好きだった人がトラウマになったので彼女はしばらくいりません

ナナツキ

第一話  誰にも知られたくない



 誰にでも、人には見せられない自分が居ると思う。


 どんなに親しい友でも、家族でも、恋人でも見せられない自分が。


 人間は、そんな自分を相手には見せないように生きている。いつだって人は自分の綺麗な部分だけを見せて、自分の汚くて、醜い部分は隠しておく。


 

ありのままの自分なんて、受け入れてもらえるはずないのだから










「ひーくん!遅いよ!」

「ごーめんごめん!急ごう!」


 息を上げながら急いで玄関のドア閉じ、しっかりと鍵を閉めてから待っていてくれた由美と走って駅へと向かう。


「これで遅れたら全部ひーくんのせいね」

「わ、悪かったよ。なぜか目覚ましが鳴らなくてさ...ていうか先に行ってもよかったのに」

「えー!ひーくん、なんでそんな酷いこと言うの?」


 そう言って少ししょんぼりしているのは幼馴染の蔵馬由美。家が近く親同士の仲がいいのもあり小さい頃から遊んでいた。小中高と同じ学校に通っている。

 ちなみに、ひーくんというあだ名は俺の名前、東堂響の響から頭文字をとってひーくんだ。


「そんな顔しないでよ。てか俺普通のこと言ったつもりなんだけど…」

「ひーくんはこんな可愛い幼馴染を一人で朝の満員電車に乗せる気なの?」

「可愛いて自分で言っちゃうんだ」


 と、言いつつも可愛いのは否定しない響。

 由美は黒髪を肩の辺りまでのばし、スカートを少し短めに履いている。

 そしてどこか幼さを残した、童顔のとても可愛らしい印象を受ける顔。身長は155センチで出るとこは出て引っ込むとこは引っ込んでいる。


(まぁ、たしかに見た目は完璧だよなこいつ)


「私が一人で満員電車乗ったら周りの大人達に押し潰されちゃうよー」

「はは、たしかにそうかもな」


 少し小柄な由美がもみくちゃになりながら電車に乗っている姿を想像して響は苦笑した。


「だーかーら、今日も私を守ってよね!」

「へいへい、仰せのままにお嬢様」

「ふふん、分かればよろしい」


 由美の機嫌をとりつつもたわいのない会話していたら電車が来たので、二人で乗り込む。

 朝の電車は通勤通学の人々で溢れていて、電車の中は、人の熱気でサウナみたいになる。響は電車の中で言われたとうりに由美を守りながら、たちこむ人々の熱気にうんざりしていた。

 

「あぁー、これは一年経験してるけどまじ馴れない。」

「たしかにきついよねー、これ。夏になると汗めっちゃかいちゃうしさ」

 

 由美はパタパタと制服で胸の辺りをあおいでいた。


「いや、お前は俺がいつも守ってるから暑いだけでいいじゃん。俺は電車が揺れるたびに人に押されて苦しいんだよ」

「えへへ、いつも守ってくれてありがとね。ゆーくん」


 にへらと笑う由美を横目に響は不純なことを考えていた…


(まぁ守るだけなら毎朝してやってもいいけどさ.....いろいろ当たってるんだよ!いろいろと!毎朝リトル響を反応させないので俺精一杯なんですけどー!)


 響は由美を守るために電車の出入り口の扉に両手で壁ドンするような体制をとり、腕の間に由美を入れている。

 すると電車が揺れて周りの人とぶつかるたびに、どうしても由美の体に当たってしまうのだ。


 響とて健全な男子高校生。そのたびに感じる柔らかい感触に幼馴染だといっても気にならないわけがなかった。

 だが、由美は全く気にしている様子はない。自分だけこの事を意識しているようでなかなか言い出せずにいた。


(だいたいなんでこいつは平気な顔してんだよ!普通胸とか当たるの嫌なんじゃねーの!?)


 毎朝自分の理性を削られる事をしているので、響はかなり気疲れしていた。


「はぁーー」

「なんでため息!?私変な事言った?!」


 お前のせいだよ!と言いたいところだがここはグッと我慢する。


「...お前にはわからんでいい」

「なにそれ。なんか悩みでもあるの?」

「なんもねーよ」

「なんもないことないでしょ。ほれほれー、なんでも言ってみ?」


 言えるわけがなかった。正面で由美が肩の辺りを突いている。顔がニヤニヤしてるので正直少しうざい。


「別になんもないって」

「ひーくんさ.....」

「なんだよ」

「......また私に隠し事!?前はなんでも言ってくれてたのに!どうせまた女の子の事だから私にいえないんでしょ!」

「お、おま!そんなじゃねーよ…」

 

 女の子の事といわれればそうなので、少し図星をつかれた響は思わず目をそむけた。


「目そらした!やっぱり女の子の事なんじゃん!」

「だから違うって…」

「ねぇ正直に言いなよ。あの先輩事なんでしょ?最近仲良いよね。ひーくんかっこいいから、色んな子にモテるもんね...」

「あの先輩って...華菜先輩のことか?」

「うん」


 由美がなぜ華菜先輩のことをこんなにも気にしているのかは分からない。だが響としてもこのまま勘違いされているのも良くなかった。


「華菜先輩は関係ねーよ」

「.....本当かなー?」

「本当だって」


 由美が疑り深そうな目線で目上げてくる。響も信じてほしい一心で今度は目を逸らさない。

 しかし、お互いにしばらく目をそらさなかったので、見つめ合うような形になってしまった。

 

「あ、あの...ひーくん?」

「何だ?」


 見つめ合っていると少しずつ由美の頬が赤くなっていた。


「あの、その...そんなに見つめられると...恥ずかしいんですけど」

「え!?ああ、そうだよな...ごめんごめん」


 さっきの態度とは一変、もじもじしながら顔を下に向けていた。響も由美にあんなこと言われ小恥ずかしくなり、すぐに目線を外の景色に映す。


「ねぇひーくん、悩み事...言いたくなったらいつでも言ってね?私、絶対相談乗るから!」

「ああ、ありがとう」


 響は笑顔で返す。しかし、由美の顔はあまり晴れていない。


「もしかしてだけどさ....その隠し事、あの事に関係ある?」

「…違う」

「あれはさ、絶対ひーくんのせいじゃないよ」

「ああ....わかってる。もう気にしてないよ」


 由美の気遣いがとても嬉しく感じると同時に少ししんみりした雰囲気になってしまった。

 話題を変えようとしていると、隣の方の座席から男女の声が聞こえてきた。


「ねーねー、きーくん!私、この電車暑くて死んじゃいそー」

「大丈夫か?おそらく僕の君への愛がこの電車を情熱的に暑くしてしまっているのだろう!」

「きゃー!きーくんかっこいい!私も、あ、い、し、て、る」

「ははっ、僕もだよ」


 今にもキラーンという効果音つきそうな笑顔をきーくんというのがしている。

 由美は「マジか、こいつら」と言いたそうな顔になっている。その正面で響は今にも殴りかかりそうな顔をしていた。


(死ねよバカップル。朝からお暑いこった。人目も気にせずイチャイチャしてなんになるんだ?というか会話に知性を感じない。こんなんじゃ猿と同レベルだ。自分達を客観視できていないんだろうなぁ。こんなんだからカップルは嫌いなんだよ...

 だいたい....きーくんってなんだよ!なんてバカみてーなあだ名だよ!!)

 

 ひーくんは我を失っているようだ。自分がなんと呼ばれているかも忘れてしまっているらしい。


(まじで気分悪りぃな、もういかんな、イライラしてしょうがない。とにかく彼氏の方をなんとかしないと…

 顔をぶん殴るか?いやいや、手を出すのはまずい、しかし早くきーくんをどうにかしないと本当に手が出てしまいそうだ。

 きーくんか……そうだ、彼氏の名前をきーくんのきから取ってキンタマだと思うことにしよう。なんだかそうゆうことにしたらまったくイラつかない気がする。)


 我を失っている響の辞書には道徳という文字はなかった。そんな極限状態の響には二人の会話もこう聞こえている....


「きーくんはさ、かっこよくてあっきいよね!(背が)」

「ふっ、ありがとう。中学生から急に大きくなり始めたんだ。(背が)その頃から女の子には困らなかったかな。」

「成長期だったんだね!おっきくて(背が)かっこいいきーくんが、私は大好きだよ!でも、きーくんのことは誰にも取られたくない.....」

「あっはは、大丈夫、僕は君だけのものさ!」

「きーくん!❤️」


 ◇響視点◇


「きんたまはさ、とっても大きいよね!」

「ふっ、ありがとう。中学生の頃から急に大きくなら始めたんだ。その頃から女の子には困らなかったかな。」

「成長期だったんだね!おっきくてかっこいいキンタマが、私は大好きだよ!でも、キンタマのことは誰にも取られたくないよ....」

「あっはは、大丈夫、僕は君だけのものさ!」

「キンタマ!❤️」


(やべぇ、イライラはしなくなったけど次は吹き出しそうになってきた。そして、彼女がただの変態になってしまった)


 表情筋に力を入れていないと顔がにやけてしまいそうになる。その様子を見た由美は怪訝そうな顔をして言った。


「ひーくん?なんか顔怖いよ?」

「そ、そうか?別に普通だぞ」


 なんとか笑を堪えながら返す。だが完璧には誤魔化しきれずひきつった笑を浮かべていた。


「ふぅーー」


 深く息を吐いてなんとか自分を落ち着かせる。


 

 東堂響には誰にも見せられない一面があった。それはこの世のカップルを心の底から毛嫌いしていることだ。理由もなく、カップルというだけで、心の底から嫌悪感が湧き上がってくる。

 この一面は生まれた時からあったわけではない、高校一年生の最後あたりからこの状態になってしまっていた。


(これ、ほんとにやめないとな。また自分がしょうもない人間だってバレてしまう。さっきのだってただ嫉妬しているだけじゃないか....)


 さっきまで自分が思っていた事に嫌悪感が湧いてくる。こんな自分は誰にも知られたくない。


(せめて由美には知られないようにしないと。さっきは怪しまれてしまった。俺は顔に出やすいから、気をつけないといけないな)


 そう覚悟を決めて由美に目線を移すと同時に電車のアナウンスが聞こえた。

 

「はぁーやっとでれる」

「この熱気とやっとおさらばだ」

「夏になると今より暑いんだよね、耐えられそうにないやー」

「考えたくもないな....」


 ゆっくりと電車が減速し、周りの人達から押されるが、それに響は足にしっかりと力を入れて耐えた。電車の扉がひらいたので先に由美から降ろしてその後に続いて降りる。


「ひーくんさ、今日もあの先輩のとこよってくの?」


 ふと由美が足を止めて、振り返りながら聞いた。


「ああ、行くつもだけど…というか正式に部活に入ろうと思ってるよ」

「そっ、か……」

「ていうか、しゃべってないであんまり時間ないから急ぐぞ」


 響は制服で胸の辺りをあおぎながら答えて、由美を追い越し足早に駅のホームを進んでいっく。

 その背中を由美は無表情で見つめていた。しかしその目には、響の前では見せない強い嫉妬と独占欲と執着を混ぜた冷たい感情が宿っていた。

 






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