奥歯に物が…。

@ramia294

第1話

 歯医者さん。

 僕の家から、歩いて五分。

 ある日、僕は虫歯になりました。

 痛む歯を押さえ、五分の道のり。

 診察券を渡しました。


 優しい、お姉さんが、エプロンを僕に。

 エプロンお姉さんは、優しく、ていねい。

 マスク越しの美人さん。

 もしかして、アイドルグループに所属してますか?

 歯医者さんは、麻酔の注射。

 僕の歯は、削られていきます。

 五分は、経っていなかったと思います。

 削り始めてしばらくすると、声が聞こえました。


(フー。スッとしたぜ)


 どこから聞こえたのでしょう。

 それとも空耳?

 歯医者さんは、気づいていない様です。

 エプロンお姉さんも、気づいていない様です。


 虫歯の治療。

 仮の蓋をかぶせて、今回終了。

 次回の予約、二週間後。


(遅いな。とろい歯医者だぜ)


 またまた声が聞こえました。

 もちろん、僕ではありません。

 歯医者さんの事務員さん。聞こえなかった様です。

 ほっと胸を撫でおろします。


 翌日から、お仕事。

 ある日。

 電車に揺られること、一時間。

 小さな会社とささやかな給与。

 おまけと言っては何ですが、 僕の上司は、パワハラ上司です。

 仕事の出来ない、情緒不安定。

 自分の機嫌で、いじめる相手を選びます。

 どうやら、今日のターゲットは、僕のようです。


「君、この仕事何年目?」

(10年目ですが)

「そのお仕事。後、何年かかります?」

(あなたが邪魔をしなければ、午前中です)


 ネチネチとした、上司のお言葉。

 今日もお昼まで、嫌みの嵐。

 もちろん、大人しい僕は、言いかえしたりは、しません。

 このまま、お昼までの説教で、今日も残業決定。

 僕のささやかなお勤め先。

 残業代は、出ません。

 ブラック?


 しかし、このお仕事、そもそも遅れているのは、あなたのせいです、上司さん。

 もちろん、僕は、思うだけ。

 その時、ポンと音がして、奥歯の蓋が、飛びました。

 

「遅い指示、まずい指示、急ぐのなら、グダグダ言わずに引っ込んでろ。だいたいこの会社で、いちばんのお荷物は、お前だろ!とっとと、席に戻らないと、足腰立てなくしてやるぞ」


 これは、これは、乱暴なお言葉。

 どなたでしょう?

 奥歯でしょう。

 秘かに賛成いたします。

 見れば、上司さんの空いたお口が、塞がりません。

 何かご所望?

 アメでも放り込みましょうか?

 今のお言葉。

 僕では、ありません。

 しかし、たしかに、僕の口から聞こえました。


「ヒ、ヒ、ヒラ社員の分際で、よくも課長の俺様にそんな事を言えたな。後悔さしてやる」


「いや、僕は、思っているだけです。何も言っていません」


 失言でした。

 火に油。

 強風に大雨。

 津波に高潮。

 美女にハイヒール?


 僕は、お昼から会議室の住人に。

 めでたく、お勤め先をお払い箱。

 僕の奥歯のおしゃべりさん。

 困った奥歯です。


 仕方なくトボトボ帰ります。

 そう言えば、今日は歯医者さん。

 とにかく、治療を終わらせましょう。

 

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