38話 猫耳ママとにゃんにゃーん♡



 ベッドルームには俺と、そして猫耳と尻尾をつけたママコ(三毛猫サポーター)。


 サポーターから渡されたスマホを通して、俺はもう一人の【渋谷チャラオ】と会話していた。


「俺が……死ぬ?」


 突然の宣告。どういうことだ? そもそももう一人がいる時点で異常事態だが……。


『運営は、現状を是としていない』


「現状……」


『君がところ構わず、ヒロインたちと性行為を行っていることだ』


 ……運営はそんなことで、ママコを連れ去ったというのか。


 ふつふつ、と怒りがわき上がってくる。


「ふざけるな」

『多いに真面目さ。ふざけているのは君の方だろう? なんだい、今の君は。正直私は、ふしだらな行為にふける君を見ていて、殺意すら覚えたよ』


 電話の向こうからは、ドスのきいた低い声が聞こえてくる。聞いてるだけでぞくりとするような声。


 本気で、キレてるのがわかった。


『今の君は、異常だ。渋谷チャラオとは、そんなところ構わず女と寝るような不誠実な男じゃない。渋谷チャラオらしくない』


「いい加減にしろ。渋谷チャラオらしい、そうじゃないの議論なんてしたくない。俺の要求はただ一つ、ママコを返せ」


『……ならば、死ね』


「さっきから死ぬ、と繰り返しているが、具体的にどうするつもりなのだ? ナイフで殺すのか? 俺の代わりに貴様が、このポジションに収まるのか?」


『いや。私は所詮模造品に過ぎない。長くは生きられない命なのさ。……死ぬというのは比喩表現だ。君に修正プログラムを投与する』


「修正プログラム……だと?」


『ああ。プログラムを書き換え、君をまともな渋谷チャラオにする。今現在の記憶をすべて失い、またゼロからゲームを始めるのさ。死ぬというのは、今の君の人格が死ぬということ』


 ……ゲームだ、プログラムだ……。


 こいつも、そうなのか。こいつも……この世界をゲームだというのか……。


『要求はそれだけだ。異論は?』

「大ありだ!」


 電話向こうのふざけたやつに、俺は怒鳴る。


「なにがゲームだ、何がプログラムだ! 俺は、生きてる……! この世界で! ゲームの世界じゃない、現実の中で!」


『違う。ここはゲームさ。わかるだろう? 君だってスキルの恩恵を受けてきているわけだ。スキルに、ヒロイン。どれもゲーム的な記号。君が今怒っているのも、それは人間の感情ではなく、怒りというステータスを付与され、思考回路のプログラムが怒りを表現するように働いているだけに過ぎない。虚構なのだよ、君も、私も』


「虚構じゃねえ……! 俺は……俺も、みんなも、生きてる! 俺がママコに感じる思いも、みんなを愛おしく思う気持ちも! 全部本物だ!」


 電話の向こうから深い深い溜息が聞こえてきた。


『できれば穏便に、事を済ませたかった。サポーター氏をご母堂に偽装したのも、そのためだ。当初の予定では、ご母堂扮したサポーター氏に、君に睡眠薬を飲まして、プログラム修正プログラムを打ち込む予定だった』


 サポーターが修正プログラムを使ってこない、ということは、権限が与えられてないのだろう。


 ようするに、もう一人のチャラオが使わないと、作動しない、というふうにプログラムされているわけだ。


 ……どこまでも、なめた奴らだ。


『もう一度要求を言う。ご母堂を帰して欲しくば、指定された場所に一人で来い。そして、大人しくプログラム摂取をうけるのだ。そして……あるべきチャラオの姿に戻れ、私よ』


 あるべきチャラオの姿。

 その言い方が、気にくわない。


 チャラオというキャラクターらしくふるまえと、強要されているようで、むかついた。


「……あんたも、チャラオだったんだろう。どうして、そこまで変わっちまったんだ」


『……所詮は、運営が作り出した、模造品だからだよ。それを自覚した私に、個という概念はなくなった。私は運営の駒と理解したのだよ。役割を理解した、と言ってもいい』


 ……ああ、やっぱり駄目だ。

 俺……こいつが嫌いだ。自己嫌悪ってやつ?


「あんたの要求は飲まない。ママコは返して貰う」


『……そんなことをするなら、渋谷ママコを今ここで処分しても良いんだぞ』


「できねえだろ、てめえ……そんなこと」


『なぜそう断定できる?』


 決まってる。


「おまえが、俺だからだ」


 ママコとの思い出を、共有しているからだ。でも……こいつは、ママコを大事に思っているうえで、キャラクターなんぞという。


「おまえだってママコが大事なんだろ?」


『…………』


「愛してるんだろ?」


『……場所はサポーターが知っている。一時間、猶予を与える。その間にヒロインたちとの別れを済ませておくのだな』


 ぶつん、と通話がキレる。リダイアルしても、電源が入っていないためかからない。


「……別れを済ませておけってか。俺が死ぬことを選ぶって、確信を得てるつもりかよ」


 まあ、俺がまだ【私】だったら、やつの言うとおりにしただろう。


 だが……俺は、俺だ。


 キャラクター渋谷チャラオじゃねえ。


 俺は……俺の名前が、渋谷チャラオなだけであって、俺は俺だ!


「告。あなたのスマホに渋谷チャラオβの居場所を転送しました」


「誰だよ、渋谷チャラオβって」


「解。個体名渋谷チャラオαの複製体です」


 αが俺で、βはあいつってことか。


 はっ、どこまでもなめてやるやろうどもだ。運営も、あいつも、この猫も。


「告。あと55分です。急いで……ふぐ!」


 俺は猫耳つけたサポーターの唇を奪う。


 ちゅぷ……くちゅ……と舌を動かす。称号、エロゲー主人公の持つスキルのひとつ、【絶舌技】を発動。


 あっという間に猫耳サポーターの体から力が抜けて、その場に倒れる。


「と、問……。し、渋谷チャラオある……う……α……な、なにを……?」


「気持ちよすぎて、足腰が立たねえだろ。それが気持ちいいって、感情だ」


 俺はサポーターの服をひんむく。


「こ、告……! なにを……!」


「決まってるだろ説得ワカラセだ」


「なっ!? り、理解不能。なぜこのタイミングで、説得を!?」


 俺は不敵に笑ってみせる。


「全員で、ハッピーエンドを迎えるための、布石だよ……スキル【説得ワカラセ】発動! ついでにスキル【産土神うぶすながみ】発動! くらえぇ……!」


「にゃ、にゃんにゃぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん♡」


 さて、待ってな渋谷チャラオよ。


 一勝負しようぜ、この馬鹿野郎。

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