第15話 「死んでもらおうか」
梨花は屋上の中心に立っている月海へと歩み寄る。
コツ……コツ……と、足音を鳴らし、両手で大事そうに一眼レスを握る。そんな彼女を目の前にし、月海は両手を白衣のポケットに突っ込み暁音を守るように前に出た。
「き、君は何がしたいんだ。何を目的としている。君を動かしているのは、一体なんなんだ」
一粒の汗をにじませ、低く甘い震える声で月海は、今にも何かをしでかしそうな梨花へと問いかける。だが、その問いに返答はない。
どんどん彼に近付いていく足音だけがコツ……コツ……と響き、夜風が三人を包み込む。
「何がしたいのか言ってくれないと、こっちも対処ができない。君の場合、もう後戻りができないところまで進んでしまっている。僕の声が届いているのなら、一度足を止めてくれ」
語りかけるように優しく言う月海の言葉は、今の梨花には届かない。あと数歩で手が届く距離まで近づいたかと思うと、今まで大事に握っていた一眼レフから手を離した。
「私は、一番に。一番いならないといけないんだ!!」
手を離した梨花の手は、スカートのポケットに入れる。中に入っている物を握り、取り出すのと同時に地面を蹴り、飛びつくように月海へと走り出した。
ポケットから出した右手を左側へと寄せ、そのまま横一線に払う。その手には銀色に輝くカッターナイフが握られていた。
「月海さん!!!」
「っ!」
足音と隠しきれていない気配を感じ取り、間一髪。月海は一歩後ろに下がり、回避することができた。暁音はホッと息を吐き、胸をなでおろす。だが、安心するのはまだ早い。
「私は、一番。誰にも……、誰にも負けては、いけないの……」
梨花は避けられた事など気にせず、払った状態で固まり同じ言葉を繰り返し始めた。
横から見ていた暁音は、取り乱している梨花を見つめ動かない。そんな目には、彼女を憐れんでいるような感情が込められている。小さな声で、誰にも聞こえないように「かわいそう」と呟いた。だが、近くにいた月海には聞こえ、馬鹿がと思いつつ梨花から意識を逸らさないよう向け続ける。
「どうして、一番にならなければならない」
月海が質問をすると、梨花はやっと動き出し立ち直した。口を動かし、質問に答えたが、その声は先程までのトーンとは違い、低く重たい口調。鼓膜を揺すり、脳に響く。明るい声からの豹変なため、普通より恐怖を煽られる。
「うるさい。関係ないでしょ」
「こっちは怪我をするところだったんだ。関係ない訳ないだろ。本当はこのまま君を置いて僕一人だけ逃げたいくらいなんだ。正直、君がどうなろうと、僕には関係ないからね」
月海の言葉に梨花は何も返さず、逃げるように顔を俯かせた。すると、徐々に感情が高ぶっていく。息が荒くなり、カッターナイフを握る手に力が込められる。
「もう、私は…………」
掠れた声が零れ、ゆっくりと下げられた顔を上げた。
「っ…………」
血走らせた瞳がまっすぐ、月海を射抜く。憎悪、怒り、悲しみ。負の感情以外感じ取ることができない瞳に、月海は緊張で息を飲む。
「私は。私は……」
頭を抱え始め、梨花は「私は」と呟き続ける。何かを言い聞かせるように。何かに対抗するように。何度も呟き続ける。
「もう、無理。無理……。私には、もう無理なんだ。何もできないんだ。あは、あはっは。はははははっは!!!!!」
狂ったような高笑いが屋上に響き、月海と暁音は梨花の笑い声で押しつぶされそうになる。
梨花は両手を大きく広げ、暗雲を見上げた。その目からは透明な涙が溢れ、頬を伝い零れ落ちる。
彼女の高ぶった感情を抑えようとするように、空から沢山の雫が落ちてきた。三人を濡らし、地面に色を付ける。吹き荒れ始めた天候すら気づかないほど梨花は感情的に不安定になってしまい、月海や暁音もそんな彼女を目の前に何も言えなくなってしまった。
暁音は表情を変えず、風で視界を遮る髪を抑え。月海は梨花と適度に距離を取り、緊張の面持ちで次の行動に神経を使う。気づかれないように、右手を白衣のポケットに入れた。
「あぁ。そうだ。そうだ……。一番になれないのなら……。一番に、なれない私。もう、要らない子……。こんな私、死んでしまえばいいんだ」
笑い声が収まったかと思うと、見あげていた顔を二人に向ける。一定の抑揚。感情の込められていない低い声で、梨花は呟くように言葉を零した。
その言葉は雨音にかき消されるほど小さかったが、月海の耳にはしっかりと届いた。
この場が凍り付き、月海の雰囲気が変わる。暁音は纏っている雰囲気が変わった月海を見て、小さな声で「始まった」と悟ったように口にした。
「なら、死んでもらおうか」
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