37話 もう一人の、



 時刻は21時を回った。


 俺、マイ、アーネ、ナジミ、そしてフウキは、アーネのマンションでママコの帰りを待っていた。


 今日はママコの誕生日、我々はサプライズパーティを画策していたのだ。


「お母様……遅いですね」


 マイが何度も時計を見返す。

 たしかに、帰りが遅い。


 ママコは遅くても、毎日20時には帰宅している。


 マイの不安は他の子たち、そして俺の中にも広がっていた。


 もしや何かがあったのかも知れない……。


 と、そのときだった。


「ただいまぁ~♡」


「お母様っ!」


 マイが玄関へと向かう。俺たちもママコを出迎える。


 そこにいたのは、背の高い、優しい相貌の……。


「…………」


 マイは、【彼女】に抱きつく。


「もうっ、お母様遅いですっ」


 彼女は眼を細めて微笑む。


「ごめんなさい、マイ」

「もうっ。早く帰ってきてといったのに」


「あらあら、そうだったかしら……?」


 彼女がそんなことを言う。


 俺は……何も言わなかった。ただ帰ってきた彼女を見やる。


「……ママ遅い」

「ごめんねアーネ」


 娘たちにふれあう彼女は、渋谷ママコ、である。


 そう……そうであるはずなのだ。


「さっ、お母様っ。こちらにっ」

「あらあら、なぁに~?」


 ママコがマイに連れて行かれる……。


 その腕を、俺はつかんだ。


「お兄様?」「ちゃーちゃん?」


 俺は、みんなに言う。


「すまん、ちょっと説得したい」


「「「なっ……!?」」」


 一気に顔を赤らめる面々。


「ちょ、ちょっとチャラオ! あんたちょっと……空気を読みなさいよねっ」


「わるい、ナジミ。急を要するのだ」


「そ、そんなに制欲溜まってるなら……あたしが……もごもご……」


 俺は彼女の手を引いて、寝室へと向かう。


「すまん、借りるぞ」


 俺は寝室のドアを開けて、カギを閉める。


「あらあら、ちゃーちゃんってば、どうしたの?」


 彼女が俺を見て微笑む。


「……どうしたのは、こっちのセリフだ」


 俺は言う。


「ママコは、どこだ?」


 ……一瞬の静寂。ママコは静かに微笑んだまま首をかしげた。


「あらあら、ここにいるじゃないの?」


「ああ、そうだ。確かにママコだ。……がわ、だけはな」


 俺はママコを騙るその女に近づく。


 そして……確信した。


「やっぱり、おまえはママコじゃない」

「……根拠は?」


 空気が一変したように思えた。

 だが彼女は依然として微笑んだまま、正体を明かさない。


 あくまでも、すっとぼけるつもりだろう。


 わかった、ならば、お望み通り証拠をしめそう。


「3つある。1つ、おまえは今日誕生日パーティがあることを知らなかった」


 ママコは、家を出る段階でパーティの存在を察していた。


 だがこいつは完全に知らないふうであった。


「根拠が、薄くないかしら? ど忘れしてただけという可能性は?」


「あるかもしれない。では二つ目。ママコは、約束を決して破らない。早く帰ってきてねとママコと約束した。だが……おまえは遅かった」


「予想外の仕事が入って、帰宅が遅くなる事なんて、おかしくないのでは?」


 なおもしらを切るつもりか。


 ならば……。


「3つめ。匂いだ」

「匂い……?」


「ああ。……ママコ、おまえは今朝、風呂に入ってない。俺と朝から説得ワカラセしまくったからだ」


 ママコはいつも、朝夜二回風呂に入っている。


 だが今日は説得してて朝風呂の時間が無かった。


「他人からすれば、気づかないレベルだろう。だが……今のおまえからはママコの、とろけるような匂いを感じない。プラスティックのように無機質なにおいだ」


 結論、こいつは……ママコではない。


「おまえは、誰だ……? ママコをどこへやった……?」


 見た目はママコ、だが中身が違う。

 そんな離れ業をやってのけるのは、誰か?


 言うまでもない、スキルシステムなんていう、超常現象を起こす……運営サイド。


 やつらの一派であることは、明らかだ。


「驚愕。よもや、匂いの情報から正体を見破るとは」


 そのしゃべり方……声……もしや。


「サポーターか」

「是」


 ひょこ、とママコの頭に猫耳が、お尻に猫尻尾が生える。


 ……なんだこの可愛い生き物は。可愛い人妻に、猫のコスプレなんて、可愛すぎるだろ。

「問。なぜ個体名渋谷チャラオはアドレナリンを上昇させる?」


「そんなの猫耳コスプレ熟女に欲情したからにきまってるだろうが! ふざけるな!」


「問。ふざけてるのはあなたでは?」


 そうかもしれない。だが問題はそこじゃない。


「ママコを、どこへやった? 何が狙いだ?」


 猫耳ママコ、もとい、サポーターは溜息をつく。


 懐からスマホを取り出して、俺に放り投げる。


 通話が繋がっている状態だった。


 でろ……ということだろう。

 俺は電話に出る。


『私だ』


 ……電話越し伝わってくるのは、男の声。


「誰だ?」

『私は、私だ。渋谷チャラオだよ』


 ……何を言ってるのだ、こいつは?


「ふざけるな。俺が渋谷チャラオだ」


『おちつけ……おち、おちんちーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!』


「うん、チャラオだなおまえ」


 唐突なチャラ語。これはチャラオでしかあり得ない。


 となると、当然の疑問として……。


「なぜチャラオがもう一人いるんだ?」


『簡単だ。私は、クローン』


「クローン……だと?」


『ああ。私はまだまともだった頃にとった、セーブデータの一つ。それを復元した存在だ』


 セーブ……そうか。たしかにスキルシステムが導入された日、俺はセーブロードをしたことがあった。


 あのときの……セーブデータが残っていたのか。


 しかしデータから人一人を作り出すなんて……信じられない。


 だがここはゲーム世界だ。データの世界、データから複製は可能なのだろう。


 いや、そんなのはどうでもいい。


「ママコはどこだ? 貴様は……何が狙いだ?」


 俺がもう一人いることなんてどうでもいいんだ。


 ママコの不在。それをもたらしたのは、も一人の自分。


 他でもない……渋谷チャラオが、誘拐まがいなことを、するわけがない。


『単刀直入にいよう。ママコを助けたくば、今から指定する場所に来い』


「行けば……どうなる?」


 電話の向こうの俺は、淡々と応える。

 まるで死刑を宣告する裁判官のように、俺には聞こえた。


『今の君は、死ぬ』

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