第53話 あの星の王子様(6)




「————それでね、雛ちゃんやっぱりアノ星に嫁ぐことにしたんですって」


 麗音がその話を聞いたのは、雛の両親が許可をした翌日のことである。

 信じられなくて、確認するのも怖いくらいだった。


「雛ちゃんって、生まれた時から只者じゃないから……将来どんな人のお嫁さんになるのかと思ったら、まさか宇宙人が相手だとは思わなかったわ。それも、王子様よ? おとぎ話みたいよねぇ」


 雛の叔母——麗音の母は呑気に夕食の準備をしながらそう言っていたが、麗音はそれどころじゃない。

 これで完全に、雛を星野に奪われてしまった……と、ショックで立ち直れそうもなかった。

 フラフラと家を出て、行くあてもなく歩いているといつの間にか麗音は宇宙船O3の前に……


「麗音さん!? どうしてここに!?」

「ああ、ごめん。なんか気がついたらここに来てて————……っていうか、何してるの?」


 エイリと執事は荷物の整理をしているようだった。

 大掃除でも始めたようで、地球で買った不要になったものをゴミ袋に詰めている。


「アノ星に帰るんです。実は、父上が病気で……候補探しの締め切りが近いんですよ」

「そう……候補探しの……————って、ことは、エイリくんも誰か見つけたの? 嫁候補」

「いえ、俺は最初から兄さんが継ぐべきだと思っていたんで、辞退するつもりです。兄さんの候補が決まってしまったし、俺はもうこの地球にいる意味がないので……麗音さんと会えなくなってしまうのは、心苦しいんですけど」


 エイリとしては、麗音と会えなくなるのは寂しいが、仕方がない。

 兄がアノ星に戻るより少し先に戻って、兄を支える手伝いをしなければならないのだ。


「…………ねぇ、エイリくん」

「なんです? 麗音さん」

「一つ、お願い……というか、提案があるんだけど————」


 麗音は何か思いついたようで、ニヤリと笑った。

 エイリはその悪い微笑みにドクンと心臓が高鳴る。

 エイリが自分に思いを寄せていることを、麗音は理解している。

 だからこそ、それを利用した。



「あのね————……」


 麗音はスッとエイリに近づくと、耳元で囁いた。



 * * *



 九月中旬のよく晴れた日の朝、小鳥遊家の庭に、宇宙船O1が泊まっている。


「それじゃぁ、ママ、パパ、勇兄、仁兄……叔父さん、叔母さん、おばあちゃん私、行くね」

「おお、気をつけてな」

「元気でね、雛ちゃん」


 荷物を宇宙船O1に運び入れたあと、雛は家族に別れの挨拶をした。

 そこに麗音の姿はなく、雛は叔母に麗音について尋ねてたが、叔母は首を横に振る。


「どこで何をしてるのか……ここ最近、家に帰って来ないのよ。大事な用事があるからしばらく友達の家に行くって、出て行ったきりで————」

「そうなんだ……連絡は、取れてるの?」

「ええ、たまにだけどね。いいのよ雛ちゃん、きっとそのうちあの子は帰ってくるから————なんの心配もいらないわ。気にせず、アノ星に行って大丈夫よ」


(麗音……)


 叔母は気丈に振る舞っていたが、雛は少し気がかりだった。


「ヒナ、そろそろ行かないと……」

「うん、そうね」


 星野が雛に声をかけ、雛はみんなに深く一礼すると、O1に乗り込んだ。

 窓から手を振る。

 父と母は瞳に涙を浮かべながら、懸命にその姿を目に焼き付けていた。


「まさか……あの子がこんなに早く————俺はこれから、どうすれば……」

「大丈夫よ、パパ。相手は宇宙人でも、あの星野くんだもの。雛のことを心から愛してくれているし、それに、王子様なのよ? きっと何不自由なく暮らせていけると思うわ。あんなに地球人とよく似てるんだから、きっとアノ星も地球と似たような星のはずよ」


 兄二人はもう見ていられず、男泣き。


「雛、俺の可愛い妹がぁぁぁぁ」

「ちくしょう! 絶対幸せにしろよ!! しなかったら許さないからな!!」


 地上から離れて行くO1に向かって、泣きながら叫んでいた。


 一方で、船内から見えなくなるまで地上の様子を見ていた雛の肩を、星野が優しく抱くと、雛はポロポロと涙を流し、目を真っ赤に腫らしている。


「しばらく会えなくなるけど、ずっと会えないわけじゃないから……そんなに泣かないで、ヒナ」

「うん……わかってる。私、約束した通りちゃんと王様に認められて、おばあちゃんが元気な間に、ひ孫にあわせてあげるんだ。だから、向こうでいっぱい頑張るよ」

「……ひ孫か。じゃぁ、さっそく今から頑張っちゃう?」

「へっ!? 何言ってるの!? まだアノ星にも着いてないし、王様に会ってもいないのに!?」

「既成事実ってやつがあれば、流石に父上も————」

「ば、バカぁ!! 星野くんのバカぁ!!」

「バカって、ひどいなぁ……!! これでも僕、王子だよ!?」


 逃げる雛を、星野は追いかけ回し、船内をぐるぐると回る二人。

 相変わらず乳繰り合ってるなぁーと思いながら、シッジーは二人に釘を刺した。


「すみませんが間も無く大気圏に突入するので、おとなしく座っていてくれませんかお二人とも。かなり揺れるので、頭をぶつけますよ?」


 二人ともおとなしく椅子に座ると、ベルトで体を固定する。


「ヒナ、怖い?」

「うん、ちょっとだけ」


 何しろ初めての宇宙だ。

 緊張している雛の手を星野は安心させるために優しく握る。


 シッジーの言う通り、大気圏に入るとO1はかなりの勢いで揺れ始めた。

 怖くてぎゅっと目を閉じる雛。


 その揺れが収まり、そっと目を開けると————


「うわぁ……綺麗————」


 青い星、地球が暗い宇宙の中に浮かんでいる。


(本当に、地球って青いのね……)


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