第17話 「利用しようとも」

 3ーBには、月海が窓側に置かれている椅子に座り背もたれに寄りかかっている姿があった。

 目元に巻かれていた赤い布は解かれ、窪んでいる目元が露となっている。


 無の表情で、ただひたすらに夜空を見上げている。今は月を隠していた雲が流れ、月光が旧校舎を照らす。


 ふと。夜空から目を離し、自身の右手に移した。今は何も握られていなく、黒く染ってもいない。ただ、細長い指が開かれている肌色の手。


 何も見えないはずの窪んだ目で見下ろし、そっと拳を握る。そのまま顔を上げ、再度外を見た。


「……俺の視界を奪った奴。もう一人の俺の人生を狂わせた奴。俺を元凶。全てを見つけ出し、殺してやる」


 抑揚がなく、感情が抜けているような口調で彼は、誰もいない教室で呟いた。

 握られた拳は、そのまま力なく横へとたれる。


「誰を、利用しようとも──……」


 ☆


 次の日。暁音はいつものように学校へと向かっていた。

 片手に本を持ち、周りなど一切気にせず目的である教室へと入る。教室内は賑わっており、いつもと変わらない。


 笑い声が響き、活気のある教室内。そんな中、写真部の部員が部長を呼びにやってきた。


「"多沼"部長! 今日の部活なんですが……」

「はいはーい。今行くから待ってね!」


 多沼部長と呼ばれた女子生徒が、廊下へと小走りで向かっていく。そんな彼女の背中を暁音はジィっと見る。だが、すぐに手に持っている本へと視線を落とした。


「しっかりと、


 その後は教室内に教師が入って来るまで個々で自由に行動し、朝のHRまでの時間を過ごした。


 ☆


 放課後になり、暁音は今旧校舎の屋上にいた。

 周りには誰もいなく、もう夜になってしまっているため辺りは暗い。今日も昨日ほどではないが、雲が空を覆い夜空を隠してしまっている。


 冷たい風が暁音の頬を撫で、髪やスカートなどを揺らす。今にも雨が降りそうな雨雲を見上げ続けていると、屋上のドアが開く音が聞こえ始めた。


「そこで何してるの」

「…………いえ、特に何も。ただ、あともう少しで雨が降りそうと考えていただけです」

「なら、さっさと帰った方がいいんじゃないの?」

「まだ、ここに居たいなと。ダメでしょうか」


 見上げていた茶色の瞳を下ろし、暁音は後ろに立っている月海を見る。無感情で、濁っている瞳からは何も感じ取れない。月海は暁音が立っている場所に顔を向け続け、いつものようにつらつらと言葉を発する。


「それを僕に聞いてどうするの? 君の勝手にすればいいじゃん。今までも僕の意見なんて何処吹く風だったんだから。まったく、少しは人の意見に耳を傾ける事もした方がいいと思うけどね。だから、今でも友達一人出来ないんじゃないの」

「別に。月海さんの意見は大抵『やりたくない』や『めんどくさい』などじゃないですか。そんなの意見ではありませんよ」

「いや、これも立派な意見だよ。意見って意味知ってる? あるものに対する主張や考えって事だよ。僕は君がやりたがっている"悩み相談場"をやる意味が無いという考えを持ち、それを主張しているんだ」

「屁理屈……」

「言葉はしっかりと理解してから使わないと今みたいになるよ。国語をもう少し勉強したら?」

「もういいです……」


 月海に呆れ、暁音は再度夜空を見上げる。

 釣られるように、月海も見えない視界を空へと向けた。すると、二人の気持ちに同調するように涙のような雨が降り注ぎ始める。

 雫が二人を濡らし、徐々に激しさを増す。だが、その場から二人は動こうとせず雨が降り注ぐ夜空を見上げ続けた。


「……しっかりと記憶、改変されていましたよ」

「へぇ。まぁ、今の僕には記憶なんてないから関係ないけどね」

「全く関係ない訳ではないと思いますが……」

「確かにそうだね。でも、君の知っている僕を僕は知らない。関係ないと思うのも仕方がないと思うけれど?」

「あの、ずっと気になっていたのですが。もう一人の月海さんになっている時、今の貴方の意識はどこにあるのですか?」

「それ、今この状況で聞く事?」


 雨が降っている中の事を口にしている月海は、手のひらを上に向け雫を受け止める。

 二人の髪から、頬から。服から雫がしたたり落ち、このままだと風邪をひいてしまう。


「とりあえず、今日は帰った方がいいよ。もしかしたら、人ならざる者が君を探しているかもしれない」


 それだけを伝え、月海は暁音に背中を向け屋上を出て行ってしまった。人生の悲哀を感じさせる背中を、暁音は何も言わず見届ける。


「やっぱり、答えたくないのね。いつも、もう一人の月海さんの話をすると逃げるようにいなくなる。他の事なら倍で返してくるくせに……」


「自分からは言うのに」と口にし、胸元に右手を置き瞳を閉じる。胸元に手を置いた時、巻かれている包帯を思い出し、閉じた瞳を開け右手を見た。


 雨が当たっているため、水分を含みほどけそうになっている。そんな包帯を撫で、両手を垂らす。


「帰ろう。本当に、風邪をひく」


 そのまま屋上を後にし、傘すら差さず帰宅した。

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