ジャパンカップロードレース 現地観戦

 14/14周


 最終周の古賀志林道。

 ここは1周10.3kmのコースの中で、名物スポットとなっている約1kmのつづら折れの上り坂。


 1周目からハイスピードで始まり、何度も振るい落としが掛かった激しいレースは、13周目で十数名の選手の勝負に絞られてたように見えた。


 俺は古賀志林道の頂上の少し手前、つづら折りを上ってくる選手達をわりと遠くから確認出来て、走りを長く見る事が出来る絶好の場所でレースを観戦していた。


 スタートゴール地点では実況放送も聞けて、ハイビジョンテレビでレース展開を観ながら観戦出来るんだけど、俺の観戦場には情報がほとんど無い。

 その代わりに、手を出せば選手に届くような距離で、息遣いまで感じながら観戦する事が出来る。

 そしてこの辺りは鈴なりの観客達で埋まっていて、熱気に包まれている。


 ★


 ジャパンカップ。

 栃木県の宇都宮市で毎年行われてきたアジア最高峰のワンデーレースが10月16日に行われた。コロナ禍の影響で3年ぶりの開催となる。

 世界の第一線で活躍するトップ選手たちの戦いが日本で観れる唯一の大会で、毎年大勢の観客が足を運ぶ。特に今年は、例年以上に海外勢も本気で勝負に挑んでくるという情報が前々からあった。

 俺が現地で観るのは十数年ぶりだ。


 ジャパンカップは、1990年に自転車の世界選手権がアジアで初めて宇都宮市で開催されて、その2年後にメモリアル大会としてスタートしたんだ。

 俺もその世界選に出場してたんだぜ。種目はトラックのポイントレースっていうレースと4人で先頭交代しながら走るチームロード。

 本当はこのコースを走る個人ロードに出たかったんだけど、選考レースで負けちゃったから出られなかった。

 世界選の時はジャパンカップと逆周りだったんだけど、練習や合宿で何回も走ったコースで、思い入れがあるコースなんだ。


 ★


 先導の白バイが現れた。先頭集団がもうすぐやってくる合図だ。

 これまでは先導バイクは2台だったが、最終周はそれまで分散していた10台近いバイクが一斉にやってきた。

 バイクのスピード感と唸る音は迫力満点で、緊張感が高まる。


 車体の上に黄色いフレームの自転車を積んだ黄色のマビックカー(※)が勢いよく通り過ぎる。

 いよいよだな。


 レースは130kmを超えた。

 前の周で十数名の集団の中で少し遅れかけながらも渾身の力を振り絞って俺達の前を通り過ぎた唯一の日本選手、日本のチャンピオンジャージに身をまとったユキヤは、この集団に残れているのか?

 いつもはチームのエースを献身的にアシストするユキヤは今日は2枚エースの1人で、その役割を懸命に担っている。


 つづらの下の方に選手が現れた。一人だ。ピンクのウェアー。速い!

 少し間があいて、縦に伸びた集団。速い!

 ユキヤはいるのか?


 少し離れている。懸命に前を追っている。


 俺達の方に向かってやってくる。

「ユキヤ!」

 あちこちから声が飛ぶ。

 大きな声での声援は慎むように言われていても、皆、声を出さずにはいられない。

「ユキヤ!」

 テレビではよく観ている背中も実際に見ると小さく見える。独特のフォームから溢れ出る強い意志とエネルギーを感じる。

 懸命に身体を動かしている。


 ここに出場している日本選手はこの姿、観れないよな。それは仕方ないにしても、出場してない選手はもっと見ろよって思う。世界を目指す若者達には、こんな生ユキヤの姿を観てほしいって思うんだ。

 テレビでは分からないものがあるぜ。いつまでも見れるものじゃないぜ。

 感じてほしい。感じて動いてほしいんだ。


 姿が見えなくなる。この後レースはどう動くのかは分からない。


 ふうこが書く小説だったら、上りで少しバラけた集団は下り切ってしばらくした所でまた10人ちょっとが一塊になるんだ。1人逃げていた選手も捕まって、ゴール勝負だ。

 ユキヤのチームメイトが1人残っているから彼が上手くユキヤをリードアウトして、ゴールラインで大きく両手を上げるのは我らがユキヤだ!


 小説ならいくらでも好きなように作れるんだけどな。

 実際のレースは最後までどうなるか分からない。

 俺達がゴール地点に戻る頃には、もうとっくに勝負の決着が付いている。


 ★


 ユキヤは11位だった。

 ピンクのジャージが逃げ切って両手を高々と上げた。

 後ろは集団としてまとまらず、2〜3人のグループに分かれて前を追う形となった。

 最後は俺が望むような展開にはならなかったけれど、最後の古賀志林道で観たものは、例え結果がどうなっても変わるものではない。


 そして、このレースの中には色んな顔があった。今年現役を退く選手、初めてナショナルチームに選ばれた選手、力を出し切れた選手、不運に見舞われ何も出来ずにレースを降りた選手。

 応援している選手達を現場で見れて、映像では伝わってこないものを感じられたのは良かったな。


 レースは酷だ。それがレースだ。

 1つのレースの中に一人一人の人生がある。上手くいってもいかなくても、本気で臨んだものは、これから進んでいく糧に必ずなるはずだ。



 現地で観て、翌日は録画テレビを観れるなんて贅沢だ。現地では見れなかった展開や色んな選手の走りも観る事が出来た。

 ユキヤ以外の日本選手の中にも光る走りがあちこちにあった。

 現場で見たからこそテレビを観て感じる事もあったんだと思う。


 ★


 3日間のイベントの中で、このレースの前日に自転車レースに人生をかけてきた1人の日本人選手の引退セレモニーが行われていた。


 フミ。

 長年に渡って世界で戦い、その走りで日本選手も出来るという事を示してきた選手。

 本当は昨年のこの大会を引退レースと決めていたそうだけど、昨年は大会が中止になってしまったから、その功績を讃えられる場が失われていた。

 今の思いや今後の事を、フミ自身が皆に伝えてくれて、良かったな。

 フミ、泣いちゃってた。

 今回、こういう形でファンと交流しながらセレモニーが行われた事は、俺もすっごく嬉しかった。



 ジャパンカップ、ありがとう!




※マビックカー:このレースでのニュートラルカー。ニュートラルカーとは中立の立場で全ての競技者に等しくサービスを提供する自動車・オートバイのこと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る