第4章:悪魔と天使

第25話:鍵の行方

 深夜、ルーヴィックはレイ・カーターの部屋を訪れた。

 そこは劇場などが集まるウェスト・エンドの一画に位置するビルの一室だった。

 かなり古い造りで廊下は汚れている(ルーヴィックの部屋よりはマシか……)。お世辞にも治安が良いとは言えないが、貧困層からすれば天国だろう。ただ、大学教授の息子が住むような場所ではない。

 すでに人気のない階段を上がり、廊下を歩くと、彼の靴音がやけに響く。

 部屋の前まで来て、彼は紙に書かれた部屋番号を再度確認すると、ノックする。

 しばらく待つが、反応はない。

 構わず、数回ノックするが、相変わらずの無反応だ。

 留守……いや、すでに別の場所へ避難した可能性もある。しかし、その可能性は、彼がノブに手をかけようとして、気付いた『物』によって打ち砕かれる。


 

 十字架が転がっている。


 正確には十字架だった物が。扉に掛けていた物が落ち、強い力を加えられたかのように捻じ曲げられていた。

 ルーヴィックは心の中で自分の予想が外れていてくれ、と願いながら、ジャケットのボタンを外して銃を取り出し、ノブを捻った。

 扉は抵抗なく開かれる。その瞬間、微かだが硫黄の臭いと共に異臭が漏れてくる。ただ、中は真っ暗で、人も悪魔もいる気配がない。

 ゆっくりと警戒しながら入ると、中央のテーブルに突っ伏すような形でいる人影があった。

「おい。レイ・カーターか?」

 反応はない。

 さらに近づいて、ルーヴィックから悪態が漏れる。構えていた銃を下ろし、その人影へと歩み寄ると、そこには服を着たまま黒焦げになった死体があった。ハッキリとは分からないが、着ている物や骨格からおそらく焼かれたのはレイ・カーターだろう。

 異様な死に方である。全身が焼かれているにも関わらず、服は焦げてすらいない。人間業ではないだろう。リチャード・カーターと同じ方法かまでは分からないが、同じようにその息子も殺されてしまった。同じ物のせいで。

 一応、周囲を確認するがキューブらしき物はない。

 大学で襲撃した悪魔が、彼の居場所を見つけ出して殺害。キューブを持ち出したのだろうか……? しかし、どうやって見つけ出したのか。簡単に見つけることができるのなら、とっくの昔に殺されて奪われていたはずだ。そうでなくとも、ヘンリー達が先に見つけていてもおかしくはない。今夜、見つかったのには理由があるのだ。昼に襲われたことも。

 死体から目を逸らすと、テーブルの上には香炉があった。すでに燃え尽きているが、鼻を近づけてみると異臭はここから放たれているようだ。

 ルーヴィックはレイだった死体に手をかざし、祈りの言葉を唱えた。


 願わくば主よ。この憐れなる者の魂をお救いください。


 悪魔を恐れ、それでも父親から託された物を守ろうとした。もう少し早く来ていれば、いや、レイを探すことをもっと優先していれば、この青年は死ななくても良かったかもしれない。殺される瞬間、彼はどんなことを感じたのか。怖かっただろう、悔しかったろう。

 レイの無念を考えると、ルーヴィックは悔やみきれない。

 椅子に腰を掛けて大きくため息を吐いた。

 悪魔との戦いやヘンリーのこと、それに加えてレイを助けることができなかったことなど、一気に疲れが襲ってくる。心が折れそうだ。何をやっても裏目に出てしまう気持ちになってしまう。

 ヘンリーに選択を誤ったと言ったが、それは自分に言った言葉でもあった。モルエルの死もレイの死も、避けられたのではないだろうか。もっと慎重に考え、行動していれば、こんな事にはならなかったはずだ。いったい自分は何を見て、何をしていたのだろうか……。

 マイナスの感情が止めどなく溢れ出てくるのを、自分自身に舌打ちをすることで喝を入れて切り替え、立ち上がる。壁を見るとレイの必死の抵抗だったのだろう。いくつもの十字架が打ち付けられていたが、それら全て、まるで無駄な抵抗とでも嘲笑うかのように、逆さを向けられていた。



 レイの部屋を飛び出したルーヴィックが向かった先は、ウィンスマリア教会だった。

 指輪と鍵が悪魔に奪われた。そうなれば残るは地獄の門本体だ。

 それを封印するアントニー司教が狙われる可能性が高い。

 到着して乱暴に扉を叩いていると、ゆっくりと小窓が開かれる。

「ど、どちら様でしょうか?」

 明らかに怯えた声(深夜にいきなり扉を何度も叩かれれば当然だ)だが、聞き覚えがあった。ユリアだ。ヘンリーとの決別の後、ユリアは教会に帰ってきていたらしい。

「シスター・ユリア。俺だ!」

「ブルーさん? 脅かさないでくださいよ! お化けかと思いました~」

 顔見知りに安どのため息を漏らすユリア。昼間は悪魔と戦い、先ほどは悪霊を祓ったのに、お化けに怯えることなどないだろうに。

 ルーヴィックが要件を言おうとすると、それよりも早くユリアが口を開く。

「分かりました。アントニー神父に取り次ぎますので、少しお待ちください」

 ヘンリーとのやり取りを見ているためか、事の重大さが理解できているようで、ルーヴィックの様子を見てすぐに察してくれたようだ。

 ただ元来、のんびりな性格らしく、アントニーに話しを通すまでにかなり待たされることになったが。

「おせー。もう一回、寝入ったんじゃねぇだろうな……」

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