第二章 『魔力』が無いと勝手に思い込んでいました
乙女ゲームあるある。美形なのにサブキャラ
帝国の貴族を訪問する際には事前に申請し、許可を得る必要がある。というのは、この世界での常識のはず。
それは国王陛下の息子も例外ではない。
それなのにミットライト王国の王太子殿下は何を考えてるのか、三日連続で訪問してきた。この国の国王陛下は帝国の信頼が厚いとはいえ、いきなりの訪問でヒヤッとした。
それと、
《婚約してください》
あの言葉は私をからかって言ってることだってのはわかる。
でも、でもね。
ーー私。
前世でも今世でも、甘い言葉なんて今までなかったわ。
乙女ゲームをやっていても甘い言葉を囁く攻略対象キャラにドキドキしながらも私には程遠い言葉だなって思いながらプレイしていたし。
それに……、
お、お姫様抱っこだなんて。
困惑しすぎて殿下の頭を思いっきり殴って記憶が飛ばないかなと考えて実行しなかった私を褒めたい。
いや、もうね全力で逃げ出したかった。少女漫画みたいな展開が。
あぁ!!! もうやだ、恥ずかしい。
あれから一週間経つというのにあの時のことを思い出す。その度に恥ずかしさでいっぱいになる。
ラノベの主人公なら、こういう失敗はしないんでしょうね。なんで私令嬢に転生したんだろう。
引きこもりたい。
「……様?」
そもそも殿下は私に本気で恋愛感情があるとは思えない。
それに、他の人を好きだと言ったのに彼は会わせようとしてる。
それはなぜ?
……なんで屋敷から出たことない私が彼の名前を知ってるのか気にならないのかな。
前世で彼をプレイ中だから、彼の性格はわかってるつもり。
殿下は嫉妬深いのよ。他の男性と話していたら間に割って入り、その男性を威嚇するほどよ。
そんな人が自分以外の異性に会わせようとするなんて、絶対に私のことをからかって遊んでるようにしか思えない。
「ソフィア様?」
あれから殿下からの連絡もないし、訪問もしてこないからきっと無理だったのだろう。
よし、そういうことにしとこう。
どう考えても外に出られるわけがないんだから。
それに私のことを変な令嬢だと言ったのは、冷静に彼の環境を考えればわかる事だった。
だって彼は……。
「ソフィア様!!!?」
「え!?」
考え事をしていた私はアイリスの声に反応した直後、階段から足を滑らせてしまった。
私が今日着ているドレスは床すれすれの長さで、油断するとスカートの裾を踏んで転んでしまう。
丈の長いドレスを着る時は足元には気をつけるようにしていたはずなのに。
考え事をしていて周りが見えていなかった。歩いてる先に階段があることに気付くのが遅くなり、スカートの裾を踏んでしまった。
そして、
バランスを崩した私は段差を踏み外してしまった。
私は、よろめきながらも近くにいるアイリスに助けを求めようとアイリスに手を伸ばした。アイリスは慌てて手を伸ばした。だが、あと一歩届かなかった。
嘘でしょ!?
考え事しててぼーっとしていた私が悪いんだけど。
誰かの悲鳴が聞こえる。
それはアイリスの声なのか、それとも近くで掃除していた侍女の声なのか。
階段から落ちかけてるというのに冷静な私がいる。
それは一回死んだからなのだろうか?
次に生まれ変わるならモブキャラに生まれ変わりたいなと思いながらギュッと強めに瞳を瞑る。
……
…………??
………………??
あれ………………??
どういうことなのか、痛みを感じない。それどころか、床がとても柔らかいし温かい。
こんなに柔らかかった?
このシーン、ゲームの回想でもあった気がする。
殿下の婚約者になりたいソフィアがわざと階段から落ちるあのシーン。
もしかして、もしかしなくても。
柔らかくて温かい正体ってアレン殿下!!!?
慌てて顔を上げるとそこにいたのはアレン王太子殿下ではなかった。
私は殿下ではなかったことに安堵の息を漏らす。
「あっ」
「大丈夫ですか? ソフィア様」
「先生」
女性のような腰まである青色の髪をして、水色の瞳をしている男性はノア・マーティン。
整った顔立ちで、男性でも女性でも魅入ってしまう美形の持ち主。
モノクルをかけている。日本語だと片眼鏡と呼ばれている。
彼は私の魔法の先生でもあり、私に魔力がないのを知っている。唯一の理解者。
形見である魔法石も先生から貰ったもの。
先生は魔術士の称号を持っていて、魔法をよくわかっていない私に手取り足取り教えてくれる。
この屋敷の客室で寝泊まりしている。
使用人たちの寮が屋敷の裏側にあるけど、帝国からの信頼もある人らしいからお客様として扱われている。
ノア先生は水色の瞳をスッと細める。
切れ長の目で見られると鋭く突き刺さるような視線なのに、それが何故かドキマギしてしまう。
だってよ、こんな鋭く突き刺さるような視線なのに心配や不安な感情が伝わってくるんだもの。
こんなにも美形な彼がゲームではサブキャラだなんて。
是非、攻略したかったわ。
「怪我はないみたいですね。では、ソフィア様。起き上がっていただけると嬉しいのですが」
「ふぇ!? あっ! ご、ごめんなさい!! 重いですよね」
「いえ、ソフィア様は軽いですよ。お気遣いありがとうございます」
飛び上がるように立ち上がると先生は可笑しそうに笑う。
私が見てないところでは知らないけど、彼は屋敷内では人気だ。侍女たちの恋話では、必ず彼の話題で持ち切りだし、隠れてファンクラブなんてありそうだなって思う。
実際、あったりして。
ノア先生は十五歳にして魔術士の称号を貰ったそうで、十代で称号を貰うのは珍しい。
普通は二十代で称号を貰えるそうだ。
聖なる乙女が二十代なのもあって、歳が近い者を好むそう。
よっぽど、聖なる乙女がノア先生のことを気に入ったのかも。
それもあって、誰もが一目置く魔術士。かなりの魔力があるというのだから。最初に聞いた時は驚いたわ。
ノア先生は帝国に仕える魔術士だったらしいけど、亡くなった私の両親の弟子だったのもあり、私の専属教師を名乗り出たらしい。それも条件付きでだけど。
その条件はなんなのか分からないけど、たまに私の両親の過去を話してくれるからとても嬉しい。
彼はとても謎が多いのよね。
あんまり自分の事を話そうとしないからなのか、聞いても苦笑して話を逸らそうとしてくるから聞いてはいけないんだろうなって思っている。
「あの、先生もお怪我はありませんか?」
そっと手を伸ばしたらノア先生は、伸ばされた手を取る事はしないで立ち上がった。
私は伸ばされた手を取らなかった彼に対し、ちょっと寂しくなった。
「大丈夫ですか!? ソフィア様」
慌ただしく階段を下りてきたアイリスは私に駆け寄って来ると先生の鋭い眼差しがアイリスに向ける。
「アイリスさん。あとでお話があります」
「は、はい」
アイリスは先生の顔を見るなり、顔を強ばらせた。
それは、私が先生のことを下敷きにしながら見上げた時に見せた鋭い視線ではない。
あの瞳には心配と焦りが見えていたが、今の先生の瞳は怒りを感じられた。口調や声色は全く変わっていないのに。
先生、違うの。アイリスのせいじゃない。
私の不注意さが招いたこと。
責めるなら私にして欲しい。怒られるのは私なのよ。私のせいでアイリスが怒られてしまう。
そんなのは嫌だ!
「あ、あの!! アイリスは悪くありません。私がぼーっとしていたから悪いんです。だから」
私はアイリスを庇うように前に出ると、先生は優しく微笑んだ。
「優しいんですね。でも、すみません」
それだけ言うと彼は私に一礼して歩いていった。
そのすみませんはきっと、聞き入れることが出来ないということだろう。
私の不注意なのに。
アイリスは関係ないのに怒られてしまうなんて。
横目でアイリスを見ると、顔色はひどく沈んでいるように見える。
先生の怒ってるところは見たことないから分からないけど、おぞましいぐらいに怖いと噂されてたのを聞いたことがある。
そういえば前にアイリスがミスをした時にかなり怒られたと言っていたっけ。
「あれ」
深いため息をしながら下を向くと分厚い本が落ちていた。
もしかして、先生の?
私は本を手に持って開こうとした。だけど、人のものを勝手に見るわけにはいかない。
でも、なんの本なのか気になり本の表紙を見た。
焦げ茶色の分厚い本はとても古そう。
それにしては独特なニオイとかはないから、多分古い感じにデザインした本なのだろう。
表紙には本のタイトルが書いていない。
これ、本当に本なのかな? 見た目で本だと思い込んでいただけのような気がしてきた。
「!? それ、魔導日記かと」
「日記?」
さっきまで元気がなかったアイリスは本を見るなり、青ざめた。
一体どうしたのだろう。
『日記』はわかるけど、そこに『魔導』がつく。
でも、この本には魔法石なんて。
よく見ると細かい破片が本の至る所に埋め込まれていた。もしかして、これが魔法石。日記に魔法石を使うなんて。
「魔導日記は他人に見られないように、本人以外が持つと攻撃魔法が発動するものだと思うのですが、発動してないみたいですね。どういうことでしょう」
本人以外?
え、なにそれ、怖くない!?
何気なく持ったけど、攻撃魔法来るの!?
死亡フラグ出てるの!?
動揺しながらアイリスを見ると、アイリスも動揺していた。
「ソフィア様! とりあえず落ち着いてください。発動はしていませんが、いつ発動するかわかりません。ですが、ずっとその本を持つわけにはいかないですし。一旦置くのも危険ですし」
「多分、先生のでしょう? 届けた方がいいわよね」
「それではソフィア様が危険です。私が行きます」
この本は本人以外が持つと攻撃魔法が発動する仕組みでしょ。
アイリスだって危ない!
私のためにそんな危ないことを自ら進んでやるものじゃない。
もっと自分のことをもう少し大切にしてほしい。
それにアイリスは私と同じ令嬢じゃない。
アイリス・ルイス子爵令嬢。そこに『元』がつくけど。
令嬢というのは知ってたけど、なんでこの屋敷で侍女としてやってるのかまでは知らない。
だって、結婚していたって聞いたもの。そんな人が侍女なんてするのかしら。
過去形だからなにかあったんだろうけど。
里帰りもしたくなさそうだし、訳ありだとは思う。
いつか話してくれたら嬉しいな。
幸いなことに私が持った時には攻撃魔法は発動しなかった。
「ううん。大丈夫だから。もしも魔導日記をアイリスに渡して、発動したら大変だもの」
「あっ、ソフィア様!?」
私は先生が行った方向に歩きだす。今度はちゃんと転ばないようにスカートの裾を軽く持ち上げて。
階段は上らないけど、念の為に。
背後から私の名前を呼ぶアイリスの声が聞こえるが、私は聞こえないふりをして先を急いだ。
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