目指すはアレン王太子殿下に嫌われること

 

 丁度いいタイミングでテラスに来たお義母さまが太る事を許してくれた。


 これは裏があるんじゃないかと疑ったが、義両親やこの屋敷の人達はみんな私にとても甘い。というよりも、甘やかす。

 初孫が出来た老人のように。


 だから、あんまり深くは考えなかった。


 十キロはそんなに変わらないけど、少しでも太ることを目標にしたい。そして、目指すは殿下に嫌われること。


 よし、頑張ろう。


 今の問題はこのおやつをどうするか。侍女たちに配るように言ったとしても拒否されるだろう。

 この世界では、あまり思わしくない行為だから。


 少しなら日持ちはするだろうし、明日食べればいいだろう。本当なら、保存して日を改めて食べる行為は『はしたない』とみなされる。


 だけど私は、残すことに罪悪感を抱いてしまった。


 勿体ないので出来れば全部食べたい。それに、使用人は私に逆らえないから、それを利用させてもらおう。


 夜に食べてもいいけど、夜は夜で色々やることがある。


 あっ。そういえば、冷たい洋菓子って出されたことないわね。

 アイスクリームにかき氷、レアチーズケーキ、ゼリー。あと、ティラミスも。


 この世界には冷凍庫がないのかな?


「ねぇ、冷凍庫ってないの?」

「れい……とうこ? なんなのですか。それは」

「知らないならいいのよ。忘れて」

「はぁ」


 冷凍庫のことをアイリスに聞いたら不思議そうに首を傾げたので、この世界には冷凍庫がないのだろう。


 あの味が恋しい。


 私はお菓子作りも料理もちょこっと出来る程度だから、詳しくないし、なんの提案も出来ない。こうなることがわかってたら前世をもっと頑張れば良かった。


 何気なく上を向くと薄い膜のようなものがこの屋敷を覆っているのが見える。

 あれが結界なんだなって見る度に思ってしまう。


 多分私は、一生守られて生活することになる。

 そんなのは嫌だ。自分の身ぐらい自分で守りたい。


 でも難しいんだろうなぁ。結界なしの生活なんて。


 じーっと結界を見ていたら一瞬だけ、薄い膜が消えたような気がした。


 私は驚いて、瞬きをするのを忘れて結界を見続けたが、結界は消えることはなかった。


 見間違い? いや、あれは確かに消えたわ。


 結界が消えることって、確かゲームの友情エンドでソフィアが過去に起こったことを話してくれた時に、結界は消える時期があると、大量の魔力を消費する結界は魔力が尽きる時期が来ると言っていた。


 結界が消えれば結界を張っている魔導具に魔力補充をしないと。魔力補充してる間は騎士団の人たちが警備してくれるとかなんとか。


 その時期が今ってことね。結界を張ってからまだ一週間ほどなはず。こんなに早く来るなんて思わなかった。


 結界が消える少し前に傷だらけの猫が屋敷の近くまで来るんだったわ。まぁ、ゲームでは悪役令嬢ですから、傷だらけの猫を見て小石を投げつけ笑っていたらしいけど。

 その数日後に結界が消えるのと同時に誘拐されたとか言っていたっけ。

 ずっと目隠しされていてどこに連れていかれたのか分からなかったらしいし、気が付くと屋敷の自分のベッドで寝ていたって言ってたけど、顔以外傷だらけだったらしい。

 深い傷じゃなくて掠り傷が多かったらしく、すぐに傷は治ったと聞いていたけど、その間のことは全く思い出せないと言っていた。


 考えられるのは、誰かが記憶操作の魔法をかけたのかも知れない。


 聞いてはいけない何かを聞いてしまったり、見られてはいけない何かを知ってしまったのだろう。


 結界が消える前触れなら、私がもうすぐ誘拐されるのは間違いはない。結界をなんとかしなくちゃ。維持出来る方法ないのかしら。


 ノア先生に連絡。いや、邪魔しちゃったら迷惑よね。どうしよう。


 結界はまるで携帯のようね。充電が無くなったら充電器で充電する。

 携帯は、充電していても使えるけど、その代わりに経年劣化になりやすい。

 これは私の憶測だけど、結界もそうなのかも。魔力補充しながら使うと劣化しやすくなる。


 結界に使ってる魔導具がその可能性がある。そんな気がする。


 私は、誘拐事件があるということを無かったことにしたい。

 貴族が誘拐されたという事実があったら、この国の信頼は落ちる。ゲームでは、無かったことにされてるみたいだけど、多分揉み消したのかも。

 その証拠に、ゲームのソフィアは誘拐されたことを少しだけ覚えているんだもの。ヒロインに話してくれたのよ。


 なによりも、怖い思いはしたくないというのが本音だ。


 一応、国王陛下に報告。いいえ、その前にお義父さまに報告よね。

 結界が消えかかってることを伝えないと。


 椅子から立ち上がった私は、アイリスに大量のおやつを保存しておくように伝えた。

 その日の夜に食事をしながら結界のことをお義父さまに伝えると、渋い顔をしたが国王陛下に伝えておくと言ったので、おおごとにはならないように祈ることにした。



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