夢のマイヨジョーヌ

「ツール・ド・フランス ファム」

 新しい形で初開催となった女性版ツール・ド・フランス。

 男子のツール最終日、男子レースがシャンゼリゼ通りに入ってくる前に、その同じ場所で女子のレースが開幕した。

 男子が21日間なのに対し、女子は8日間だけれど、平坦ステージ、丘陵、グラベル、厳しい山岳ステージと、様々なコースレイアウトが組み込まれ、内容はとても濃い。

 全24チーム、144名の女子選手たちがパリに集結した。


 ここ数年の間に女子のロードレースのレベルがグッと上がり、テレビ放映なども多くなってきた流れの中で、遂に世界中に注目される形で「ツール・ド・フランス ファム」は幕を開けた。


 日本でも毎日3時間位ライブ放送があって、メディアでも取り上げられた。


 私がロードレースに夢中になっていた30年位前にも、世界には女子の大きなロードレースもあったけれど、その情報はほとんど無くて、遠い遠い世界だった。

 日本で行われた国際ロードレースに招待されたり、2000年の日本で行われた世界選手権に来日した世界のトップ選手の走りを目の当たりにして、憧れの目を向けていたものだ。

 あんな風に美しく、強く、速く走りたい。

 アルプスやピレネーの美しい山岳コースにも憧れていた。


 けれど、世界は遠かった。

 そこに踏み出す勇気も実力も無かったから夢のままに終わった世界だった。


 女子のロードレースってどんな印象かな?

 自転車レースは男のスポーツっていう感じがするかな?


 私が大学時代に自転車競技を始めた時は、男の競技って感じが強かった。

 日本の競技人口は少なくて、レースも男子のおまけでやってる感が否めなかった。

 私の大学の自転車部には他に女子はいなかったから、ひたすら男子に付いて頑張って走ってた。


 転ぶ、危ない、過酷、汗まみれ。

 機材を使うスポーツである事も女子には敬遠される理由の一つだろう。

 男子に比べて迫力も無いし、少人数のレースは観ていても面白くない。

 やってる本人は無我夢中で虜になっていても、きっとそんな感じだったと思う。



 時代は変わった。

 今回、ここに挙げる選手も実名でいきます。



 1987年にオランダで生まれた一人の少女。デビュー時は誰よりも年少で、ツール・ド・フランスのマイヨジョーヌに憧れを持っていたという。

 彼女は19歳の時に小集団のスプリントを制して世界チャンピオンに輝いた。

 マリアンヌ・フォス

 まさしくオールラウンダー。どんなコースのロードでも、トラックでも、シクロクロスでも、何をやっても勝っていた時代があった。

 そして多くの若手選手がフォスの活躍を見てプロ選手を志した。

 女性のサイクルスポーツを大きく発展させてきた人物。


 マリアンヌ・フォス!

 女子自転車界にとっては特別な存在。


 3年前に私が走った台湾KOMヒルクライムレースで間近で見たフォスの姿と走りは、本当に美しくスマートでカッコよかった。


 世界では、ここ数年の間に若くて強い選手が沢山出てきて、フォスが勝利出来るレースは限られてきたけれど、彼女が勝てるチャンスがあるうちに、ツールの女性版が幕を開けた事に大きな意義を感じた。


 フォスが少女の頃に抱いた大きな夢を、実現させるチャンスがやってきた。

 ラスト2日間の厳しい山岳ステージが大きな鍵となるこのレースで、総合優勝は厳しいだろうけれど、例え一日でも、最もマイヨジョーヌに袖を通してほしい選手。多くの人達がそう思っていただろう。


 最初のステージは惜しくも2位、次のステージをゴールスプリントで勝利し、マイヨジョーヌを着用した姿に鳥肌が立った。

 8ステージのうち、2ステージを勝利し、3日目から4日間マイヨジョーヌを着続けたフォス。


 ツールが間に合ってくれた。フォスが勝てなくなってから開催されてたら、それは遅すぎだと思えただろう。良かった。


 勿論、フォスが登場する前にも女子レースを牽引してきた偉大な選手達やスター選手はいた。

 何度も世界チャンピオンに輝いている選手や、日本で行われた世界選ロードで独走優勝した選手も、別の日本のレースに招待されて、同じレースを走った事がある。

 そうした体験は何物にも変え難く、自分を大きく成長させてくれるものになった。


 そんな時代を経て、今がある。


「ツール・ド・フランス ファム」


 女子のロードレースが世界中で、これほど大々的に取り上げられたのは初めてだと思う。

 これまで、それほど注目されない中で頑張ってきた選手達が注目を浴び、沢山の声援を受けながら8日間を走り抜いた。


 これまで「ツール・ド・フランス」という男の世界は、少女たちにとって夢見る事しか出来なかったけれど、今、その夢の中を走る事が可能になった。


 まだまだ課題は沢山ある、と選手や関係者は口を揃える。

 それでも、第一歩を踏み出せた事に大きな意義を感じる。


 テレビを通してこのレースを観て一番感じた事。

 男性と同じようなレースは出来ない、というのではなくて、女性には女性ならではの男性には無い素晴らしさがあるという事。


 勿論、女性とは思えないようなスピードや爆発力を兼ね備えている選手もいるけれど、男性には敵わない。

 だけど、可愛らしくて美しくて、華奢な選手が男性顔負けの力を発揮したりすると、容姿とのギャップに痺れたり。

 華やかなウェアー、長い髪を靡かせて走る姿、女性ならではのプロトンの美しさは、男性とはまた違った魅力がある。


 出場選手達のレベルの差もある為か、落車も多く痛々しい場面も多々あった。

 女性には不向きなスポーツ?

 いやいや、何度も落車やトラブルに巻き込まれながらも、悲壮感を漂わせる事なく、笑い飛ばし、最後まで走り切った選手が何と多かった事か。

 強い。そして美しい。

 こんなに過酷な競技を前向きに笑顔で楽しんでいる彼女達を見て、このスポーツの素晴らしさを感じた人は多かったんじゃないかな?


 今回は残念ながら日本選手の出場は無かったけれど、今から7年前、私の心の中にいつまでも残り続けるだろう歴史的快挙があった。


 これまで女子にはツールが無かったから、世界最高峰の女子ステージレースはイタリアが舞台の「ジロ・ローザ」(現在はジロ・ドンネとして開催中)だった。

 10日間のステージレースの中の7日目、厳しいステージで日本人のマユコが独走勝利を挙げた。

 マユコは序盤から数名で逃げ続けたが、人数を減らしたプロトンに終盤で吸収された。しかし、ラスト25キロ地点で再びマユコは単独でアタックし、独走で逃げ切った! 大きな大きな勝利!


 その知らせは自転車界では大きく報道され、画像も流れ、それを観た私は鳥肌が立った。

 何て素晴らしい勝利!

 多くの日本人の夢を現実にしたマユコ。忘れられない一コマ。


 彼女はもう引退してしまったけれど、現在、世界最高峰のワールドチームで活躍中の日本選手エリが先日、フランスでの3日間のステージレースで総合2位に輝いた。



 今や叶わぬ夢舞台では無くなった。

「ツール・ファム」やエリの活躍を見て、日本の若い子達にも夢や憧れの気持ちを現実にしていってほしいなって思う。


 これまで私が書いたロードレース関連の小説は男の世界を描いていた。

 何だか女子の世界はちょっと書きにくい感じがしていた。女子だと一歩引いた所から書けないっていう感じかな? 

 でも、何か書きたいと思っていて。

 実は今、ちょっと書き始めてるんだけど、もし見通しが付いたら連載を始める

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