第51話 あの星の王子様(4)


(別の星に……行く?)


 始業式が始まっても、雛は上の空だった。

 背の低い雛は体育館ではもちろん一番前で、校長が長ったらしい話をしている間、視線はずっと校長の頭を見ているが、考えていることはずっと星野のことだ。

 校長はカツラなのがバレているんじゃないかと気が気じゃなかったが……


(なんで……? 戻って来たばっかりなのに、どうして……?)


 星野は自分の父親が病気のため、時間がないと言ったのだが、雛はちゃんと聞いていなかった。

 他の星に行ってしまうというのが、ショックで……

 新学期が始まっても、以前のように雛がうざいと思うくらいに絡んでくるものだと思っていた。

 それが、もう少しで、またいなくなってしまうだなんて……


(それに、昨日だって、私にあんなこと……しておいて? 私に、あんなことをしておいて、いなくなるの?)


 すっかり星野がそばにいることが当たり前になってしまっていた雛は、連絡がつかなくなったあの約一ヶ月とても心配したし、寂しかった。

 何かが足りていない気がずっとして、その度に、「ああ、星野くんがいないんだ」と思うほどに。

 星野がいない日々は、すごくつまらないものに思えていたのだ。


(別の星に行って、別の……別の星の女と私にしたみたいに、するの……? 毎日、毎日、しつこいくらい好きだとか、愛してるとか言うの? 他の女に、可愛いって言うの? 私にあんなキスした口で、他の女に……同じことをするの……?)


「雛ちゃん? どうしたの?」


 始業式が終わって、皆一斉に教室に戻っているとき、隣を歩いていた女子が雛の顔を見てギョッとする。


「何かあったの!? なんで泣いてるの!?」

「え……?」


 雛は気づいていなかったが、涙が流れていた。

 周りにいた女子たちは焦る。

 どうしたどうしたと集まって来て、ハンカチを渡してくれた子もいた。


「誰かにいじめられた!? 嫌なことされた!?」

「う……ううん、そうじゃなくて……なんでもないの」

「なんでもない? 本当に? 星野くん呼ぼうか……?」

「えっ……?」


 そして、後ろの方にいた星野を別の女子が急いで呼びに行くと、星野は雛が泣いていると聞いて血相を変えて走って来た。


「ヒナ!? どうしたの!? 何かあった!?」

「な、なんでもない! なんでもないから……!!」


 心配そうに身をかがめて雛の顔を覗き込む星野。

 雛は伸ばされた星野の手にびくりと体を震わせた。


「なんでもなくないでしょ。こんなに泣いてるのに……」


 星野は雛の涙を指で優しく拭う。

 ところが、そのせいで余計に涙が溢れてくる。


(なんで……なんで私————嫌だ。星野くん)


 いつも勝手に変な妄想をして、泣いてしまう雛をこうやって優しくなだめようとしてくれる星野が、またいなくなってしまうのかと……

 別の星に行ってしまったら今度こそ本当に、もう会えなくなってしまうんじゃないかと、考えれば考えるほど悲しくなって涙が出てくる。


「いやだ……」

「……ヒナ?」


 雛は星野の制服のネクタイをぎゅっと掴む。


「別の星になんて、行かないで!! 星野くんがいないの、もう嫌だぁぁぁぁぁぁ」


 大泣きし始めた雛の声が、廊下に響き渡る。


「ヒナ……!?」

「好き……私、星野くんが好きだよぉぉぉぉぉぉぉ」

「えっ!? ヒナ!? 本当に!?」


 星野は、雛がどうして泣いているのかわかって嬉しかったが、あまりにも声が大きすぎる。


「ちょ……ヒナ、声が大きいよ……わかったから、泣くのやめて」

「うわああああああああん」

「あぁ……もう……っ!」


 星野はワンワン泣いている雛の口を、キスで塞いで黙らせた。


「キャーっ!!」

「おおおお!!!!!」

「いやああああ!!」


 それを見ていた周りの生徒たちから、歓声と拍手、悲鳴が上がる。


 驚いて、ピタッと泣き止んだ雛。

 星野はゆっくりと唇を離すと、そのまま雛の頬にキスをして、強く抱きしめる。

 そして、耳元で囁いた。


「ヒナ、僕と一緒に、嫁候補としてアノ星に来てくれる?」

「…………うん。でも、私以外はダメだからね?」

「え……?」

「浮気したら、殺すから」

「わっ……!! 痛い、ちょっと、ヒナ、折れる!!」


 雛はぎゅうっと強く星野を抱きしめる。

 星野の肋骨がミシミシと音を立てているくらいに。


「しないよ! 僕はヒナしかいらない! 離して……!! いや、離さなくていいから、ちょっと力緩めて…………お願い!!」

「あ、ごめん……」


 あまりの力強さに、死ぬかと思った。


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