第10話お祭り編 ~攻略~

夕方の空にパンパンと音だけの花火の音が響いている。

「俊!早く!祭り始まるぞ!」

浴衣に着替えた葵が俺が着替え終わるのを今か今かと落ち着きを無くして待っている。今日はこの辺では一番大きな祭りの日で葵は朝からソワソワしていた。何しろ相当前から浴衣を準備して夏休みを待ちわびる小学生の様に楽しみにしていたからだ。

「ちょっと待ってよ……」

 動画を見ながら何とか葵には浴衣を着せたけど……。これが自分が着るとなると本当に難しい……。

 俺は父さん達の寝室で、唯一ある姿見を見ながらお腹の前で何度もやり直し、やっと帯を結ぶと背中に回して何とか形付た。そしてようやく出来たことに大きなため息をついた……。

 ───疲れた…………。

「俊?出来た?」

 葵が顔を覗かせる。着替えている間中何度見にこられたことか……。

「出来たよ」

 俺は苦笑いして葵を見る。

「……俊……やっぱり良く似合う」

 葵がそばまで来ると俺の肩を持って

「俊は絶対生成りが似合うと思ったんだ…。すごく可愛い」

 嬉しそうに笑った……。

 ───それは…19の男に向けた褒め言葉だろうか…………。

 濃紺の浴衣を着て適度に開いた胸元からキレイな鎖骨が見えて…俺から見たら葵の方が余程……ドキッとする程色っぽくて…浴衣が良く似合っている……。

「─俊……」

 葵が色っぽい目付きで見つめ、俺の顎を持ち上げるといつもの様に口付けた。熱い舌が俺の全てを絡め取る様に蠢いて思わず声が漏れる……。

「───脱がしたい…………」

 俺の耳元で葵が囁いた……。

 ───え…………?

「ちょっ…ちょっと待ってよ!」

 ───待て待て待て!!…冗談じゃない!どんだけ苦労して着たと思ってんの!?

「……なんで?」

 俺の首筋にキスをしながら葵が聞いてくる。せっかく着た浴衣がはだけ始めて俺は本気で焦りだした。

「なんでって……やっと着たんだけどっ!」

 俺は珍しく葵の身体を押し退けた。

 すると葵が面白くなさそうに俺を睨みつける。

「浴衣なんかまた着ればいいじゃん……」

 ───いやいやいや……簡単に言い過ぎだろ……

「葵だって…早く祭り行こうって言ってただろ!?また同じ時間待つの!?祭り終わっちゃうだろ!?」

 俺はこれ以上葵の機嫌を損ねない様に言葉を選んで説得した。これでまた着直すなんて事になったら…絶対心が折れる!

 葵はしばらくの間何かを考える様に俺を睨み付けていたが、ふと少し強めの力で俺の肩を押した………。

 「……………え…………?」

 俺はバランスを崩し父さん達のベッドに倒れ込んだ。葵がベッドに膝をつき俺に覆い被さると

「俺とするの………嫌だってこと………?」

威圧的に見下ろす………。

 ———違う!違う!……確かに今すぐしたいかと言われれば『したくない!』でもそれは『浴衣を着直すのが嫌』なだけで…………。だって……本当に大変だったから………。

 だけど…俺はこうなった葵にそんな道理が通じないのをちゃんと解っている………。焦る頭でこの場をどう切り抜けるか考える。

「そんなこと言ってないだろ?……今は時間無いし……俺は帰ってからゆっくりしたいなって………」

 俺の言葉に葵は首を軽く傾げ俺を訝しげに見つめ

「それもそうだけど………」

ポツリと呟く。

 ———ナイス!俺!それでも少しは葵の扱い方が上手くなってきた気がする………

 しかし………葵の顔が近付いてきて、再び俺にキスをして首筋に舌を這わせる………

「今もして……帰ってからもゆっくり…すればいいじゃん……」

 そう言うと首筋にキスをして軽く歯を立てた。

 ———確かに…………………

「———あっ……ん………」

 思わず声が漏れる……俺の弱いところをよく解ってる………。

 ———全然…ダメじゃん……俺………葵の攻略……全然出来てないよ……。

 落ち込む俺に気付きもせず……葵の長い指が浴衣の裾を捲り俺の下着の中に滑り込んだ…………。


 「俊!早くしろよ!」

 葵がまた俺の着替えを覗きに来て呆れたように戻って行った。俺は何とか帯を結び終え形を整える。

 ———さすがに2回連続で着ると少しは早くなるな………。

 さっき着た時には無かった首筋の赤いアザを鏡に近付いて指で触る。浴衣だからどうやっても隠せない。俺は小さくため息をつき肩を竦めると

「お待たせ」

と、葵の元へ向かった。

「遅いよ!早く行こう!」

と嬉しそうに笑う葵に思わず苦笑いする。

 ———いつか……葵を攻略出来る日はは………来るのだろうか……




 

 

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