あの星の王子様

星来 香文子

第一章 UFOと熊と変質者と転校生

第1話 UFOと熊と変質者と転校生(1)


「あれはUFOユーフォーだ! 間違いない!!」


 その未確認飛行物体が目撃されたのは、春休みのこと。

 晴れた空、白い雲の切れ間に突如現れた白い球体のような、円盤のような何か。

 目撃者の話によると、それは飛行機やヘリコプターでもドローンでもなく、鳥の動きとも違ったらしい。


 瞬く間に何件ものその目撃情報と、いくつかの動画や写真がSNSで出回った。

 地元メディアはこぞってその映像をテレビで流し、高性能の高画質カメラでその姿を捉えようとしたけれど、結局、はっきりとそれが何かはわからず……

 結局UFO騒動は、新年度が始まる頃にはすっかり忘れさられ、今話題になっているのは、民家の近くに熊が出た!っという、危険な話である。


(あぁ……どうしよう————)


 そして、少女は、今、その熊と対峙している。

 大きな熊が、目の前にいる。

 四つん這いの大きな熊……普通の人間が襲われたら、ひとたまりもない。

 立ち上がったら、少女の二倍はありそうな大きな熊だ。


(熊が出たって注意情報は出てたけど……まさか、出くわすなんて)


 少女は、遅刻しそうになって急いで食パンをくわえながら走っていた。

 普通こういうのは、角を曲がったら見知らぬ男子とぶつかって、彼が実は転校生で————と、典型的なラブコメが始まる流れなのだが、少女が角を曲がって出会ったのは、この熊だった。


(このままじゃ遅刻しちゃうし、でも、このまま私が逃げたら、他の誰かが襲われちゃうかもしれないわね……)


 幸い今この場に、少女以外に人はいない。

 少女はくわえていた食パンをポーンと頭上に投げると、熊がパンを追って上を向き前足をあげて立ち上がった。


 ————ドッ


 その一瞬の隙に、少女は熊の横っ腹に見事なまでの正拳突き。

 熊は倒れ、道の真ん中でのびている。


「もしもし、あの……道の真ん中に、熊みたいなのが倒れてるんですけど——……こういうのって、警察であってます?」


 熊に遭遇したのは初めてだった少女は、とりあえず警察に連絡した。


「————え、私ですか? ただの女子高生です」


 ただの女子高生————小鳥遊たかなしひなは、その小さな体には似合わない抜群の運動神経と怪力の持ち主である。

 生まれながらにして、誰よりも強い。


「早く来てくれませんか? 私、これから学校なんですけど————」



 * * *




「ちょっと! 聞いたよ、雛ちゃん!! 熊を見つけたんだって!?」

「大丈夫だったの!? 襲われたり、怪我したりしてない!?」


 警察への対応に時間がかかり、遅刻してきた雛をクラスの女子たちが取り囲んだ。

 女子の中でも平均身長より十センチは身長が低く、体も細い雛が、熊と遭遇したなんて心配でしかない。


「大丈夫だよ。確かに熊は見つけたけど、道の真ん中で倒れてただけだし……」


 心配そうに見つめるクラスメイトたちに、雛は笑いながらそう言った。

 言えるわけがない。

 その熊を倒したのが自分だなんて。


(絶対に、絶対にバレちゃダメ)


「私なんかがあんな大きな熊に襲われたら、一番に死んじゃうよ」


 笑いながらそう言った。

 本当のことは隠して。

 この学校の生徒は、誰も知らない。


 雛の父が元空手の世界チャンピョンで、母が元レスリングの金メダリストであることも、上の兄がキックボクシングの現役の世界チャンピョンで、大学生の兄が柔道の日本代表選手であることも————

 そんな強すぎる格闘家一家に生まれ、雛自身も生まれながらに誰よりも強靭な肉体と才能を持っているだなんて、誰も知らない。


「そうよね! とにかく、雛ちゃんに怪我がなくてよかったよ!」

「そうそう!! それに、雛ちゃんいまだに小学生と間違われるんでしょ? 気をつけないとね!! ここ最近、熊だけじゃなくて変質者も出てるって噂だし」

「変質者? 何それ……」

「知らないの? 夜にこの学校の近くを歩いてるとね、急にお尻を触られるんだって……」


(何それ……変態じゃん……——!!)


「うわー……マジないわ」

「キモくない? 顔とかわかってないの?」

「それが、みんな怖くて逃げちゃうから、顔も見てなくて——それに、夜だから暗いしね」


 女子たちが噂で盛り上がっていると、そこへまた一つ、別の女子が駆け込んできて新たな噂が舞い込む。


「ねぇ!! ちょっと!! 明日から来る転校生!! めっちゃイケメンなんだけどっ!!!!」



 熊の話から、変質者、今度は転校生の話へ。

 女子たちのおしゃべりは止まらない。

 雛はその中心で笑顔で話を聞いていた。

 変質者の話も転校生の話もそこまで興味はない。

 それでもこの貴重な高校生活を、青春を謳歌するためには周りに合わせなければならない。

 必要なおしゃべりだ。


「転校生?」

「あ、雛ちゃん遅れてきたから知らないよね。本当は今日からのはずだったんだけど、家庭の事情で明日から登校するんだってさ」

「え? じゃぁ、どうして顔知ってるの?」

「あぁ、さっき先生の机にあった学生証見ちゃった」


(イケメン転校生か……今朝ぶつかったのが、熊じゃなくてその転校生だったら、ラブコメが始まったかもしれないのになぁ……)




 その翌朝、雛はまた遅刻をしそうになり、食パンをくわえたまま家を飛び出した。

 そして————……



「うわっ!!」

「きゃっ!!」


 昨日熊と出くわしたあの角で、今度は本当にイケメンとぶつかった。



「スミマセンですか?」

「へっ!?」


 変な日本語を話す、やけにイケメンな高校生に————

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