我ながら苦しい言い訳だわ
さて、どうしたものか。
私はテラスで椅子に腰掛けながら腕組みをして、テーブルに置かれている大量の洋菓子と睨めっこしていた。昨日の夜にアレをする。つまりは太ることを決意して今に至るわけなのだが。
食べるために用意された洋菓子なのだけど、私の胃袋は限界寸前。
残念ながら私のお腹が一杯でこれ以上は食べられそうにない。
マドレーヌを三個食べただけでお腹が膨れるとは。
こんなにも自分の胃袋が小さいとは思わなかった。
昨日の夜に太ることを決意して、たくさん食べることを意識したのはいいけど、今からこの調子で大丈夫なのかしら。
「あの、ソフィア様。 どうされましたか?」
心配そうに顔を覗きこんだアイリス。
心配してしまうのも仕方ないことだ。
なにせ、いつもの十倍以上のおやつを用意してと頼んだのが三時間前になる。用意されたらマドレーヌを三個だけ食べて、それからずっと食べずにこの大量の洋菓子をどうしようと考えていた。
いつものおやつの時間は紅茶と洋菓子一個なのだから、考えるまでもなく、絶対に多い量。
それはわかってる。
『つもり 』だったのかもしれない。
太るにはたくさん食べること。だけど、自分の限界を甘く見過ぎていた。
残すというのも勿体ない。ましてや自分から言っといて食べられませんでしたなんて、そんなこと言えない。
ああ、もう。私は何を反省したのよ!
殿下に『婚約破棄をしたい』と、初対面でまだ挨拶もしてないのに、あんなことを言って、後先考えずに行動してしまったことを後悔したばかりじゃない!?
またその繰り返しなんて。
ホント、私って馬鹿なんだから。
こんなんで死亡フラグ回避なんて出来ると思ってるの!?
もう、ありえない。
自分の頭を叩き割りたいわ。
「あのね、太りたいの」
「はい?」
真剣な顔で言ったつもりなのにアイリスは口をあんぐりさせる。
うん。当然な反応ね。
大量の洋菓子と睨めっこした後にそんなこと言われたら頭がおかしくなったと誤解されるでしょう。
ずっと少食だったのに、いきなり太りたいだなんて。
「えっと、ソフィア様。確かに、ソフィア様は少しお痩せされてる方ではありますが、太りたいとは、一体どうしてですか?」
あっ、そう来ましたか。
私の体重は三十二よ。痩せてると言えるのかしら?
平均だと思うのだけど。
それに、日本だと小学五年生ぐらいの歳。
私は身長も体重も普通で、平均以下やそれ以上でもないわ。
この屋敷の人たちは過保護すぎなのよ。
本当のことを話したところで私の行動を理解することはないと思う。
太りたいのが、婚約が嫌だからとかいう理由なのだもの。
王太子殿下と婚約はデメトリアス家としても滅多にないチャンスよ。今後の未来を約束されたようなものなんだから。
ーーだけど。
申し訳ないけど、私は絶対に婚約はしたくない。責任が重たい役を自ら進めてやりたいとは思わないの。
さて、なんて言い訳しようかしら。
「私は、殿下の愛情を確かめたいのよ」
うん。我ながら苦しい言い訳だわ。でも、後には引けない。
「殿下が外見だけで判断した訳じゃないと、私の目で確かめたいのよ。言葉では簡単に言えるもの」
こんなんで騙されるわけないよね。子供っぽい嘘だわ。
「ソフィア様」
アイリスは目が潤んでいた。
ああ、ほら。
やっぱり、嘘だと気付いてショックを受けてるわ。謝ろう。
「ごめんなさい。あの」
「ソフィア様!! そんなにも愛されてるんですね!?」
「……え?」
アイリスは私の両手を握りしめた。
「わかりました。このアイリス、ソフィア様の未来のために最善を尽くそうと思います」
私が言うのもなんだけど、いともたやすいってこのことね。
普段はしっかりしてるのに、私にはどこか甘いのよね。
まぁ、そういうところが好きなんだけど。
「ですが、ソフィア様。いきなりこの量は食べられませんよ。少しずつ、食べられる量を増やして行きましょう」
「ええ、そうね。ありがとう、でも……お義母さまにはなんて言おうかしら」
一番の問題はそこだ。生半端な嘘は通用しない。そもそも嘘を吐いちゃいけないんだけど。美を大切にしているから、太りたいと言ったら気絶されそうね。
「今しがたのことを申されてもいいかと思いますが」
「お義母さまは美を大切にしているのだから、太ることをお義母さまが許すはずもないわ」
お義父さまはさっきの言い訳で大丈夫だと思うけど、お義母さまは美に関しては厳しい人よ。
「ですが!?」
「?」
アイリスは心配そうな顔をしたが、急に顔を上げ、深々とお辞儀をした。
一体どうしたのだろうかと、アイリスが見たところを見てみるとお義母さまが居た。
さっきのが聞かれたのだろうか。眉間にシワを寄せている。
怒られる!?
「あ、あの。お義母さま」
椅子から立ち上がったらお義母さまは私の頬に優しく手を伸ばしてきた。
「話は聞いていました。ですが、外見を磨くということは、中身が外見に反映しますのよ。ですから外見が美しさを失うということ」
「太るということは、美を失うことにはなりません。太っていても輝いて、前を向いて、誰よりも美しさを持ってる人がいるはずです」
そう、私は知っている。とても太っていて、コンプレックスなのに、それを武器に芸能人として働いている人達を。私は、そんな人たちを見て、とても美しいと感じたことがあるわ。自分のコンプレックスと向き合うなんて、誰でも出来ることじゃない。
太る=ブスというのはただの偏見だ。
お義母さまの言ってることも分からなくはない。この世界の貴族というのは美にうるさい人が多いから。
私は真っ直ぐにお義母さまから目を逸らさずに言うと、お義母さまは動揺を隠せずにいたが、軽く微笑んだ。
その表情に拍子抜けした。てっきり私は怒られると思っていたから。
「やっぱり、親子ですわね。あなたの母親も似たようなことを言っていましたのよ」
「私の?」
「魔法学園で、クラスが同じでしたの」
お義母さまは懐かしそうに目を細めた。
「ですが、そこは貴族しか入学出来ないと聞きました。私の両親は貴族だったのですか?」
「そうです。公爵令嬢と男爵子息でしたわ」
私の両親が貴族だった? ゲームでは友情エンドに幼い頃、本当の両親と村外れにひっそりと暮らしていたと言っていた。私自身、両親が亡くなった瞬間の記憶だけがないだけで、少しは覚えているけど、記憶が曖昧だから、はっきりとは思い出せない。
けど、古い小屋みたいなところにいた気がするわ。
両親が貴族だとすると、貧相な暮らしはありえない。
何かがあって、勘当されたとか?
もしかして、駆け落ち!?
まさか。乙女ゲームのやりすぎね。
そんなわけあるはず……。
いや、あったわ。ここが乙女ゲームの世界なの忘れるところだった。
「仕方ないですわね。反対したとしても、やってしまいそうですもの」
懐かしそうに過去を話していたお義母さまは何かを思い出したように話を変えた。
お義母さま?
急にどうしたのだろうと、首をかしげた。
「ですが、太り過ぎなのは身体にも悪いですから、今の体重から十キロです。十キロまでなら許します。いいですね?」
「……はい! ありがとうございます。お義母さま」
私はお義母さまに軽めにお辞儀をした。
『十キロはあんまり変わらないと思います』
という言葉は心の奥にしまうことにした。
なんだかんだ言っても、甘いのね。
元々ソフィアは箱入り娘だったからね。
お義母さまが許したのもそれがあるのかしら。
うん、やめとこう。
そんなことを考えるよりも今は許されたことを素直に喜ぼう。
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