には言葉とは裏腹に困惑の表情はない。むしろ清々しささえ感じる、穏やかな顔だった。

「どうする……か……」

俺は通算3回目となるセリフを発した。また風が吹く。日光で温まった体を少し冷やすような、秋の風だ。そして風が止むとそこは無音の世界になる。隣にいる彼女の呼吸音さえ聞こえるような静寂の世界に俺たちはいた。俺たちは困っていた。いや困っているのも事実だがそれ以上にわからないでいる。なぜ突然こんな世界に放り出されてしまったのかを。


時間が止まり、俺と彼女だけがこの世界に残された――


 もうこの怪奇な世界に放り出されて2時間は経過していると思われるのだが、天高く登った太陽は一向に動こうとしない。そればかりか周りにいたはずの人間や動物がまるで神隠しにあったかのように消えてしまった。いや、もしかしたら俺たちが神隠しにあってしまったのかもしれない。どうやらこの時間の経過しない世界には俺と彼女の2人しかいないようだった。


 どうしてこんな事になってしまったのだろう。俺はまた記憶を遡る。そうだ、あの日からだ。この隣に座っている彼女と出会ったその日から、俺の高校生活は非日常へと変わったのだ。

 あの残暑の厳しい9月のとある日に。


 それがよかったのか悪かったのかを決めるにはまだ時間がかかりそうだが。

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