22話 母の沼へ落ちていく



 その後私がフウキ先輩とどうなったのか、言うまでもない。【説得ワカラセ】が発動して、先輩までもが説得されてしまった。


 気づけば説得された全裸の先輩がいて、私に対して説得、もっと説得して欲しい……と懇願してきたのだ。あの凜々しい先輩はその場にはおらず、そこには説得中毒となったフウキ先輩が、次なる説得を求めていた。


 説得が伏せ字みたいになってるぞおい。


 私は恐ろしくなって、先輩との説得を終えたあと、学校を後にしていた。気づけば夜、私は自分の1kのマンションに居た。


「…………」


 ナジミ、マイ、そしてフウキ先輩。私は大切なヒロインたちを、傷つけてしまった。なんということだ。ファン失格だ。こんなのでは……私は主人公を名乗る資格がない……。


「ちゃーちゃん」

「ご母堂……」


 気づけば、ママコ氏がそこにいて、微笑んでいた。


「あれ……? ご母堂。いつの間にこの部屋に……カギ……」

「ご飯まだでしょう? 作りに来てあげたのよ♡」


「いやあのカギは……」

「台所借りるわね♡」


 ママコ氏はウキウキ顔で台所へと向かおうとする。……脳裏に、三人のヒロインたちの、説得顔(※隠語)が浮かんだ。


「ご母堂。今すぐ……帰ってくだされ」


 彼女は私を無視して作業を続ける。もう一度、私は声を張り上げる。


「帰ってくだされ!」

「あら……どうして?」


 決まっている。あの三人のヒロインたちのように、私はまた自分の力を抑えきれず……説得(※隠語)してしまう。


 だが……どう説明すれば良い? 説明したところで……理解してくれるものだろうか。


「私は……私は」


 ……この言葉を言うのは、非常にためらわれる。だが……こうするほかに、ない。


「私はご母堂……あなたが、嫌いだからだ。もう……顔も、みたくない」


 私のそばにいると、スキルが発動してヒロインたちを傷つけてしまう。自分でコントロールできる力ならまだいい。だが……今の私は、何物かに寄る干渉を受けていると推察されている。


 特に、この力は、ヒロインと二人きりの時に暴走する傾向にある。そう……今もまさに、謎の力は発動し、彼女を説得(※隠語)しようと虎視眈々と狙っているのだ。


「私はずっとあなたが嫌いだった。だからもう関わらないでくれ」


 二人きりになると、発動する。裏を返せば、私のそばからヒロインがいなくなるように動けば良い。そうすれば……スキルは発動せず、女性を無理矢理、説得(※隠語)しなくて済む。


 そう……これでいいのだ……。これで……


「ちゃーちゃん」


 きゅっ……と、ママコ氏が私を優しく抱きしめてくれる。彼女の暖かな乳房と、ぬくもりが、私の体を包み込んでいく。


 大きくて、柔らかい……温かい沼の中に……落ちていきそうになる。だが……私は彼女を突き放す。


「駄目だ! ご母堂! 私のそばにいては……不幸になる!」


 けれどママコ氏は微笑んで、私を再度抱きしめる。さっきよりも、ずっと強い力で……私を抱き寄せる。


「離れてくだされ!」

「いやよ」


「なぜ!?」

「だって……ちゃーちゃんが、辛そうにしてるから」


 ……辛そう。私は窓ガラスを見やる。そこにいたのは、暗い顔をして、辛そうにしている渋谷チャラオだった。


「そんな顔してるちゃーちゃんを、ほって帰る事なんてできないわ」

「ご母堂……」


 砂糖みたいに甘い声が、私の耳から入って、体の緊張をほどいていく。彼女のぬくもりが私の辛い気持ちをいやしていく……。


 いつまでも、ずっと、こうしていたい。甘えていたい……。


「いいのよ。ずっとこうしてても。甘えて、いいのよ?」


 彼女がささやくと、ぎゅーっと抱きしめる。呼吸するたびママコ氏の甘い香りが鼻孔をついて、だんだんと力が抜けていく。


「だめ……です」

「どうして?」


「だって……私は……」


 私は、渋谷チャラオであって、渋谷チャラオではない。他のヒロインたちに対しても、そうだ。


 彼女たちが望んでいるのは、ゲームキャラ、渋谷チャラオであって、私ではない。私はゲームのキャラとしての役割を果たしていたに過ぎない。


 彼女たちの望む人物はチャラオであって、私ではないのだ。私は……申し訳なかった。彼女たちが好きだと言ってくれる人物は、私ではない。申し訳なくて、さみしくて……だから……。


「あなたは、ちゃーちゃん。お母さんの……大事な大事な、一人息子よ」


 ママコ氏の優しい瞳は、まっすぐに、私を見つめていた。それは渋谷チャラオではなく……その中にある、【私】の魂に訴えかけているような、そんな気がした。


 ふら……と彼女に引き寄せられる。私を、求めてくれる……。


「おいで……ちゃーちゃん」

「ご母堂……」


 彼女の体に抱きつく。とてつもなく柔らかく、ずぶずぶ……と体が彼女の中に沈んでいくような気持ちになる。


「ちゃーちゃん、ナニになやんでいるの?」


 いつもなら、私はゲームのことを伏せていた。言っても、彼女たちにはナニも関係ないことだから。余計なことを言って混乱させたくなかったから。


 でも……私は光によせられる蛾のように、ママコ氏にしゃべる。


「……私は、私ではないのです」

「まあ……」


 私は簡単にあらましを言う。転生者であること。ゲームのこと。ヒロインのこと。そして……スキルのこと。


「私は……怖い。次また誰か、違うヒロインを傷つけてしまうのではないかと……あなたを、傷つけてしまうではないかと……だから……」


「大丈夫。だぁいじょうぶよ、ちゃーちゃん」

 

 ママコ氏が優しい微笑みを浮かべる。


「お母さん……ちゃーちゃんの言っていたこと、難しくて何もわからなかった……でもね。あなたは何も難しく考えなくて良いの。あなたはなやまなくて良い、あなたは……あなたのままでいればいい」


「私の……?」


「そう。少なくともお母さんは、ちゃーちゃんの味方よ♡ あなたが何物であろうと、今目の前に居る……あなたのことが好き。愛してる。すべてを……受け容れるわ」


 ママコ氏の愛に包まれて、私は気づけば泣いていた。なんと温かく、優しい。これが家族の……母の愛というものか。


 私はずっとこのぬくもりにすがっていたくなる。でも……いつまでも頼っていたら、駄目になってしまう。


「いいの……♡ 駄目になろう……♡ 落ちてって……♡ お母さんに、全部委ねて……ね♡」


 ……私は気づけば、こくんとうなずき、彼女の体を抱きしめていたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る